ランドセルがじわじわと値上がりしている理由

新入学のランドセル商戦に異変が起きたのは2015年5月。ちょうど1年前のことです。

大型店舗でのランドセルの新商品がゴールデンウィーク(GW)を前にほぼ出そろったのです。消費トレンド分析を専門とする私の元へいくつかのテレビ局が取材に来ました。

「なぜ少子化の時代にランドセルがこんなに注目されているのですか?」

ランドセル市場は確かにこの数年、盛り上がりを見せている市場の1つです。船井総合研究所の推計によると、2010年には350億円程度の規模だったの が、2016年現在は600億円にまで拡大しています。一方で、職人さんが手作りで作る商品もいまだに多い、古くてアナログで昭和の香りがするのも事実で す。

この市場がなぜ今、注目されているのか。2012年のオープン以降、ランドセルの販売個数を20倍以上に伸ばし、今や「ランドセルを 買うならココ!」とまで言われるほど全国から注目を集める専門店「ふくふくらんど」(石川県白山市:福住裕社長)で発見したファッズ(小さな変化の波)か ら、その理由をひも解きます。

●年々高くなるランドセル

最近、百貨店やショッピングセンターなどでGWによく見られるようになった光景があります。それは、翌年の小学校入学を控えた家族による「ランドセル選び」です。

前述のふくふくらんどにもGWになると数多くの家族客が来店します。しかし、GWにランドセル選びで来客があるようになったのはこの3年ほどです。それまではそんな光景は見られませんでした。

以前は、ランドセル選びのスタートは、夏のお盆休みを控えた8月に入ってからというのが常識でした。それが3年前のGW中に「ランドセル見ることができますか?」というお客さんが現れたのです。

当時は「見ることは可能ですがまだ商品が入っていないので」と言っていたのですが、2014年からは新商品も入荷するようになり、本気の下見をするお客さんが増えてきました。そして2015年からは「下見ではなくマジ買い」のお客さんもかなり増えてきたのです。

船井総研の計算では、2015年度の全国のランドセル平均単価は4万8000円です。2年前の1.5倍ほどになっています。2016年度は5万円を超えると予想されます。

しかし、個々の販売商品や百貨店の販売価格を見るとさらに高いのが現実です。

読売新聞の静岡支局調べでは、静岡の某百貨店のランドセル平均単価は6万4000円。東京の高島屋百貨店では7万2000円です。また、ランドセルの“高 級化”に関して言えば、今やイオンは15万1200円、そごう・西武では12万9600円のランドセルを発売するなど、各社のランドセルは10万円超えが 乱立しているという状況です。

毎年のようにじわじわと価格が上がり続けている背景には、革など素材原価の高騰とともに、ランドセルに対するニーズが多様化し、毎年少しずつ素材やデザインにこだわるお客さんが増えてきたことが理由です。

例えば、デザインについては、背板の色を変えたい、内張りの柄を変えたい、素材をもう少し良い革にしたい、自分の名前を彫りたいなどと、年々顧客からの要 望が多くなっています。それらの注文をすべて受け付けて作ると、それは「完全オリジナルのカスタムランドセル」になるわけです。しかも国産のランドセルで あれば、基本的に職人が1個ずつ手作りしています。当然のように、必要な部材、工程、作業日数がかかり、結果的に高価格になるというわけです。

こうしたランドセルに対する顧客のこだわりは、20年ほど前から表れ始めました。主に赤と黒のランドセルしかなかった世代は、恐らく40代以上の人たちでしょう。実際には1990年代からさまざまな色が展開されていました。

2000年代になって色の種類が増え、2010年を分岐点にさらに色やデザインのバリエーションが広がりました。ちょうどこのころから小学校ではB5ファ イルからA4ファイルを使用するところが増え始め、従来のランドセルではファイルが入れにくくなったことで、少しサイズの大きいランドセルが登場しまし た。このサイズ対応に併せて2010年以降、再び色やデザインのパターンが増え続けているのです。

このような時代の流れに沿うように、顧客のこだわりも強くなっています。それがランドセルの高価格化を推し進める要因と言えるでしょう。

ただし、いくらランドセルが高くなったからといって、顧客に売れなければ本末転倒なわけです。なぜ高価格でも飛ぶように売れているのでしょうか。その大きな理由は「孫消費」です。

●ランドセルは約5割がジジババが購入

孫のためにジジババ(祖父母)がモノを買うという行動は以前から見られましたが、最近はモノに加えて「コトを一緒に体験する」というスタイルに孫消費が変化し始めています。ここではその一例を見ていきます。

孫消費とはジジババが孫のためにお金を使うという消費トレンドです。ランドセルはその消費実態として、50%程度がジジババからのプレゼントなのです。店によっては約7割というところもあります。

既に会社を引退して、後は自分たちが楽しむための消費と、孫と一緒の時間を過ごすための消費をしたいジジババが世の中にはたくさんいます。団塊世代の方たちは仕事をバリバリやってきたので、引退後の生活にもゆとりがあります。年金も満額で出ている世代です。

全国消費実態調査によると、こうしたシニア世代の消費はトータルで約120兆円あると試算されています。個人消費全体は支出がほぼ成長していないのに対して、シニア層の消費支出は2010年以降、3〜4%ほど成長し続けています。

品目別支出で見ると、男女ともに「貯蓄額」が高く、平均して1000万円以上の貯蓄があります。月間の支出については「医療費」「交際費」が若年層に比べ て高いという結果が出ています。特に交際費は男性の単身世帯で月間1万4000円、女性の単身世帯で2万円を超えていて、平均1万7000円とすると、 4250億円の交際費市場があると言えます。

このうち孫消費には約30%程度の支出がなされている(筆者推測値)と見られるため、約1275億円程度の孫消費市場があるというわけです。

シニア世代にとって、残りの人生は好きな場所に旅行して、おいしいものを食べ、趣味のゴルフや釣り、トレッキングなどを楽しむ。そんな日々を過ごすだけでも十分にパラダイスですが、最大の喜びは、目の中に入れても痛くないかわいい孫と過ごす時間です。

ジジババは孫には無償の愛を注ぎます。なぜなら孫と一緒にいる時間こそがジジババにとってはかけがえのないことだからです。だから、ランドセルに高いお金 を使うなんていうのはむしろ、お願いしてでもやりたいことなのです。これが10万円以上のランドセルを支えている消費の背景であり、GWからランドセルを 選んでいる家族の実態です。

ふくふくらんどにも3世代でお客さんが来店し、ピーク時の店内は100人以上のお客さんでごった返すというわ けです。来店客は買物前後に食事をしたり遊びに行ったりして、ランドセルの購入も既にレジャー化しています。ランドセルという1つの商品が売れる背景に は、モノ以上にこうした家族の新しいつながりが見えてきます。

●次の注目は「孫旅」

孫消費がモノだけでなくコトへと消費が拡大している中ではランドセルだけでなく、さまざまなモノやサービスが売れていくだろうと考えられます。これからの注目は「孫旅」です。ジジババと孫だけの旅行、この市場が拡大していくでしょう。

普段なかなか自分たちの時間が持てないパパママたちも、ジジババが旅行に連れてってくれるなら夫婦だけの時間を持てますし、行きたかったレストランでゆっくり食事を楽しめる。皆にとってプラスの孫旅は需要があると思います。

実際、そうした需要をくみ取るかのように、星野リゾートの「リゾナーレ熱海」では、孫旅コンシェルジュというスタッフを配置しています。来館されるお孫さ んの年齢にあった遊び方、ホテルでのくつろぎ方を提案するといった、孫旅初心者向けのジジババにも親切なサービスを導入しています。

同施 設には孫たちが遊べるクライミングウォールや、シェフになれるキッズスタジオなど、さまざまなサービスが用意されています。最後には旅の思い出をフォト ブックにして自宅に届けるというサービスまで用意しています。このような孫旅はジジババにとって一度は経験してみたいコト消費だと言えるでしょう。

このように、ランドセルやおもちゃなど従来の物販に加え、これから増えるのはサービス消費です。孫ランチ、孫ディナー、孫ヘアサロン、孫ナイター、孫スケート、孫釣り、孫ゴルフ……。最近ではお受験サポートなど孫教育にまで広がりを見せ始めています。

孫のためにできることなら何でもしたいというジジババの欲求は尽きることがありません。なぜなら、孫消費の実態は、孫と過ごす時間を買っているという幸せ消費だからです。

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