ロシア前大統領の呪いか?今年は欧州が未曾有の危機に陥るという不気味過ぎる予測

国際情勢のリスク分析を手がける米調査会社「ユーラシア・グループ」は1月3日、今年の世界の「10大リスク」を発表した。

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 1位は予想どおりロシアを巡る地政学リスクだった。長期化するウクライナ侵攻で国際社会から孤立したロシアが、核兵器やサイバー攻撃を用いて欧米諸国への脅しをエスカレートさせる可能性を指摘した。

 ユーラシア・グループに「最も危険なならず者国家」扱いされたロシアも、昨年末にメドベージェフ国家安全保障会議副議長(前大統領)が今年の10大予測を公表していた。

 1位は原油と天然ガスの価格の高騰だ。ロシア経済の屋台骨である原油と天然ガスの価格が堅調に推移しなければ、ウクライナ戦争の継続はままならない。プーチン指導部の願望の表れだと言えよう。

 話題になったのは8位の予測(米国で内戦が勃発し、内戦後に共和党が確保した州で実施された大統領選挙でイーロン・マスク氏が当選する)だった。名指しされたマスク氏は「私が今まで聞いた中で最も馬鹿げた予想だ」と一蹴した。

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 メドベージェフ氏は「年末は多くの人が荒唐無稽な未来予測を競うようにする」としており、真意は定かではないが、筆者は彼の予測の半分が欧州に関連していることに注目している。

 その主な内容は(1)英国がEUに復帰し、そのせいでEUが崩壊する(2)ドイツにネオナチ政権(第4帝国)が誕生し、フランスと戦争するというものだ。

 これらの予測は荒唐無稽と言うより、メドベージェフ氏の欧州に対する呪いの言葉のように思えてならない。ロシア政権の中枢は、なぜ欧州に対して恨みつらみの念を募らせているのだろうか。

ロシアの逆恨み

 思い起こせば冷戦終結時に、大西洋からウラル山脈までの欧州全域の安全保障の確立と経済統合を目指す「欧州共通の家」という構想があった。

 この構想はロシアの期待とは裏腹に遅々として進まず、メドベージェフ氏は大統領だった2009年当時「協議する場すらできていない」と不満を漏らしていた。

 ロシアはその後、2014年にウクライナのクリミアを一方的に併合し、昨年2月にウクライナに軍事侵攻したことで欧州との関係を決定的に悪化させてしまった。

 かつての夢(欧州共通の家)がこなごなになってしまったのは自業自得だが、この経緯によってロシアの欧州に対する思いは「可愛さ余って憎さ百倍」になったことだろう 。

 逆恨みを受ける欧州のロシアへの対応も感情的であったと言わざるを得ない。

「ロシアのウクライナ侵攻は絶対に容認できず、強力な対応が不可欠だ」と決断し、ロシア産原油や天然ガスの依存の低下を強引な形で推し進めた。

 経済制裁については「相手国にしかるべき経済的打撃を与える一方、それを科す国にとっての負担が重すぎてはならない」というのが自明だが、今回の欧州の経済制裁は後者の条件を満たしていない。

 特に、価格の安いロシア産天然ガスは長年にわたり欧州諸国の経済成長を支えてきた。

 EUは代わりに米国などから液化天然ガス(LNG)の輸入を増加させているが、LNGの価格はロシアからパイプラインで輸入していた気体の天然ガスに比べて桁違いに高い。ウクライナ侵攻前にロシア産天然ガスの4~6倍だったLNG価格は、現在、侵攻前の倍以上だ 。欧州の天然ガスの備蓄確保も「2030年まで危機的な状態が続く」との悲観的な予測が出ている。

 そのせいでEUは深刻なインフレに苦しみ、ユーロ圏の金融市場は不安定な状態になっている。生活費は高騰し、計画停電の実施も現実味を帯びてきている。

 EUは自ら招いた未曾有のエネルギー危機で苦境に陥っている。それでも対ロシア制裁を改めるつもりはないようだが、心配されるのは政治への悪影響だ。

右傾化する欧州諸国

 多くの欧州諸国の政治は既に右傾化している。

 イタリアではムッソリーニの流れをくむ党が政権を握り、ポーランドとハンガリーでは右派の政権が一段と独裁色を強めている。

 エネルギー価格の高騰で経済が悪化すれば、極右勢力はさらに勢いづくことだろう。

 中でも懸念されるのは英国の政情だ。歴史的な高インフレに直面する中、年末から33年ぶりの大規模ストが起きており、発足したばかりのスナク政権の足元は大きく揺らいでいる。国民の暮らしぶりを好転させない限り、極右勢力が台頭する可能性は排除できない状況となりつつある。

 昨年12月にクーデター騒ぎがあったドイツの政情もけっして楽観視できない。

「インフレがピークを打ち、景気の腰折れは回避できる」との見方が生じているが、悩みの種はウクライナからの避難民だ。

 ウクライナからドイツへの避難民は100万人を超えており、2015~16年のシリア難民の数を既に上回っている。旧東独地域ではウクライナ難民への反発が広がっており、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は高まるばかりだ。

 内向き化するドイツに対して盟友であるフランスは反発を強め、独仏関係は前例のない緊張関係にあるとの懸念が生じている。

 メドベージェフ氏の呪いのごとく欧州が未曾有の危機に陥ると断言するつもりはないが、対ロシア制裁の自縛に苦しむ欧州政治の今年の動向は要警戒だ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部

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