ロート製薬といえば、「アルガー ド」「ロートCキューブ」などの目薬・アイケア製品のほか、「極潤」「肌研」「メンソレータム」などのスキンケア製品・外皮薬で有名な企業だ。 1976~1992年までTBS系列で毎週土曜夜に放送されていた「クイズダービー」のほか、フジテレビ「SMAP×SMAP」(月曜夜)などの間に流れ ていた印象的なTVCMが記憶にある人も少なくないだろう。
そのロート製薬が自社従業員の働き方について斬新な2つの制度を設けた。2月24日に発表した「社外チャレンジワーク」「社内ダブルジョブ」がそれだ。 「『ロート製薬』という会社の枠を超え、より社会へ貢献し自分を磨くための働き方ができるよう」(ロート製薬HPより)に導入する。
社内チャレンジワークは、土・日・祝・終業後に収入を伴った仕事に就業すること、つまり兼業を認める枠組みだ。社内ダブルジョブは一つの部署にとどまら ず、複数の部門・部署を担当できる。どちらも社員からの自発的な立候補によって社内で審査する。社員のプロジェクトによるアイデアから生まれた。
このうち会社公認で兼業ができる社内チャレンジワークはネットニュースで大きく取り上げられるなど、話題になっている。これに関連する掲示板の書き込みやSNSでの反応を見る限り、一般の人はロート製薬の取り組みを好意的に受け止めている。
一方、社会保険労務士としての知見から言わせてもらうと、そもそも会社が社員の副業を禁止すること自体、法律上は原則として認められていない。このことは、意外に知られていない事実ではないだろうか。
雇用契約の本質は、「社員は契約で定められた時間、会社に対して労働力を提供し、会社はその対価を金銭で支払う」というものであるから、就業規則等を通じて社員に対して会社の拘束が及ぶのは、あくまでも労働時間の範囲内においてである。
したがって、就業時間外においては、何をしようが社員の自由、というのが原則であり、「家に帰って家族で食事をする」「スポーツジムに行く」「恋人とデートをする」といった選択肢と並んで、「副業をする」という過ごし方が存在しても、何らおかしくはないはずである。
それを大前提とした上で、「疲労が蓄積して本業に影響が出る」「本業と競業するような副業を営む」「本業の信頼を損なうような副業を行う」といったような場合に限っては、例外的に当該副業を禁止しても良い、というのが法律上の正しい考え方なのである。
過去の裁判例においても、副業禁止が有効として会社側が勝訴したのは、女性社員が連夜キャバレーでアルバイトをしていた事例や、幹部社員が自社と競業する会社を設立した事例のような、極めて極端なケースに限られている。
したがって、「ロート製薬が従業員に対して副業を解禁した」といっても、法律論上は、当たり前のことを当たり前に述べただけという解釈もできる。しかし、実務的な観点から考えると、ロート製薬の新しい取り組みは社会的に大きな意義がある。
筆者自身の話で恐縮ではあるが、筆者が独立前に勤めていた会社の就業規則では、副業に関しては、一応許可制になってはいるものの、誰にどのような許可を申 請すれば良いのか、どのような基準で許可がされるのか、副業を申請したら人事考課にどのような影響があるのかなどについては内規でも明らかにされていな かった。社員の立場としては、おいそれと副業の許可申請をできる雰囲気ではなかった。
筆者は、在職中に社会保険労務士として登録し、セミナーや執筆活動などを行っていたが、上記のような環境の中、手探りで会社に副業の申請をしても、却下さ れたときに気まずくなりかねないことや、下手をすると「会社への忠誠心が足りない」と査定を下げられかねないことに、恐れを感じた。
かといって、法律論まで持ち出して会社に副業を認めさせるのも大変だと考え、褒められた話ではないと思うが、発覚した時の不安はよぎりつつも、会社には副業の許可は取らなかった。
その後、結果的には独立する意思が固まり、副業の件が特段問題となる前に、円満に退職をして現在に至っているが、もし、私がサラリーマンを続けながら、副業で社会保険労務士としての活動をしたいと考えたならば、在職中のどこかの時点で問題になっていた可能性が高い。
その体験を踏まえると、今回のロート製薬の副業解禁の発表は、会社の許可基準を満たすならば、安心して副業の申請ができる職場環境が用意されたということに他ならず、社員の副業を実質的な意味で会社が認めた先行事例として、社会的に意義の高い発表だったといえる。
会社が副業を認めることで、社員は副業が発覚して問題にならないかどうか神経をすり減らす必要もなくなり、安心して本業にも打ち込むことができるようになる。会社の本業にとってもプラスの影響が見込めるであろう。
副業を許可した結果、副業にのめりこみすぎて本業がおろそかになった場合は、その時点で指導や懲戒処分を行うことが可能だし、本業と競合するような副業を 行おうとする場合は申請の時点で不許可とできるし、会社に隠れて競業を行った場合は、懲戒解雇を含めた処分を行えば良い。
筆者自身の体験に限らず、昨年からのマイナンバー対応の実務を振り返っても、我が国のサラリーマンが、いかに会社に隠れて副業を行わざるを得ない状況なのかを痛感させられている。
雑誌やウェブメディアなどでは「マイナンバーで副業は発覚するか」というテーマでの特集があちこちで組まれていたし、私自身も個人の方から「来年からはマイナンバーで副業が会社にバレてしまいますか?」という相談を複数受けた。
経営者サイドからも、「副業で勤務している従業員から、本業の会社に見つからないようマイナンバーは提供したくないといわれたが、そのようなことは可能な のですか?」という質問を受けたこともあったぐらいで、少なからずの人が副業の発覚を恐れ、神経をすり減らしているのだろうということを感じさせられたも のだ。
もちろん、合法的な範囲で副業を行っていたにも関わらず、それを理由として降格や解雇をされたら、裁判で争えば最終的には社員側が勝訴できる。
とはいえ、多くの人は、そのような白黒の付け方ではなく、「会社に迷惑をかけない範囲で副業を行うから、会社もそれを認めてほしい」ということを望んでい るはずだ。副業を打ち明けると、会社がどのような反応をするか分からないから、結論としては私のように、副業を隠さざるを得ないということになっているの が実態であろう。
働く側の立場としては、ロート製薬の「社外チャレンジワーク」が、今後の日本企業の副業に対する考え方のスタンダードとなるのは望ましい。会社側も、社員が副業を申告しやすい雰囲気を作ることで、得られるメリットがあるはずだ。
社員に副業を申告させることで、社員の総労働時間を把握して、過重労働になりそうな場合は助言をしたり、副業の許可を取り消したりして、社員の健康管理を 行うことができるし、社員がどのような種類の副業を行っているかを把握することで、その社員の能力や適性をより深く把握し、本業の人事にも反映させられる だろう。
また、社員に副業を許可することは、ロート製薬が 「社外チャレンジワーク制度」の導入にあたって「会社の枠を超えて培った技能や人脈を持ち帰ってもらい、ロート自身のダイバーシティー(多様性)を深める 狙いがある」と述べているように、積極的な意味で会社が得られる利点も小さくはないだろう。
ロート製薬のホームページにおいて、会長と社長の連名で記されているトップメッセージには次のような一節がある。
「当社は創業以来、胃腸薬、目薬、外皮用薬(メンソレータム等)、2000年以降は「Obagi(オバジ)」「肌ラボ」等ビューティー関連商品の幅広い商 品開発を行ってまいりました。2013年からはアグリ事業、レストラン等の食ビジネス、最先端の医療である再生医療事業への挑戦も行っており、「健康と美 に関する、あらゆるソリューションを提供する会社」を目指し、日々活動しております。
ロート製薬は、一般消費者からすれば「目薬の会社」という印象が強いが、現在、目薬関連は売上高の3割に過ぎず、6割をスキンケア商品、残りの1割をフードビジネスなどの新規事業が稼ぎ出している。
つまり、ロート製薬は多角化による事業の発展を基本戦略としているため、新規事業への種まきという意味でも、「健康と美」に紐づく多様な経験を社員にさせ るため、副業を解禁することに一定のメリットがあるという経営判断も働いたのだと推測される。社員が築いた外部人脈が、新規事業への参入のきっかけにもな り得る。
さらに言えば、社員に多様性を持たせ、自社のビジネスを積極的に多角化したり、技術が応用できる可能性を広げたりすることで、「有事の際の生き残り」という観点で、強みとなる可能性もあると考えられる。
この点、富士フイルムの業態転換が好例だろう。富士フイルムはもともと写真用フィルムのメーカーとして創業したが、デジタルカメラの普及により、カラーフィルムの需要は2000年度のピーク時から2010年には約10分の1にまで、急速に需要が落ち込んだ。
それでも富士フイルムが生き残り、2014年度決算では過去最高益を記録しているのは、1950年代後半から写真フイルムの技術を応用した新製品を開発し、事業分野の多角化を図ってきた成果だといえる。
具体的には、液晶テレビなどのディスプレイ材料として使用されているタックフィルムの開発、連結子会社である富士ゼロックス社の複写機事業、医療分野やヘルスケア分野への参入などが挙げられる。
当時の富士フイルムの社員が、副業から新規ビジネスのヒントを得たということではないであろうが、少なくとも自社の技術やノウハウが将来的にどのような分 野で応用ができそうなのかということを日頃から幅広く考えておくことは、環境の激変期を乗り越え、企業の永続的発展のために重要であるというメッセージを 持っていることは間違いないであろう。
ロート製薬に話を戻 すと、社員が副業を通じて社外で経験や体験を積むことにより、視野が広がり、斬新なアイデアが社内にもたらされることは、ロート製薬の経営方針に合致し、 また、企業の競争力や生存力の強化という観点からも、決してマイナスではないであろう。このことは、ロート製薬のみならず、多くの会社においても、副業の もたらすプラスの効果として、同様に考えてもよさそうだ。