一方的な安倍氏への恨み、「無敵の人」はなぜ生まれた

演説中の安倍晋三元首相(67)が銃撃されて死亡した衝撃的な事件は、宗教団体をめぐり容疑者が抱えていた苦悩が、安倍氏への「一方的な恨み」へと発展した可能性が浮上している。容疑者の供述や犯行形態から専門家が推測するのは、「他責的傾向の強まり」と「怒りの置き換え」だ。過度な思い込みやゆがんだ意識は、なぜ生まれるのか。 【写真】涙を浮かべ、安倍元首相の葬儀が営まれた増上寺を出る妻の昭恵さん 「母親が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に入信し、多額の寄付をして生活が困窮した」 捜査関係者によると、山上徹也容疑者(41)=殺人容疑で送検=は、こうした理由から家庭連合への恨みを募らせていた。ただ当初の狙いは家庭連合のトップ。目的を達成するため、爆弾の製造を始めたと説明する。 精神科医の片田珠美氏は、山上容疑者の供述から、失敗の原因や責任を自分以外に求める「他責的な傾向」の強まりを読み取る。「『家庭連合のせいで大変な目に遭ったのだから、復讐(ふくしゅう)しても許されるはず』。その願望を正当化していったのだろう」(片田氏) 片田氏は暗転していった人生が、容疑者のねじ曲がった「特権意識」に拍車をかけたとも分析する。家庭連合により多くの不利益を被った分、「例外を要求しても許される」との考えだ。 捜査関係者によると、山上容疑者は家庭連合ではなく、安倍氏を狙った理由についても説明している。安倍氏は昨年9月、家庭連合の友好団体のイベントにメッセージを寄せており、「(家庭連合と安倍氏が)つながりがあると考えた」(山上容疑者)。片田氏はここで「怒りの置き換え」が生じたとみている。怒りや恨みをぶつけたい対象に接近できない、恐怖から実行できないといった場合、矛先を方向転換して別の対象を攻撃するプロセスだ。 11日に記者会見した家庭連合の田中富広会長は「自分たちへの恨みから元首相の殺害に至るというのは、大きな距離があって困惑している」と述べたが、片田氏は「関係があると思い込んだ安倍氏を襲うのは一方的な恨みといっても過言ではない」と分析する。 ■「失われた30年」がトリガーか 不可解とも思える恨みが事件につながるケースは過去にもある。 令和元年7月に京都アニメーションのスタジオが放火され36人が死亡した事件。殺人などの罪で起訴された青葉真司被告(44)は動機について、京アニの作品を挙げながら「京アニに小説を盗まれた」と一貫して供述している。ただ京アニ側は盗作の事実はないと主張しており、一方的に恨みを募らせていた可能性がある。 昨年12月に26人が犠牲になった大阪市北区のクリニック放火殺人事件も同様だ。谷本盛雄容疑者=当時(61)=は事件後に死亡したが、大阪府警は事件関係者らへの聴取などを踏まえ、動機を推定。孤独や貧困を背景に自殺願望を抱いた容疑者が、職場復帰を前向きに目指す患者らに劣等感や嫉妬などの「負の感情」を一方的に抱いたと指摘した。 社会的に失うものがなく、躊躇(ちゅうちょ)なく凶悪犯罪に及ぶ人間は「無敵の人」とも揶揄(やゆ)される。逮捕も刑罰も抑止力にならず、抜本的な対策は難しい。事件後、逃走や抵抗することなく、取り押さえられた山上容疑者もまた、その典型といえる。 片田氏はこうした犯罪の背景の一つに、長引く日本経済の停滞があるとみている。「ここ30年賃金が上がらず、経済的な不満を抱く人が増えている」という。 正規と非正規社員の賃金格差是正や転職、復職支援の充実など、考えられる対策はある。片田氏は「SOSの声をくみ上げられる社会を作ることが大切なのではないか」と話している。(小川原咲)

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