長く勤め上げてきたから、同業から取引先、異業種まで数多く見てきた。会社員の酸いも甘いも経験して、本当にいいのがどういう企業かよくわかる。だからこれは、本音で選んだ「究極の1社」。

■「トヨタは哲学に嘘がない」

伊藤忠商事で副会長を務めた中澤忠義氏が、トヨタ自動車を選ぶ理由を語る。

「私は豊田英二さんや章一郎さんと面識があり、当時からトヨタの幹部の方々と交流してきました。すごいなと常々感心するのは、トヨタという会社は確固たる経営哲学を持ち、かつ、その哲学を組織の中で貫徹する強い意思があることです。

た とえば、『上下一致』。社員が上から下まで一丸になるという当たり前のことを説いているのですが、大企業であるほど実践するのは難しい。が、トヨタでは提 案制度ひとつとっても、工場のライン作業に従事する社員から、管理職まですべての社員がアイデアを上げる。グループ会社や系列会社とも一緒になってカイゼ ン作業に汗を流し、『上から目線』でコスト削減を押し付けたりしない。

だから、社員には並々ならぬ一体感がある。同志のトヨタマンたちと手を取り合いながら、世界を舞台に、巨大企業を相手に闘っていく。そんなサラリーマン人生には魅力を感じます」

今回最も人気を集めたのはトヨタで、2位で続いたのはオリエンタルランド、日立製作所、カルビー、東レの4社。

業種も業界もバラバラであるし、いずれも大学生が選ぶ『就職人気ランキング』の上位に名前が出るような超人気企業でもないので、意外感がある。

だが、その理由を聞けば聞くほどに、「納得」のランクインであることがよくわかる。

■東レのチャレンジ精神

たとえば、カルビー。

「数 年前にカルビーの社長さんにお会いした際、会談場所がお客さんとの商談室だったのに驚きました。普通は大企業の社長や役員に会うのは、社長応接室や役員応 接室だからです。カルビーの工場にも伺ったことがありますが、実際、とてもざっくばらんな会社で、社長と社員の距離感も近い。社長さんが『社員が人脈を増 やして、視野を広げて欲しい』と語っていたのも印象的です。

国籍も性別も正規雇用も非正規雇用も関係なく、同じ会社の下で働くすべての人間を大切にする。さらに、一生懸命に一人一人の個性と能力を伸ばそうとしてくれる。生まれ変わったら、その社風のもとで働いてみたい」(元帝人調査役の萩原誠氏)

そんなカルビーで社長を務めた中田康雄氏が選んだのが、オリエンタルランド。「東日本大震災時の対応に感動した」と言う。

「こ の日の東京ディズニーランドとシーには約7万人が来園していましたが、キャスト(従業員)の素晴らしく心のこもった迅速な対応で、これだけの人がパニック を起こさずに地震がおさまるのを待ったというのは見事としか言いようがない。普段より、震度6、来場者10万人を想定した訓練を年間180回実施している ことの賜物。なにより、ゲスト(お客)に夢と楽しさを提供するという意識がキャスト全員に植え付けられていることの証だと思い、感動しました。

そもそも、年中無休でアトラクションが安全に稼働しているのはある意味で驚異的。そこには、設備の保守や運転にかかわる腕のいい裏方の存在もある。知れば知るほどに奥が深いエクセレントカンパニーです」

2 位につけた残りの2社、日立製作所と東レはともに「変幻自在企業」。過去の成功体験に安住せず、常に時代に適応した新しい事業を生み出し、主力事業を入れ 替えていく柔軟さを備えている。その変幻自在ぶりが会社のDNAとしてきっちり組み込まれていることが、人を惹きつけてやまない両社の魅力の源泉だ。

「私が三菱商事名古屋支社で航空機用材料を扱う部署に勤務していた1980年頃、米国のデュポン社が戦闘機の機体などに使うカーボンを作っていた。それを東レが、見よう見まねで同じように作ろうとしているのを知って、びっくりしました。

と いうのも、東レといえば完全に繊維企業というイメージ。それが、カーボン技術と繊維技術を組み合わせて航空機や自動車に使える新しい素材を作ろうなどと、 画期的なことを考えていたわけです。この会社は大化けしていくな、と思いました」(元三菱商事貴金属メタル市場事業部次長の近藤雅世氏)

「多 くの日本の製造業はセクショナリズムや大企業病に陥り、新しいモノを生めない会社になりがちです。そうした中で、日立は出世レースから外れたと思われてい た子会社社長の川村隆さんを本体に引き戻し、トップに据える大胆な人事を断行した。経営不振をこの人事で乗り切ろうと、英断したわけです。その川村さんは 遠慮なく大胆な改革を一気に進め、みずからの強みを技術に結集して、日立を大復活させた。

私が生まれ変わって働きたいと思うのは、『川村さんのような人が社長になれる会社』。要は、『変われる会社』です」(元花王執行役員の今村哲也氏)

■「花王の社長室に驚いた」

今 回の選者たちの回答をまとめたのが、上の表である。(外部サイトをご利用で、『一流企業OBたちが明かす入りたい企業一覧表』が見られないという方は、こ ちらのURLをクリックしてください。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/465783 ページ目より一覧表がご 覧いただけます)

各選者が挙げた「理由」を見て行くと、普段はうかがいしれない企業の内情や社風が見えてきて、おもしろい。

「東 京海上日動火災は、東京海上時代は『公家的』な社風であったが、日動火災と合併したことで『野武士』的な要素が加わって魅力が増した。社内競争に勝ち残る 優秀な人材であれば海外でも活躍できるし、女性活躍の土壌も広い。そのうえ、給与は言うまでもなく、日本トップランク。引退後の年金も十分な、『揃った会 社』です」(元富士通総合デザイン研究所生活情報化センター長の坂本善博氏)

「かつて花王に伺った時、ソファーもなく狭い部屋で社長が一心 不乱に働いていたのが印象的でした。化学メーカーですが、実は業種が多岐にわたって個性を発揮できる場が多い。人事も透明かつ柔軟で、工場長出身者が社長 に就いたりする。いい意味で大企業然としていない、その雰囲気がいいなと思いました」(元NHKエグゼクティブプロデューサーの今井彰氏)

知る人ぞ知る会社も、たくさん名前が挙がった。

自動車業界からは村上開明堂。静岡県に本社を置く、バックミラーの製造で国内シェアトップの会社だ。

「私が日本興業銀行静岡支店長時代に先代社長にお会いした時から、『地域に根差し、地域に貢献する』という同社の経営方針は貫かれています。’95年に東証2部に上場して以来、無理に東証1部を目指そうとしないのは、会社の規模以上に背伸びしない意識が徹底しているから。

ど こか大手自動車メーカー一社の系列になることを回避しているのも、安定した雇用を確保しようとする『従業員目線』からきている。自動車ミラーは電気自動車 になってもなくならないので、同社の存在意義も今後何十年にわたって揺るがない。こうした真に強い地方企業は魅力的です」(元日本興業銀行金融法人部長の 山元博孝氏)

■知名度以上に魅力的な会社

医療業界ではサクラグローバルHD。老舗の超優良企業である。

「同 社の中核企業であるサクラ精機は、明治4年に創業された日本近代医療の先駆的企業。その伝統からトップには連綿と創業時の医療への思想や哲学が受け継がれ ており、人材育成の徹底ぶりも素晴らしい。西洋人との交流の歴史も随一で、付け焼き刃のグローバル化などではない歴史の重みがこの会社にはある。こうした 会社は決して道を踏み外すことがない」(元武田薬品工業理事の原雄次郎氏)

ほかにも、知名度以上に魅力的な会社はたくさんある。

「信越化学工業は役員でなくても、能力、人脈、影響力などがある社員は70歳になっても重責を担って仕事をしています。OBが設立した会社とコラボレーションするなど、全社的な社員のつながりも素晴らしい」(元キヤノン副所長の藤村直人氏)

「ヘ ルスケア企業のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の東京本社に行くと、玄関に『アワー・クレド(我が信条)』という4ヵ条の経営理念が掲 げられているんです。第1ヵ条が顧客への責任、第2ヵ条が社員への責任、第3ヵ条が社会への責任を謳っていて、株主への責任は最後に出てくるのがいい。こ の考え方は、私の出身企業パナソニックの創業者、松下幸之助に近い。パナソニックの場合はその理念が途中でぶれて経営危機に陥ったが、J&Jは一 切ぶれずに成長を続けている」(元パナソニック国際人事センター人事総務担当部長の小野豊和氏)

「星野リゾートはダメになりそうな温泉旅館 を復活させたり、まったく新しいリゾート体験を生み出したり、やることが斬新。星野佳路社長が魅力的で、『大袈裟かもしれないが、この事業を続けることで 世界平和に貢献できるかもしれない』とまで言う。こんな使命感のある経営者と一緒に働きたい」(元リクルート業務部部長の田中辰巳氏)

本文では紹介しきれなかった意見については、表をじっくりご覧いただきたい。こんな「いい会社」がひとつでも増えれば、日本の未来はきっと明るくなるはずだ。

「週刊現代」2015年11月28日・12月5日号より