改定労働施策総合推進法、通称「パワーハラスメント防止法」が2020年6月から大企業に適用される。同法はパワハラについて、次の3つの要素をすべて満たすものだと定義する。
(1)優越的な関係を背景に
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
(3)労働者の就業環境が害されること
パワハラ防止対策は事業者の義務となるが、パワハラが蔓延する企業はその体質を変えることができるのだろうか。
『週刊東洋経済』3月16日発売号は「三菱150年目の名門財閥」を特集。幅広い事業分野に根を張る日本最大の企業グループの強さと、足もとで山積する課題を追った。その中で、三菱電機で蔓延するパワハラ問題を取り上げた。
2019年8月、三菱電機の男性社員(20代)が自ら命を絶った。男性は同年4月に入社し、兵庫県尼崎市の生産技術センターに配属された新人だった。残されたメモにつづられていたのは、指導員から受けた暴言の数々だ。
「飛び降りるのにちょうどいい窓あるで」
「次、同じ質問して答えられんかったら殺すからな」
「お前が飛び降りるのにちょうどいい窓あるで、死んどいたほうがいいんちゃう?」
2019年8月に自殺した男性新入社員が残したメモ。指導員から言われたという「殺すからな」「自殺しろ」などの言葉が記され、本人の母印も押されていた。
この指導員は同年12月、自殺を被害者にそそのかした「自殺教唆」の疑いで書類送検された。遺族の代理人である嶋﨑量弁護士は、「(企業のパワハラ事案が)労働法違反ではなく自殺教唆という刑法犯で送検されるのは、他に類を見ない特殊なケースだ」と話す。
実は亡くなった男性が住んでいた兵庫県三田市内の同社の寮では、3年ほど前にも通信機製作所に勤務していた新入社員(当時25歳)が自殺している。遺書には上司や先輩から受けた嫌がらせやいじめの内容と、「私は三菱につぶされました」「家族との別れがつらいですが、〇〇(上司の名前)と一緒に働き続けるほうがツライので私は死を選びます」と記されていた。
この事件では遺族が損害賠償請求訴訟を起こし、2019年6月に和解に至ったが、冒頭の自殺事件が起きたのはその2カ月後のことだった。同じ寮で2回目の自殺が起こり、「その悪質性から警察も無視できなかったのだろう」(嶋﨑弁護士)とみられる。
三菱電機は2012年以降、月100時間を超える残業などが原因で6人の労災認定者、5人の自殺者を出している(1人は子会社社員)。こうした事態に対し、三菱電機は「個別具体の話はできない」とする。しかし、これらの事件には、「個別の問題」とは言いがたい共通点がある。
同社社員の過労自殺が初めて明らかになったのは、2014年に労災認定された大木雄一さん(仮名、享年28歳)のケースだ。
名古屋製作所のシステムエンジニアだった大木さんは、担当していたプロジェクトの遅延に対応するため、月100時間を超える残業を続けていた。そのプロジェクトのメンバーは、入社3年目の大木さん以外、関連会社の業務委託など外部のスタッフだった。自分より経験があり年齢も上の外部スタッフには残業はさせられず、大木さんは業務過多になっていた。
後に弁護士らの調査によって、上司からは「仕事を人に振れないお前はダメだ」と言われていたことや、関連会社の設計リーダーからも長時間叱責を受けて鼻血を出してもやめてもらえなかったことなどが明らかになった。
責任感が強く愚痴を言うことがなかったという大木さんは、「上司は言わなければいけない立場だから仕方がない」と理解を示し、納期の遅れを取り戻そうと懸命に働いていた。だが、上司は製品の出荷前に「次に納期に遅れたら殺す」と追い打ちをかけた。大木さんは、この先こんなにつらい状況が続くのかと思うと頭が真っ白になり、精神的に追い詰められていった。
プロジェクト終了後も雑務や後輩の指導で過重労働が続いた大木さんは、うつ病を発症し自殺未遂を繰り返した。実家で療養中、28歳の若さで自ら死を選んだ。
「息子が亡くなって8年経ちますが、思い出さない日は1日もありません。第二、第三の息子を出さないために、企業風土を変えてほしい」。そう話す父親の思いに反し、その後も自殺者が続いた。
度を越した“指導”が蔓延
社員を自殺まで追い詰めた要因の1つが、上司の暴言だ。「殺す」という直接的な暴言だけではない。多くの人の前で答えられない質問や人格否定を繰り返す行為が、被害者たちの残した記録からわかる。「部員の間で『説教部屋』と呼ばれる会議室があり、数時間にわたる叱責を受けた」など、長時間拘束する “指導”が複数の社員・元社員から聞かれた。
2014年に適応障害を発症し労災認定された小山雄二さん(仮名、30代)は、「パワハラと長時間労働は表裏一体だった」と話す。
情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)に勤務していた小山さんの上司は、「おまえの研究者生命を奪うことは簡単だぞ」などの暴言を日常的に繰り返していた。同じ部署にはメンタルヘルスを害し傷病休暇中や休職中の人が何人もいたという。さらに、上司は残業時間を月40時間以内に調整して申告するよう、部員に指示していた。小山さんの残業時間は最長月135時間に及んでいたが、長時間の申告をすれば上司に怒られるためサービス残業を続けた。
三菱電機では長らく、自己申告の勤務記録と入退室記録に大きな差異があっても、「自己啓発時間」や「休憩時間」として扱い、放置していた。一連の問題を受け、ようやく同社は「2017年から2018年にかけ、入退室記録やパソコンのログオン・ログオフ時間と照合し、自己申告の勤務時間とずれがないか上司が確認するシステムを導入した」(広報部)。
しかし、勤務時間の管理が徹底されても、パワハラ体質が払拭されたわけではない。指導員の嫌がらせが原因で辞職した元社員は、「『大して仕事を与えていないのに、なぜ残業しているのか』と責められた」と話す。
情報流出や出荷検査不備は無関係か
パワハラだけが問題ではない。「失敗やミスを相談できる環境ではなく、前任者がミスを隠したまま異動、退職していた」(元社員)、「コンプライアンス違反の行為を先輩から引き継いでいた」(社員)、といった声も聞こえてくる。
今年2月、三菱電機は社内ネットワークが外部からのサイバー攻撃を受けた問題で、これまで流出していないと説明していた防衛に関する重要な情報が流出した可能性があると発表した。同じ日には、パワー半導体の一部製品の出荷検査不備も明るみになったが、顧客への報告が発覚から半年以上も遅れていることがわかった。
こうした不祥事や対応の遅れは、パワハラに起因する失敗や不正の隠蔽体質と無関係ではないはずだ。
2012年に亡くなった大木さんの父親は言う。「会社の方からは息子の開発した製品が海外で売れていると聞きました。うれしい反面、それで命を削ったんだよなと……」。 Facebookページにアクセスする スマホ アプリをダウンロードする ニュースレターを購読する
労災認定されたり亡くなったりした社員の多くは、製造業の根幹である研究開発や製造の現場にいた。こうした有為な人材を使い潰してきた企業体質に、経営陣は真剣に向き合わなければならない。
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