下北沢「サブカルの街大改造」が成功した理由、渋谷の再開発になかったのは?

コロナ前以来、久々に下北沢駅に降り立つと、建物や店、歩く人など、目に入るものの雰囲気がかつてのものとは異なっていた。かつて「サブカルの街」と呼ばれていた下北沢は、今「若者の街」として再び注目を集めつつあるのだ。2013年にスタートした下北沢地区の駅地下化とそれに伴う大規模再開発を経て、新たに生まれ変わった街の姿について考察する。(アステル NordOst〈松島広人〉) 【この記事の画像を見る】 ● 再開発で変わる東京の中で、今、改めて下北沢に注目が集まる理由  2020年、街と人を取り巻く空気には、逆戻りすることのない大きな変化が起きた。新型コロナウイルスの流行により、飲食店や商業施設、ナイトクラブやアミューズメントパークが次々と姿を消し、巣ごもり需要に合わせたテイクアウト専門店やゴーストレストラン、PCR検査センターといった新たな施設が登場し、街の空きスロットを埋めていったのだ。人流が徐々に復活した現在でも、東京では日々数千人が陽性者となる状況で、そしてかつての景色や空気はもう2010年代以前には決して戻らない。  さらに、近年各所で繰り広げられている大規模な再開発の流れも街の景観やムードを大きく変えていく。なじみ深い伝統は真新しい建築物へと新陳代謝を続ける。全国各地で大小さまざまな変化が起きているが、特にその変化が強く感じられる場所が、渋谷や原宿、池袋や新宿などの都心エリアだろう。あるいはお台場など、いわゆる東京臨海副都心エリアなども借地契約の終了に伴う大規模施設の営業終了が続いている。  そんな中、景色を一変させつつも、改めて若者の街として注目されるのが下北沢だ。2000年代から進んでいた駅地下化に伴う大幅な再開発を経て、地上の線路跡地を中心とした駅周辺の大改革が行われた。大規模な反対運動なども起こり、一時は物議を醸したものの、下北沢特有のカルチャーを存続させるためのさまざまな配慮のもと進んでいった開発は、広く人々へ受け入れられた。

● なぜ下北沢は「大改造」後も支持を集めているのか  街の再開発というのは、えてして否定的に捉えられがちなものだ。しかし下北沢の再開発は否定的な意見よりも、歓迎する声のほうが多く寄せられている。  なぜ下北沢の再開発は、あれだけ従来の景色を一変させたにもかかわらず、肯定的に捉えられているのだろうか。  理由の一つは、「街の空気」を絶やさず、文化との共生を目指していく独自のコンセプトだろう。2017年から小田急電鉄で下北沢エリアの再開発事業を手掛ける橋本崇氏は、下北線路街エリアの開発テーマを「支援型開発」とし、計画段階から地域住民・店舗との密接なコミュニケーションのもと、あえてコンセプトや運営方針を固めすぎないよう細心の注意を払っていたこと、街の再開発とは長い時間をかけて培われる「発酵」であり、企業主導ではない町作りを意識してじっくり進めていることを説明している(https://exp-d.com/interview/8815/)。  また、下北沢周辺には耐震性の問題などを理由に取り壊される大型ビルが少なく、再開発に伴って街のランドマーク的な施設が失われてしまうことが、渋谷などのエリアに比べ少なかった。そのため、古いまま残されたライブハウスや劇場などが一定数以上あり、加えて新たにナイトクラブやバーなどが誕生したのも理由として挙げられるだろう。

● 大都市が失ったもの、中小規模の街に生まれた価値  ではなぜ、渋谷やお台場周辺エリアの求心力は低減していったのだろうか。トレンドが発信される場所として人気だったこれらの地域と、下北沢にはどのような差異があるかを整理していく。  まず考えられるのが、再開発により「街が変わって、失われた景観」の大きさだ。お台場の象徴的存在だったヴィーナスフォート、大江戸温泉物語、STUDIO COAST(ageHa)は既に存在しない。渋谷においても、駅周辺のビル群の建て直し、道玄坂地区の再開発に伴うビル群の取り壊しで景観は完全に変わった。宮下公園周辺・桜丘地区の完全な商業施設化、大型ナイトクラブ「SOUND MUSEUM VISION」「Contact Tokyo」が2022年9月に閉店するなど、街に根差した文化は目まぐるしく推移している。  対して、下北沢をはじめ、中野、高円寺、吉祥寺などは、多少景観は変わっても、各施設が抱えていた文化や伝統が色濃く残っている。言わば再開発でもたらされた「新しい空気」と昔ながらのノスタルジーが絶妙なバランスで共生できていることが、支持を集めている理由なのだ。  いわゆるZ世代の消費行動の特徴とされる「所有よりも体験や共感を重視する」傾向も、下北沢の持つ「古風な文化をある程度残しつつ、新たな体験を提供する」といった特徴と合致しており、今改めて若者の街としてにぎわいつつあることが伺えるだろう。

● 下北沢は、新旧カルチャーを折衷した街へと進化した

 ただ下北沢も、あくまで「再開発」であることには変わりない。下北沢駅周辺にかつて存在した戦後闇市の名残や、歴史あるライブハウス・飲食店は、再開発に伴い消えていった。再開発前の独特な空気感は薄まり、今の下北沢を「サブカルの街」と呼ぶことに違和感や物足りなさを覚えたり、寂しさを感じたりする人も多いだろう(http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/3858/)。

 街は変わっていく。人と人の関係性が流動的に移りゆくように。文化から垣根や年代差といった障壁が取り払われ、すべてが溶け合う時代を生きる上で、街の変遷を意識しながら歩いてみるのも、新しい発見があって良いのではないだろうか。

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