【マンション業界の秘密】
マンション業界には冷静に考えると滑稽に思える悪習がいくつかある。
その1つに「名称に凝る」というのがある。物件がよさそうに見える名前をつけると販売がスムーズに進むと信じているのだ。
例えば、すでに完売した晴海(東京)の某タワーマンション。名称に「ティアロ」という言葉を使っているが、エスペラント語の「王冠」に由来するという。日本人のうち、何人がこの意味を理解できるだろうか。
もう1つ言えば、この物件の名称には「ハウス」と「レジデンス」という住宅を意味する言葉が2つも入っている。そのことを誰もおかしいとは思わなかったのか。
この物件に住むと、「マンション名まで書いてください」という場合に24文字も書かされることになる。住む人にとっては「晴海タワーズB棟」くらいの長さがすっきりしていて使いやすい。
最近では、マンションの名称に冠する地名でも滑稽な使い方が目立つ。
東京都中央区の明石町と言えば聖路加病院のあるところ。最寄駅は日比谷線の「築地」か、有楽町線の「新富町」だ。銀座7丁目の交差点まで歩くと15分以上はかかる。同じく中央区湊も最寄駅は日比谷線とJR京葉線の「八丁堀」。銀座7丁目の交差点へは歩いて20分。
こういう場所に誕生するマンションの名称に、なぜか「銀座東」という地名が付いている。最寄駅が「銀座」でもなく、ましてや地名が「銀座」でもない。また「東銀座」という地下鉄の駅へも近くない。そういう場所のマンションが、なぜ「銀座東」なのか。
明石町や湊に住んでいる人は、決してそこが銀座エリアだとは思っていない。
さらに、それらのマンションに住む人は、誰かに「マンションの名称は何というのですか」と聞かれると「×××銀座東」と答えることになる。するとそれを聞いた人が「へぇ、銀座に住んでいるのですか」と驚くかもしれない。そういうときに、「いえいえ実は…」と言い訳をすることになる。
それらの物件を購入して長く住むと、それ以後の人生で何度「銀座東」の言い訳をしなければならないのだろう。かなりお気の毒だ。
そもそも「銀座東」という名前が付いていても、そこが銀座からどれくらい離れているのか現地を見れば即座に理解できる。「銀座東」という名前だから購入しようという人はいたとしても、それはやや虚栄心が強い方だろう。
そういった名前を付けた側は「『銀座東』にしておけば、それに惹かれて見に来る人も増えて販売促進につながる」などと考えているのかもしれない。
マンションの名称は、誰でも意味が分かって覚えやすいものがいい。やたらと長いものや、実際との落差や違和感が生じるものは、後々まで迷惑を引きずる。この悪習は改めるべきだ。
■榊淳司(さかき・あつし) 住宅ジャーナリスト。同志社大法学部および慶応大文学部卒。不動産の広告・販売戦略立案の現場に20年以上携わる。著書に「マンションは日本人を幸せにするか」(集英社新書)など多数。