元祖は日本テレビ
話は古くなるが、1997年9月2日、産経新聞は朝刊で「テレ朝生番組またまた失言 『トゥナイト2』懲罰委で関係者ら4人を処分」と報じた。記事を引用させていただく。
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《問題の発言があったのは先月26日放送の「トゥナイト2」(月~金曜・23:55)。準レギュラーのタレント、乱一世さんが、CMに入る直前、「2分間だけみなさんに猶予を与えたいと思います。トイレに行かれる方はトイレへ。この2分間に行かないと大変なことになりますね。さあ、いよいよCMの後は……」などと発言した。
これを受けてテレ朝は27日に懲罰委員会を開き、この番組を担当する情報局担当の取締役を減俸、情報局長、情報番組センター長を減給、担当プロデューサーを10日間の出勤停止とする処分を決めた。このほか28、29日には社内の全部局で会合が開かれ、再発防止を社員1人1人に徹底させた。
週に1、2度の割合でゲスト出演していた乱さんにも「当分の間出演をご辞退願う」(テレ朝広報部)措置をとったという。
テレ朝では今年2月9日放送の「サンデージャングル」、同11日の「ニュースステーション」で、CMが始まる直前に「トイレは今のうちに」というスーパーを流し、スポンサー側から抗議を受けた。この時も関係者は処分を受け、伊藤邦男社長が「民放としてあってはならないこと」と陳謝する一幕もあった。
日本広告主協会電波委員長を務めるサントリー宣伝事業部長(註:原文は実名も掲載)は「前回に再発防止の要望書を出し、社内で徹底させたと聞いていたので今回のことは大変遺憾。再度要望書を出すつもりだ」と話している》(註:数字やアルファベットなどをデイリー新潮の表記法に改めた、以下同)
この発言と処分、まさに歴史に残るインパクトだった。ネット上では当時を振り返る記事が今でもアップされている。ただ、そうした記事で「トゥナイト2」の前に2番組が抗議を受けたことに触れたものは少ない。乱の発言が大騒動に発展したのには、それなりの伏線があったのだ。
また、「乱はこれで芸能界から抹殺された」という書き込みも散見されるが、これは完全なデマだ。現在も乱は番組ナレーターとして数本のレギュラー番組を持っている。
そしてこの発言、今の視点で読み返してみると、「CMまたぎ」の要素が含まれていることに気づく。なぜ「CMを見なくてもいい」と、スポンサーに喧嘩を売ったのか。それは「CMが始まると、リモコンを使ってチャンネルを替えられる」ことを恐れるテレビ局の本音が潜んでいたのだろう。
新聞や雑誌の記事データベース「G-Search」に「CMまたぎ」を入力してみると、1998年5月23日に産経新聞の朝刊に掲載されたコラム「【CMルックLOOK】『第一生命』気になる凸形の箱の中身」が初出としてヒットした。署名原稿で、「フリーライター前田浩子」と記されている。
《“CMまたぎ”って業界用語があるんですって。例えばクイズ番組だとすれば「答えはCMのあとで…」と振っといて、正解をCMタイムが終わってから見る、という手法なのね》
この「CMまたぎ」を“開発”したと言われているのが、日本テレビで“視聴率男”の名をほしいままにした五味一男氏(62)だ。
CMディレクターを経て、87年に日テレに入社。『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』(88~96年)、『マジカル頭脳パワー!!』(90~99年)、『投稿! 特ホウ王国』(94~96年)、『速報! 歌の大辞テン』(96~05年)、『エンタの神様』(03~10年、現在も不定期放送)という数々の人気番組を制作した、文字通りのヒットメーカーだ。日テレのライバルキー局の関係者が言う。
「リモコンが普及し、チャンネルザッピングが日常化すると、民放ではCMによる視聴率急落を、なんとかする必要に迫られます。五味さんの『CMまたぎ』が凄かったのは、視聴率対策とスポンサーへの配慮を両立させたところです。乱さんは『CM明けに面白いシーンが始まるから、CMは見なくてもいいけど、チャンネルは替えないでね』と呼びかけました。一方、五味さんは『CM明けに面白いシーンが始まるから、チャンネルは絶対に替えず、CMも全部見てください』と放送したわけです」
民放としては筋が通っている。何より「CMまたぎ」は日テレが視聴率三冠王を達成した“1つの象徴”と受け止める関係者も多く、あっという間に他の民放も模倣していく。
だが最近、元祖・本家の日テレでさえも「あまりにあざとい『CMまたぎ』はよくない」と、封印の傾向が出ているという。
「原因はもちろん、視聴者の反感です。例えば4月6日、テレビ朝日はプライムタイムにあたる20時から『10万円でできるかな』を放送しました。スクラッチクジを10万円分購入するという回で、内容は面白かった。ところが、当選か否かを見せる際、相当に露骨な『CMまたぎ』を行い、不満の声が上がりました。日刊ゲンダイも批判記事を5月12日に電子版でアップしたほどです」(同・関係者)
榊博文・慶応義塾大教授(社会心理学)は、こうした演出を「山場CM」とネーミング。テレビ局側が「CMを見てもらい、視聴率も落ちない一石二鳥」と喜ぶ中、視聴者は「CMまたぎ」に怒りを覚え、紹介される商品にも嫌悪感を抱くと分析した。
朝日新聞が2007年11月6日に掲載した「山場でCM、逆効果 TV視聴者86%『不愉快』慶大研究室調査」のポイントを引用させていただく。
《榊研究室は、慶大通信教育部、文学部の727人を対象にアンケートを02年に実施。調査対象の半数近くが20代で、次いで30代が多かった。
調査では、視聴者をCM明けまで引っ張ろうとする山場CMに対する印象として、強い肯定から強い否定まで9つの尺度で聞いた。「不愉快」について86%が肯定。CM明けのシーンの繰り返しには、74%が「イライラする」と回答した。
山場CMを含む番組については、84%が「好感が持てない」。山場CMの商品について42%が「好感が持てない」、34%が「買いたくない」と回答。それぞれ60%前後あった「どちらともいえない」を除けば大半がマイナスの評価だった。
話の流れが落ち着いたところで出る「一段落CM」と比較すると、山場CMが「商品を買いたくない」で3・8倍、「商品を覚えていない」も2倍と本来の効果をうち消していた。
また、日本と欧米のテレビ番組の山場CMを02~03年に比較した。ニュース、ドキュメンタリー、ドラマなど7分野で各国の代表的な3番組ずつを録画して比率を調べた。その結果は、日本の40%に対し米国は14%で、CMのタイミングが法律で規定されている英国は6%、フランスにいたってはゼロだった》
更に13年4月、榊教授はブログ「ネット論壇@日本説得交渉学会」に「『山場CM』の説得効果」の記事を掲載した。要点を箇条書きで引用させていただく。
◇10年にも調査を行ったが、02年と比較すると、「CMが嫌い」は33・7%から76・7%、「CMまたぎ嫌い」は78・5%から94・9%、「山場CMの商品が嫌い」は27・9%から91・4%と、それぞれ増加した
◇山場CMを「テレビ局は視聴者を馬鹿にしている」と思う視聴者は少なくなく、「テレビ離れ」の一因となっている可能性がある。
◇日本のCMが15秒と短く、「商品を買って下さい」と説得するタイプが主流であることも、CMまたぎが嫌われる原因の1つではないか。JR東海は『クリスマス・エクスプレス』や『そうだ京都、行こう。』のCMで60秒バージョンを制作。好評を得ただけでなく、就職人気ランキングを28位から2位に浮上させた。ヨーロッパではストーリー性を備え、質の高い「見たくなるCM」が多いのは「山場CM」の規制と無関係ではない。
◇「山場CM」は子供に悪影響を与える懸念がある。面白い場面を集中して視聴していると、急にCMが挟まれる。毎日毎日、10年も20年もこのような経験をしていると、大脳における集中力を司る回路が強制的に切断されてしまい、子供や若者の集中力が減退してしまう。
◇ネットで「山場CM」を検索すると、視聴者が激しい怒りを感じていることが分かる。その矛先はテレビ局だけでなく、スポンサーにも向かっている。本気で「山場CM」の問題を解決しなければ、「山場CM商品不買運動」が起きても不思議ではない。
「CMまたぎ」のない「探偵! ナイトスクープ」
民放キー局の関係者(前出)も、「CMまたぎ」、「山場CM」には批判的だ。
「結局、視聴者の皆さんが“見たい!”と思ってくださる気持ちに、私たちがわざわざケンカを売っているのが『CMまたぎ』でしょう。私だって『衝撃映像』の引っ張りや、顔に『マル秘』のモザイクをかけてCMに入るのを見ると、反射的にイラッとします。ところが、民放全体で見ると、『CMまたぎ』は封印の傾向どころか、むしろ増えている気がしますね」
ひどい例になると、CM前にネタを振り、CMが終わったにもかかわらず、そのネタに触れない番組すらある。そのネタは次のCM明けだったり、最悪のケースでは番組の最後だったりする。関係者は「私も『CMまたぎ』がテレビの視聴者離れの原因になっていると思います」と頷く。
「CMまたぎ」を止めさせるにはどうしたらいいか。参考になる動きが、アメリカで起きている。ここ数年、ネット広告の市場規模がテレビ広告を上回るようになっており、危機感を抱いた3大ネットワークのNBCが改革に乗り出したのだ。
この挑戦を紹介したのが、「ITmediaビジネスONLiNE」が今年2月21日にアップした「テレビの『CMまたぎ』がなくなる日 “減らして効果を上げる”奇策とは」の記事だ。テレビ担当記者が解説する。
「同誌が“奇策”と書いたのも頷けます。何しろNBCはCMの量を10%、長さも20%短くしてしまったのです。CMの出稿量が減少して苦しんでいるのに、CMの放送量も減らしてしまうのですから、経営のセオリーとは真逆です。ところがゴールデンタイムの番組でCM料金の値上げに踏み切り、改革は成果を収めます。それも一律の値上げではなく、ゴールデン番組の開始前と終了後の1分間を『プライム・ポッド』と名づけ、これだけを75%アップの特別料金としたのです」
例えば「ポツンと一軒家」(ABC制作、テレ朝系列:日・19:58~20:54)は5月12日に視聴率17・7%を記録した。この番組が始まる前の1分間と、終わった時の1分間は多くの視聴者が画面を見ているだろう。だから広告料を思いっきり値上げするわけだ。
しかも全体のCM量は減らしているから、余計に目立つ。「ITMediaビジネスONLiNE」の記事によると、通常のCMは視聴率の記憶に65~70%が残るというが、この「プライム・ポッド」は86%に達したという。
「同誌の記事には、『プライム・ポッド』でCMの好感度も38%向上し、CMで紹介された商品をネット検索する視聴者の数は39%も増えたと紹介されています。テレビ局、スポンサー、そして視聴者もメリットの大きな“改革”だということになります」(同・テレビ担当記者)
日本のテレビ文化にも一社提供の番組がある。代表例は東芝が一社提供を行っていた「サザエさん」(フジテレビ系列:日曜・18:30~19:00)だろう。
「しかし今でも『キユーピー3分クッキング』(日テレ系列など:月~土・11:45~11:55)、出光興産の『題名のない音楽会』(テレ朝系列:関東は土・10:00~10:30)、日立グループの『日立
世界・ふしぎ発見!』(TBS系列:土・21:00~21:54)など、頑張っている一社提供の番組はまだあります。露骨なCMまたぎがなく、スポンサーの企業価値を高める、長寿・人気番組が多いのが特徴でしょう。『プライム・ポッド』もスポンサーを厳選する結果になりますから、日本で実施した際の参考になるかもしれません」(同・テレビ担当記者)
アメリカでは「CMが消滅しても視聴者は苦痛を感じる」という興味深い“逆説”も明らかになっているという。アメリカのマーケティング情報サイト「DIGIDAY.com」の日本版は18年3月22日、「CMを削減して、視聴体験を高める米テレビ局たち:『テレビをもっと「デジタル」テレビらしく』」の翻訳記事を掲載した。
《NetflixとAmazonはコマーシャルがないため、人々は番組を続けざまにみるのが苦痛になり、広告のあるケーブルテレビに切り替える可能性があると、コンサルティング企業TVレブ(TVRev)の共同創設者でリードアナリストのアラン・ウォーク氏は指摘する。Huluでは、5400万人いる月間ユニークユーザーの約70%が広告付きオプションの有料会員だ。広告付きオプションでは、限られた量のコマーシャルが放映される》
作詞家で作家の阿久悠(1937~2007)は、「UFO」(77年)の作詞や小説『瀬戸内少年野球団』(岩波現代文庫)で知られるが、明治大学を卒業してしばらくすると、広告代理店の宣弘社に入社。CMの絵コンテやコピーを書いていた。
そんな経歴を持ちながら、いや、だからこそ、阿久悠はCMまたぎを嫌悪していた。産経新聞に連載していたコラム「阿久悠・書く言う」で04年11月27日、痛烈な批判を行っている。
《ぼくは感心する。(註:CMまたぎの)テクニックの巧妙さに対してではない。このテクニックが、今も効果を持っていると信じているらしい、底抜けの善意に感心するのである。
もしこれが、人の心を信じる善意でないとしたら、どうせテレビの視聴者などはという、舐めきった態度で番組を作っていることになる。さて、どちらか。おそらく、「善意の自信」が2年3年の間に「軽視の過信」になったというのが実情だろう。
ところでぼくは、「くわしくはCMのあと」「結果はCMのあと」「答はCMのあと」とオチョクラレながら、じっと詳細や結果や答を待ったことがない。
「CMのあと」といった途端に、ほぼ条件反射のように、リモコンの上を指が走り、チャンネルを切り替えてしまうのである。
これも一種の、テレビの時代に生きる自己防衛の方法である。大仰ないい方をすると、思い通りになるものかと思うのは、人間の尊厳の守り方であり、意地の示し方なのである。そうでもしないと、テレビの思いのままに操られる愚者になってしまう》
18年に30周年を迎えた「探偵! ナイトスクープ」(ABC制作、放送:金・21:17~0:12)は「CMまたぎ」を行わないこと番組の誇りにしているという。確かに依頼が紹介され、VTRがスタート。終わると出演者が感想を言い、オチがついてCMとなる。
アメリカの動きを見れば、視聴者の要望は単純だと分かる。面白い番組とCMを普通に見たいだけなのだ。番組が一段落したら、素直にCMを流してもらう。それが視聴者には一番ありがたい。テレビ局がやってやれないことはないはずなのだ。