世界のどこかで6時間おきに日本企業が管理する液化天然ガス(LNG)の積み荷が港を出ている。燃料を超低温に保つ巨大な魔法瓶のようなタンカーはエネルギーを大量に必要とする各国に向かう。これらのLNGタンカーは、存在感を増す日本のガス帝国のほんの一部に過ぎない。
政府の熱心な支援により、日本企業は現在、老朽化し、資金繰りが困難になりつつある石炭発電所をガスに置き換えようとしている国々に完全なパッケージを供与している。エンジニアリング会社は技術と部品を、公益会社は燃料を、銀行は融資を提供する。
天然ガス産業に対する日本の支援は、半世紀で2500億ドル(約36兆円)規模に膨れ上がったLNG市場の急速な拡大に拍車をかけた。米国などの輸出国がLNG市場の成長から利益を得続けている一方で、自国のガス埋蔵量が少ない日本は、サプライチェーンの各段階で不可欠な存在となっている。
オーストラリアのLNG輸出最大手ウッドサイド・エナジー・グループを2021年まで率いたピーター・コールマン氏は、「この業界は日本なしでは成り立たなかった」と語り、「新市場への多角化と参入を試みていた」と日本勢について振り返った。
ブルームバーグの算出によると、日本の大手企業は今年3月末までの1年間にガス関連事業から少なくとも140億ドルの利益を得ている。これは国内トップクラスのエレクトロニクスメーカーの利益を合わせた規模にほぼ匹敵する。
他の天然ガス推進派と同様、日本の政財界のリーダーたちも天然ガスは気候変動との闘いにおいて重要な役割を果たすと述べている。再生可能エネルギーが広がる傍ら、 天然ガスは二酸化炭素(CO2)排出の多い石炭に取って代わることができるからだ。
しかし環境主義者たちは、ガスはクリーンエネルギーへの一時的な橋渡し的役割を果たすどころか、かつての石炭のように定着してしまうと警告。
さらに、人工衛星からの新たな観測によれば、ガス産業は報告されているよりもはるかに多くのメタンを発生させており、石炭よりも気候に大きな脅威をもたらす可能性がある。
こうした議論はほとんど無視されてきた。昨年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)では、各国政府は化石燃料からの脱却にコミットしながらも、「移行燃料」の役割を認め、ガスを基本的に支持した。天然ガス生産世界一の米国はLNG輸出を倍増させる予定で、全ての原子力発電所を停止したドイツはガス消費を増やそうとしている。
自国市場向けに十分な供給を確保し、国内企業にとって重要な市場である新興国の高まるニーズに応えたい日本も、ガス利用を支持し続けている。産業界が支援するシンクタンクは昨年、増大する需要を満たすためガスに7兆ドルの新規投資を実施するよう呼びかけた。
国際協力銀行(JBIC)の加藤学エネルギー・ソリューション部長は「ガスをサポートすることで、現実的な移行を実現する必要がある。インドのように、50年以降もガスが必要な国もある」と述べた。
福島の役割
日本が今、LNGを重視しているのは、54基の原子炉を停止させた11年の東京電力福島第1原発事故に端を発している。国内に多くのエネルギー資源を持たない日本の公益会社は、急いで数十年にわたるLNG契約を結び、米国や豪州の施設に投資した。
しかし、15年になると予想より早く日本は一部の原子炉を再稼働。再生可能エネルギーの普及にも急ピッチで取り組んだ。電力需要が低下し、ガスが余ると、公益会社と商社は過剰分を海外に売却しようと考え始め、シンガポールとロンドンにトレーディングデスクを設置した。
LNGタービンの販売やパイプライン網の構築のため、タイやベトナム、フィリピン、バングラデシュ、インドなど、電力需要が高まっている新たな市場を探していた日本のメーカーなどもこれに加わった。
LNGへの切り替えや生産能力の追加には膨大な費用がかかるため、日本政府は新たな供給や輸入ターミナル、その他のインフラへの大規模な投資に融資を供与。
環境保護団体オイル・チェンジ・インターナショナルの分析によると、日本の公的機関は12年以降、LNG輸出施設に対して400億ドル近い融資を実施。16年に発効したパリ協定以降、JBICはガス事業に対する世界最大級の貸し手となっている。
今年3月以降だけでも豪州のLNGプロジェクトやベトナムのガス田、メキシコのガス発電プロジェクト向け日本製タービンを支援するために10億ドル以上を融資した。
JBICは日本のエネルギー安全保障とパリ協定、世界の気候変動目標に貢献するプロジェクトを支援していると加藤氏は言う。石炭をガスに置き換えることで、過去20年の米国のようにインドやインドネシアのような国もCO2排出量を削減することができるという考えだ。
民間の金融機関もJBICに追随し、化石燃料向けの融資削減によって空いた市場の穴を埋めている。
LNG生産を手がけるトタルエナジーズのアジア担当プレジデント、ヘレ・クリストファーセン氏は6月に東京で開催された会議で、「LNGは化石燃料であるため、欧米の銀行ではLNGプロジェクトへの資金提供を止める傾向にある」と述べる一方、邦銀勢は「もっと現実的」だと指摘した。
独立行政法人のエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が国内供給とは関係のないプロジェクトに直接投資できるようになったのも、日本の資源確保という長年の責務を考えた急進的な方針転換だ。
JOGMECは現在、新興国の高官を招く定期的な会議を開催している。来日日程にはLNGの集中講座のほか、京都観光も組み込まれている。
また、ガスタービンは日本企業に大きな利益をもたらしている。ガスタービンの3台に1台を製造している三菱重工業はシェア拡大を狙う。
同社は、世界的な電力需要の増加に伴い、今後3年で売上高が過去最高の5兆7000億円になると想定。三菱商事は23年に利益の2割余りを天然ガス事業から得た。すでに世界最大のLNG船所有会社となっている商船三井は、LNG船の50%増を目指す。日本製鉄はパイプ供給で新たな契約を結んだ。
オイル・チェンジ・インターナショナルのキャンペーン担当者、渡辺未愛氏は「上流から下流まで日本企業はガスのコモディティーチェーンに深く入り込み、あらゆるレベルで影響力を行使している。ガスとLNGの世界的な拡大における日本政府と企業リーダーの重要な役割は、誇張し過ぎということにはならない」と話した。
安全保障か輸出促進か
日本政府は自国の有権者に対して、エネルギー安全保障という観点からガス支援をアピールしている。
経済産業省資源エネルギー庁資源開発課の中真大課長補佐は、十分な供給量を確保するため日本企業は一定の長期契約を結んでおり、「必要なければ、他国に売る必要がある」と説明。そして、他のアジア諸国などに向けたLNG導入の促進は、熱心な買い手の確保を意味する。
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を22年に始めると、世界のガス価格は高騰。日本の戦略は正当化されたように思われた。ただ、全ての国に十分なガスが供給されるわけではなく、一部の国、特に新興国はガス不足に悩まされた。主要7カ国(G7)が化石燃料への投資停止にコミットする中、日本とドイツの交渉担当者はガスのためロビー活動を行った。
日本企業は対外投資を増やしている。JERAは豪州の最新LNGプロジェクトに14億ドルを出資し、欧州向けとなる見込みの出荷について、米国のプラントとの供給契約に調印した。三井物産は、ベトナム供給向けガス田や米国のシェールガスプロジェクトに投資し、アラブ首長国連邦(UAE)の新しいLNG輸出プラントの株を取得した。
現在、日本は購入したLNGの約3分の2を使い、残りの3分の1を海外に転売している。資源エネルギー庁の中氏によれば、日本は30年までに輸入を昨年比で約15%削減することを目指しているが、これはデータセンター向けの新たな需要やその他の不確定要因に左右されるという。
政府当局者や産業界はLNGの供給維持で日本が柔軟性を保つことができると主張。さらに、日本のLNG事業が後退すれば、最近LNGの買い手世界一となった中国を利する可能性もある。
中国の輸入会社は今年初めて日本よりも多くのLNG長期契約を結ぶ方向で、トレーディング業務を急拡大している。中国本土の造船所では、新造LNG船の受注が相次ぐ。
LNGを推進する日本の戦略が気候に与える影響も考慮しなければならない。先進国では石炭からガスへの転換は米国で起きたように、CO2排出を削減するメリットがあると考えられている。
将来のガス需要をけん引し得る東南アジアを含む新興国では、LNGが必ずしもよりCO2排出の多い石炭などの燃料の代替になるとは限らない。つまりLNGの使用は公害を増やしたり、よりクリーンなエネルギー源への投資を遠ざけたりするリスクがあるということだ。
LNGについては、どの程度まで石炭のクリーンな代替物になり得るのかや、電力源を自然エネルギーに切り替えるまでの中間的な選択肢としての役割を巡り、各国で議論が高まっている。
国際エネルギー機関(IEA)は昨年11月の報告書で、世界のCO2排出を実質ゼロにする「ネットゼロ」の目標達成には、「ガスが移行燃料として機能する余地はほとんどない」と論じた。
日本政府は、自国のガスへのコミットメントが世界の排出量にどのような影響を与えるかについて見通しを示していないが、産業界が出資するシンクタンク、日本エネルギー経済研究所(IEEJ)は、最も野心的な予測で50年までに世界の排出量が21年比で56%減少すると試算している。
IEEJの見通しは、日本のガス会社にとって重要な市場である東南アジアでガス需要が急増し、それが世界的なガス消費を下支えするというものだ。
IEEJは資料で、LNGと天然ガスは、再生可能エネルギーの発展を妨げることなく、それを補完することができると説明。また、世界のCO2排出は今世紀半ばまでに約147億トンに達し、温暖化を抑制し、気候変動による壊滅的な影響を食い止めるために必要な水準をはるかに上回るとしている。
経済産業省資源エネルギー政策統括調整官の木原晋一氏は、22年のCOPで恐竜の格好をした人物に迫られた体験を好んで話す。日本は環境主義者から「化石賞」にふさわしい環境対策で後れを取っている国とレッテルを貼り続けられているが、この賞のトロフィーは恐竜の頭骨がモチーフだ。
同氏は少しも悪びれることなく、一緒に写真を撮ることを求め、日本のエネルギー戦略がアジア全体の発展にプラスに働くという信念を説いたという。
「排出削減と経済成長、エネルギー安全保障」という目標は、同時に達成されなければならないと木原氏は6月の会議で強調し、目標達成のために「一つを犠牲にすることはない」と語った。
原題:Japan Dominates $250 Billion Gas Trade That Stirs Climate Alarm(抜粋)