新連載・グローバルエリートから見た世界:
「世界はこれからデフレ化していく。そのスピードは加速する一方であり、何をしてももう止まらない」――。
2012年12月以降、日本は「アベノミクス」をスタートさせた。そんな日本で漫然と暮らしていると「中央銀行がマネーを刷り増しているのだから、これから起きるのはインフレだろう」などと思ってしまう。だがそれは大きな間違いだ。これから世界を襲うのは強烈なデフレ、すなわちとめどもないモノ・サービスの値段の下落なのである。
その理由はこれまで欧米が中心になって「インフレ拡大化」をやり過ぎてしまったということに尽きる。マーケットというとどうしてもやれ金利だ、統計だと小難しく語る人が多いが、実のところそんなことを考えることは二の次とすべきなのだ。大切なことはもっと別のところに1つだけある。
欧米を仕切る“グローバルエリート”たちが常に注目している原理原則。それが「ル・シャトリエの原理」――またの名を「復元力の原則」と呼ぶ。要するに「上げは下げのためであって、下げは上げのためである」ということだ。マーケットだけではなく、森羅万象、この世にある全てのものは基本的に「平衡」を旨としている。だからこそ一方から力が加わると、必ずその分だけ今後は逆に力が跳ね返されるようになっているのである。
つまり「もうかるから」といってマネーを刷りまくり、インフレを起こし続けた結果、今度は逆に何をやってもデフレスパイラルが続く時代がやって来たというわけなのである。そしてデフレなわけであるから、何をつくってもこれまでのように高く売ることはできない。しかもかつてとは違い、人件費の安いエマージングマーケットの諸国(中南米、東南アジア、中国、インド、東欧、ロシアなど)がプレイヤーとして加わっているので、事態をさらに悪くする。モノやサービスの差別化が難しくなり、一般的に価格が安くなる……いわゆる「コモディティ化」だ。
●「右脳」が支配する世界
こうした流れの中、例えば米国を代表する世界的なIT関連企業である某社は今、ソフトウェア開発会社のM&Aを盛んに行ってきている。無論、そこに秘められている目論見は対外公表されていないが、内部関係者によると「最も強い関心を持ってフォローし、買収してきているのは人工知能(AI)を開発する企業である」のだという。「秤(はかり)」から始まり、「ホストコンピューター」の世界で一斉を風靡(ふうび)したこの巨大企業は、いよいよ人間の脳をも凌駕(りょうが)する人工知能の世界でリーディングカンパニーとなろうと躍起になっているのである。
従って、やれ「アベノミクスによる株高だ」「円安転換だ」などと騒いでいる暇は本当のところ、私たち日本人にはないのである。なぜならばこの米系巨大企業が満を持してマーケットへと間もなく送り出すはずの人工知能が支配的な状況になってしまった場合、ただでさえ論理的な思考能力(ロジカルシンキング)が苦手な私たち日本人は本当に打つ手がなくなってしまう危険性がある。これこそが、日本経済の抱えている本当の危機なのだ。
日本を代表する企業の最高幹部にこの話をすると、このように尋ねられる。「では一体どうすればよいのか。何をすれば日本人は生き残ることができるのか」と。そしてそのたびに私はこう答えることにしている。
「人工知能が突き詰めることのできるのは、結局のところ私たち人間が左脳で行っている世界です。“気づき”や“発想”、そして“アイデア”を担う右脳の世界ではまだまだ人間のほうが勝ることになるはず。そして本当は私たち日本人が世界的に優れているのはこの『右脳』が支配的な世界なのです」
私たち日本人は欧米のグローバルエリートたちから見ると全くもって不可解な存在である。話をしていても一切、返事をすることがない。やたらとニコニコとうなずきながら聞いているので「これはもう同意したのだな」と話を切り上げようとすると、突然、ものすごい勢いで懐から出したメモを英語で読み上げ始める。しかもその内容はこれまで行った話を必ずしも踏まえたものではなく、あらかじめ書いて持ってきたもの。「ニッポン人は全くワケが分からない」……そういまだに思われているのである(きっと多くの読者の皆さんがグローバルな現場で多かれ少なかれ経験していることと思う)。
なぜこのようになるのかには、たくさんの理由がある。中でも決定的なのは、私たちが共通の了解が比較的多い社会に暮らしているということだ。こうした社会のことを「ハイコンテキストな社会」と呼ぶのだが、そこでは共通の了解があるため、論理(ロジック)をもって話し相手を説得する必要が生じない。話の結論は常にあらかじめ存在する「共通の了解」から導かれるのであって、議論は一切必要ないのだ。
従って言葉巧みに話すことが訓練されない代わりに「想う」ことについては本来、日本人は非常に長けている。「茶道」「華道」「柔道」という時の「道」とは、それぞれの分野での小手先の技術や知識を学ぶことに意味があるのではない。黙って「想う」ことを通じて、自然、そして宇宙と一体化することにその本質があるのであって、まさに「右脳の世界」に属するのがこれら「道」なのである。
インスピレーションが出て来るのが右脳であり、それを相手に分かるように論理で再構成するのが左脳。そうである以上、このプロセスの「主人」は右脳なのであって、これにおいて比較的優位なのが日本人である以上、本来ならばこれからの世界は日本人が取り仕切るといっても過言ではないはずなのだ。
ところがそうはなっていないことには1つの大きな理由がある。それは高度経済成長を終え、成熟した社会の時代を迎えた日本では社会のありとあらゆるところで縦割りが進み、その“タコつぼ”に安住するばかりで私たち日本人は外に出ようとはしないということである。
しかし「インスピレーション」「アイデア」「発想」などはいずれも異なるものと触れあった時にだけ閃(ひらめ)くものであることは、さまざまな研究者が指摘している。そのため、日本人はせっかく持っている自らの優れた「右脳」をそのまま腐らせてしまっているといっても過言ではないのだ。
だがそれで事が済むということでは全くない。「平成バブル不況」が20年ほど続いた中で、リストラにリストラを重ねた日本企業はもうこれ以上切り落とすべきところがない状況に至っているのだ。そこに輪をかけて襲ってきたのが世界全体の「デフレ縮小化」に伴うコモディティ化の嵐なのである。このままでは人件費のダンピング競争に負けるのは目に見えている。
ここで最後の一手となるのが「本当に付加価値をもったモノづくり」、すなわち「イノベーション」なのだ。そしてこれを可能とするのが“閃き”であり、それを導き出すのは左脳ではなく、「右脳」なのである。したがって日本のモノづくり系を筆頭とした企業に勤めるビジネスパーソンに今、求められているのは社外にある異なるものに積極的に出会い、感じ、想いを抱くことなのだ。
欧米のグローバルエリートたちが注目していることがある。それは「異なる日本人たちが集う場」をつくり上げる意思と能力をもった日本人のことだ。なぜならばそうした日本人がこれからの「右脳系優位の世界」を仕切る可能性があるからだ。その意味でニッポン、いや「デフレ縮小化」が止まらなくなる世界全体を救うのは「右脳系日本人」に他ならないのであって、まさに「まずは始めたものが勝ち」なのである。
[原田武夫,Business Media 誠]