世界初の本格的なベーシック・インカム調査の結果が明らかに…そこから導き出された「シンプルな結論」とは

世界初の本格的ベーシック・インカム調査

全ての市民に無条件で一定金額を毎月給付する政策、いわゆる「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)」に関する本格的な調査結果が先日米国で発表された

OpenReseach

この調査(実験)を実施したのは米国の研究団体「OpenResearech」。そこに総額6000万ドルの資金を提供したのは、ChatGPTで有名なOpenAIとそのCEOサム・アルトマン氏、そしてツイッター(現X)共同創業者ジャック・ドーシー氏(が新型コロナ対策として設立した基金)らシリコンバレーの関係者だ。

また、その発起人はアルトマン氏だ。同氏はAIが今後引き起こす雇用破壊のセーフティネットとしてUBIを捉えており、その効果を見積もるための実験として今回の調査を思い立ったとされる。

Gettyimages

これ以前にもUBIに関する調査はフィンランドや米国などで実施されたことがあるが、いずれも毎月の給付額が(日本円にして)5万~7万円程度と比較的少なかった。特にフィンランドでは給付対象者が失業者に限定されるなど条件付きであったことから、UBI本来の効果を測る実験とは言えない、という批判もあった。

これに対し今回のOpenResearchによる調査は、(失業者だけでなく被雇用者など)一般の人たちに対して無条件で毎月13万円程度の金額を給付することから、恐らく“世界初”の本格的なUBI実験と見られている。

調査(実験)は具体的にどう実施されたのか

OpenResearechは2020年11月から2023年10月にかけて(の3年間)、米国のテキサス州とイリノイ州に住む21歳~40歳までの成人3000人に毎月一定金額の現金を給付する実験を行った(具体的には被験者の銀行口座への振り込み(cash transfer)という形で給付した)。

この実験に参加するための資格は、年間の個人所得が3万7470ドル未満、4人家族を前提にした世帯所得が7万7250ドル未満であること(これらはいずれも米国の貧困ラインの3倍とされる)。つまり調査対象者の上限は中流層だが、最近の米国では、これくらいの年収だと必ずしも暮らし向きにゆとりがあるとは言えない。

Gettyimages

今回そうした所得制限をつけてBI調査を実施したが、これは「誰にでも無条件に」お金を給付しているわけではないので、厳密には「ユニバーサル・ベーシック・インカム」とは呼べない。しかし実質的にはほぼUBIに該当すると見て構わないようだ。なぜなら、一般的な市民を代表する中流層ないしはそこより下の、UBIのような給付金の効果が最も現れやすい所得層を主なターゲットにしているからだ。

これら3000人のうち1000人には毎月1000ドル(当時の平均為替レートで13万円程度)が給付され、残りの2000人には同50ドル(同6500円程度)が給付された。この50ドルは調査に参加してくれたことへの半ば謝礼のようなものであり、実質的には給付額ゼロと見ることができる。いわゆる「比較対象群(control)」と呼ばれる役割を果たすことになる。

つまりこの調査(実験)では、毎月1000ドルのお金(UBI)を無条件で貰った1000人の被験者と、そうした現金を受け取らなかった2000人の被験者の行動を比較して、BIのもたらす効果を様々な側面から検証したことになる。

健康に気を遣い、暮らし向きも改善

冒頭で紹介したように、この調査結果が先日発表されたわけだが、全体的に見て、当初期待したような目覚ましいUBIの効果は見られなかったようだ。

もちろん個別に見れば、UBIによる現金給付の効果は(それほど大きくはないが)出ている。

たとえば健康面では、毎月1000ドルの現金を給付された被験者は(給付されなかった被験者に比べて)歯科医を受診する割合が10%高かった。また毎月の医療費が20ドル増えた。さらに問題のある飲酒を行う割合が20%減少したという。

Gettyimages

これらはいずれも(UBIを給付されることによって)被験者が自分の健康に気を遣うようになったことを示している。

一方、支出面に目をやると、毎月1000ドルを給付された被験者は(そうでない被験者に比べて)310ドル(約4万円)多く消費するようになった。中でも支出が増加したのは、食費が67ドル(8700円)、交通費が50ドル(6500円)、家賃が52ドル(6800円)といったところ。これら支出の増加分だけ、暮らし向きにゆとりが生まれたことになる。

給付を受けた世帯は年間所得が低くなった

また、雇用面では、毎月1000ドルを給付された被験者は(そうでない被験者に比べて)積極的に仕事を探す割合が10%高まった。が一方で、週当たりの労働時間は1.3時間(約2%)短く、(UBIの給付額を除いた)年間の世帯収入は平均で約5パーセント少なかった(図1)。

図1)毎月1000ドルの現金給付を受けた世帯(茶色)と受けなかった世帯(紫色)の年間所得の推移(出典:https://www.openresearchlab.org/studies/unconditional-cash-study/study)

この図1を見ると、毎月1000ドルを給付された被験者と、そうでない被験者の双方とも世帯収入は毎年着実に増加している。

しかし両者を比べて見ると、1000ドル給付された方の世帯所得(Recipient Average Income:茶色の棒グラフ)の増加幅は明らかに小さく、結果的には給付されなかった方の世帯所得(Control Average Income:紫色の棒グラフ)に負けてしまっている。

が、そこにUBIの給付額(Transfer Amount:茶色の網掛け部)を足した全額では、BIの給付を受けた世帯の方が上であることが見て取れる。

これらの結果からは、要するに「(毎月)1000ドルの現金給付を受けた人たちは、その分だけ働かなくなった」と言えそうだ。

シンプルであると同時に身も蓋もない結論だが、これは従来UBI反対論者らによる「無条件でお金を貰ったりしたら、みんな働かなくなるだけだ」という主張を半ば裏付けてしまった感もある。

もちろん見方によっては「1000ドルの現金給付を受けた人たちは、給料は多少低くなっても自分の好きな仕事ややりがいのある職業に就くようになった」「仕事以外の人付き合いや余暇、家族との時間により多くの時間を割けるようになった」など前向きな解釈も可能かもしれない。

一方、1000ドルの現金給付を受けた人達の失業率や新規事業の起業率などに変化はなかった。ただし起業に関心を示す割合は若干高まったようだ。

UBIから「UBC」へ

これら一連の結果を見る限り、UBIが人々に稼ぐ技能などの力を養い、昨今の格差拡大や失業、貧困などの諸問題を解決するという証拠は、少なくとも今回の調査(実験)では示すことができなかったようだ。

この調査結果を知ったせいかどうかは分からないが、アルトマン氏は最近「Universal Basic Income」の代わりに「Universal Basic Compute」という新たな政策を提唱し始めたようだ。

これは全ての人が無条件に次世代AIのような高度情報システムを利用できるようにすることらしい。こうする方が現金を給付するよりも効果的という趣旨のようだが、現時点ではあくまで憶測の域を出ない。

タイトルとURLをコピーしました