皆さんは「東京」という都市に対してどのようなイメージをお持ちだろうか。
「人が多い」「家が狭い」「道路が混雑している」など、あまりよいイメージを持っていない方もいるかもしれない。しかし、私が理事を務める森記念財団都市戦略研究所の調査では、東京の都市力は世界で第4位と、非常に高い評価を得ている。
ではいったい、東京の何が評価されていて、逆に評価されていないのは何なのだろうか。
それを明らかにするために、「都市総合力」「都心の総合力」「大都市圏の総合力」という3つの視点で、世界主要都市と東京を比較してみたい。
まずは「都市総合力」から見てみよう。都市戦略研究所では、「世界の都市総合力ランキング(Global Power City Index, GPCI)」を毎年、発表している。これは、世界40都市を対象に、70の指標から、その総合力を順位づけたものである。「GPCI-2014」の分野別 総合ランキング結果は、第1位がロンドン、第2位がニューヨーク、第3位がパリ、東京は第4位となった。
2008年の発表以来、この上位4都市(以下、「トップ4都市」と呼ぶ)が第5位以下の都市を引き離し、トップグループを形成している。第5位以下の都市 を見ると、シンガポール、ソウル、アムステルダム、ベルリン、香港、ウィーンと続いている。このうちシンガポールとソウルについては、前年に引き続いてス コアを上げており、第4位の東京との差をますます縮めている。
このGPCIでは、「経済」「研究・開発」「文化・交流」「居住」「環境」「交通・アクセス」という6つの分野から評価を行っている。
まず「経済」の分野では、東京は2008年のランキング発表以来、一貫してトップを保っている。指標グループ別に見てみると、東京の強みは「市場の規模」「経済集積」「人的集積」であり、弱みは「市場の魅力」「法規制・リスク」である。
「市場の魅力」についてアジアの主要都市と比較すると、かなり後塵を拝している。評価が低い大きな要因は、東京の「GDP成長率」の低さである。アジアの都市が軒並みプラス成長を続けている中、東京はマイナスを記録しており、これは東京の大きな弱点であると言える。
さらに注目すべきは、「世界トップ300企業」の指標である。これまで東京はこの指標で、40都市中第1位を維持してきた。しかし、GPCI-2014ではスコアを落とし、急速な伸びを見せている北京に抜かれてしまった。
ただし、そのような個別の課題はあるにせよ、ほかの「経済」指標では高い評価を受けており、全体として東京は「経済」分野に強みがあるといえる。
それに対して、「交通・アクセス」の分野では大きな課題を抱えている。東京は、都市内にはよく整備された交通網を持ってはいるが、「国際交通ネットワー ク」という面では圧倒的に世界の主要都市に遅れている。たとえば国際空港のネットワークを評価した「国際線の直行便就航都市数」は、東京は85都市で、ロ ンドン(317都市)の3分の1以下でしかない。
また「交通利便性」の面でも、たとえば空港から都心までのアクセス時間が長いという問題がある。そのうえ、東京のタクシー料金は世界の都市の中で最も高い。こうした点が、東京の「交通・アクセス」におけるランキングを下げる要因になっている。
同様に、「文化・交流」分野も、東京の弱みである。指標グループ別に見ると、「交流・文化発信力」「集客資源」「集客施設」「受入環境」「交流実績」のいずれにおいても、トップ4都市の中で最下位である。
それに加えて、ほかのトップ4都市に対する東京の弱みは、圧倒的に強いといえる分野がないことである。トップ4都市のうち、ロンドンとニューヨークは、極 めて高い評価(偏差値70以上)を得ている指標数が16個あるが、東京は10個である。したがって、東京が総合ランキングで第1位を目指すならば、都市の 弱みをひとつでも多く解決すると同時に、圧倒的に強い分野を持たなければならない。
本来、東京はロンドン、ニューヨークとトップを争えるキャパシティを持ち合わせているはずである。魅力的でクリエーティブな人々や企業を世界中から引き付ける世界一の都市となるためには、弱点の的確な認識と、それを克服するための政策の実施が必要である。
次に、「都心の総合力」という視点で東京を分析してみよう。都市戦略研究所では「世界の都心総合力インデックス(Global Power Inner City Index, GPICI)」も作成している。この調査では、都市力の源泉である「都心のパワー」を明らかにすることを目的として、各都市の都心から半径5キロメートル 圏と10キロメートル圏について分析を行っている。
分析に際しては、都心における主要な要素として、「活力」「文化」「交流」「高級感」「アメニティ」「モビリティ」の6つの分野を設定し、それを20指標で評価している。
東京の評価はどうか。まず、注目すべきは「世界トップ企業」数である。「フォーチュン・グローバル500(2015)」に掲載されている年間売上高の世界 トップ500企業の本社所在地をプロットしてみると、東京の都心10キロメートル圏内には37社あり、他都市と比較して群を抜いて多いことがわかる。ここ に東京の活力が読みとれる。
次に、「世界トップ・レストラン」数を見てみると、東京はこれも234軒と極めて数が多い。さらに、モビリティという観点で見てみると、東京都心は「地下鉄・鉄道」の駅数が多く、パリに次いで第2位と高評価を得ている。
東京の特徴としては、10キロメートル圏内に駅数が多く、かつ均等に分布されている。均等に分布されていると、都心内の移動や、通勤が便利になり、都心居住も進む。また、駅周辺に業務や商業機能が集積し、各エリアの活性化にもつながる。
つまり、東京都心は、世界のトップ企業が本社を構えるビジネス都市という顔を持つ一方で、多様で高級な食を提供する文化都市という顔も持っている。そして、充実した交通インフラがそれらを支えている。
しかし一方で、東京都心は課題も抱えている。都心から国際空港へのアクセスはまだ不十分である。観光やビジネスにおいて、都心から海外都市へのアクセスが よいことは大きなアドバンテージとなる。東京駅から成田および羽田までの時間は、それぞれ、約50分、約20分かかる。現在、主たる国際空港が成田である ことを考えると、いまだ都心から世界都市までのアクセスは悪く、東京都心の国際ネットワーク力は弱いといえる。また、東京都心の文化施設、特に「劇場・コ ンサートホール」の少なさは、観光における弱みとして挙げられる。
東京都心は、「コンベンション・センター」や「五つ星ホテル」「緑地」でも評価が低いことから、都心部で国内外観光客が楽しむアトラクションや受け入れる 施設が少ないことがわかる。つまり、東京都心は、国際ネットワークと文化・観光施設で大きな弱みを抱えており、今後、外国人観光客を増やすためにも、急い で取り組んだほうがよいだろう。
さらに現在、都市戦略研究 所では、これらの観点よりさらに大きな「都市圏」(Metropolitan area)という単位による世界主要都市の比較研究も行っている。これを「世界の都市圏総合力インデックス」(Global Power Metropolitan Area Index, GPMAI)と呼んでいる。
実は、1950年の時点において1000万人を超える都市、つまり「メガシティ」は世界にニューヨークと東京の2都市しか存在しなかった。20世紀後半以 降、世界の都市化は大きく進行しており、2014年現在ではデリー、上海、メキシコ・シティ、サンパウロ、ムンバイ、大阪(近畿大都市圏)、北京、ニュー ヨークなど、20以上のメガシティが存在している。
この数 は今後も増え続け、2030年までには41に達すると予測されている。10年先、20年先の世界において、メガシティの存在感が増していくことは間違いな い。このような巨大な都市圏という単位で東京や世界の都市を理解することが、21世紀において都市が置かれた条件を考えるうえで重要になる。
GPMAIでは、世界の10の都市圏(都心から50キロメートル圏を設定)を対象に、数十に上る指標を収集し、比較を行っている。東京都市圏をほかの都市 圏と比較してみることで、まず明らかになるのは、「人口密度」の高さである。東京のみならず、アジアの都市圏は高い人口密度を示している。GPCIの上位 都市であるロンドン、パリ、ニューヨークと比較しても、都市圏としての東京の人口密度は極端に高い。
ところが、「人口増加率」から見ると、都市圏の別の側面が見えてくる。この指標では、多くの移民の目的地であるロサンゼルスが最大値であり、大阪が最小値 となっている。またロサンゼルスと同様に移民都市であるニューヨークや、中国各地から多くの移住者が流入する上海も高い数値を示している。一方、東京はロ ンドンやソウルとほぼ同水準で、人口増加率は高くない。
つまり都市圏としての東京は、人口の集積では高い水準を保っているものの、その増加の度合いは緩やかであることがわかる。これは、集積度も増加率も高い上海や、集積度は低いものの、人口増加を続けるニューヨークとは異なるパターンである。
さらに、東京都市圏には、もうひとつ大きな特徴がある。人口密度がきわめて高いことはすでに述べたが、それが30キロメートル圏のみならず、これをはるかに超える50キロメートル圏にまで広がっていることである。
確かに、東京以外のアジアの都市も、30キロメートル圏に人口の半分以上が集積している状況は東京に似ている。しかし都市圏の規模としては、いずれも東京より小さい。東京は圧倒的な人口集積を誇る、世界第1位の巨大都市圏なのである。
特筆すべきは、都市圏としての東京が、膨大な人口を抱えながらも、極めて高い精度で日々運営されていることである。東京には巨大な都市を極めて高い正確性をもって管理する洗練されたシステムが備わっており、その高度な運営能力は、世界に誇るべきものである。
都市本体を支える都市圏に人口の集積があることは、生産と消費の側面から見れば、集積の乏しい都市より優位であることは間違いない。ただし、そのプラス要 因が都市と都市圏にとって有効に働くためには、集積・集中が生み出す混雑などによって機能不全が発生する外部不経済を克服することのできる十分なインフラ 整備と、スムーズな都市運営を行うことが条件となる。つまり、ヒトやモノの流れがその都市圏の集積にとって適正か否かが問われるのである。
以上のことをまとめると、都市、都心、都市圏の3つの次元の特徴から言えることは、東京はすでに高い競争力を有しているとともに都市における弱点も存在し ていること、そして、今後、さらに競争力を高めるためには、2030年までに都市空間の更新をより積極的に行い、ロンドンやニューヨークのように世界中か らヒト・モノ・カネを集める都市になる必要があることである。その起爆剤となるのが、言うまでもなく2020年東京五輪である。