中国から日本へ大脱出する「新富裕層」驚きの生態 日本でのお目当ては不動産買収と子どもの教育

中国人が次々と祖国から脱出している。中国国内における民間企業への規制強化、厳しいゼロコロナ政策、政治体制への不安、米中対立の激化などが背景だ。とくに富裕層、知識人にそうした傾向が強い。この動きは、日本社会にもさまざまなインパクトを与えつつある。

【図表で見る】富裕層が流出している国トップ5

これまでも中国人の日本移住のブームはあったが、今回は富裕層の多さが特徴的だ。そうした「新移民」の実像を追った。

日本のインターナショナルスクールは「割安」

都内に住む中国人女性は「日本に移住した富裕層の微信チャットグループがあって、中国人ママが400人以上入っています。その大半が東京の港区在住ですね」と話す。彼女たちの大きな関心事は、子どもを通わせるインターナショナルスクールの情報だ。

特に人気なのがアメリカン・スクール・イン・ジャパン(調布市)、ブリティッシュ・スクール・イン・東京(港区・世田谷区)、西町インターナショナルスクール(港区)、清泉インターナショナルスクール(世田谷区)、セント・メリーズ・インターナショナルスクール(世田谷区)だそうだ。

子持ちの中国人世帯が日本に来たがる背景には、中国国内では習近平政権による「学習塾禁止令」で教育の選択肢が狭まっていることに加え、インターナショナルスクールの学費が日本のほうが割安という事情もある。

それもあって都内在住の欧米人の間では、「日本各地でインターナショナルスクールが増えているが、行くのはほとんどが中国人だろう」と嘲笑気味に語られ始めている。

子どもをインターナショナルスクールに通わせるほどのおカネがない層も教育熱心なのは変わらない。そうした家庭の子どもはSAPIXなどの中学受験塾を経由して私立中高一貫校を目指す。こうした人々も、住んでいるマンションごとに微信のグループを作って情報交換に余念がない。

中国からの「大脱出」が鮮明になったのは、ここ1〜2年のことだ。中国ではこの現象を「潤(ルン)」と呼んでいる。中国語のローマ字表記であるピンインではRunと書き、そのスペルが英語の「逃げる」と同じであることに由来する。

シンガポールから日本に流れが変化

その動きが最初に明らかになったのは、シンガポールだ。

筆者が初めて「潤」の中国人に会ったのも2022年6月、シンガポールでのことだった。40代男性で、前年の12月に北京から引っ越してきた。中国で暗号通貨関連の仕事をしていたが、国内の規制強化で勤務先の会社そのものがシンガポールに移ってきたのだという。

シンガポール政府は中国人新移民の具体的な流入数を公表していない。しかし前出の男性は「中国人が増えてきているのはシンガポールの企業数の増え方からわかる」と話す。香港を含めた中国からヒトやカネが流入しており、その恩恵を受けるシンガポールの経済は「今後5年は安泰だろう」と予想していた。

シンガポールと中国との関係は安定している。この男性のような、今後も引き続きビジネスでひと稼ぎしたい人、そして中国共産党幹部の親族(いわゆる「紅二代」)らも安心して移ってこられる国となっている。特に目立つのが中国人大富豪の流入だ。

アメリカの『フォーブス』誌が2023年に発表したシンガポール富豪ランキングのトップテンのうち、4人が中国出身者だった。

投資移住コンサルティング会社ヘンリー&パートナーズは6月に公表したリポートで、2023年、中国の富裕層(100万米ドル超の投資可能資産を保有)の国外流出は1万3500人で世界最多となると予想した。シンガポールはこうした富裕層の有力な受け皿になっているとみられ、今年は富裕層3200人を国外から受け入れると予測されている。

こうした超富裕層は、日本でも都心ではなくむしろ軽井沢などのリゾート地に別荘のような形で一軒家を構える傾向が強い。

北京在住で日本への移住を考えている20代男性は「中国人富豪が富士山近くで旅館を買い、高級リゾートに改造しているという話を聞きました」と語る。

現役でビジネスをしている中国人富裕層にとっては、上海からほど近い東京は魅力的に映る。何かあったら3時間ほどでひとっ飛びだからだ。時差がほぼないこともプラスになっている。

そこまで富裕とはいえないアッパーミドル層が、中国の大都市から家族連れで日本に移住する動きも増えている。

中国人移住者の事情に詳しい「サポート行政書士法人」主任コンサルタントの王云(おう・うん)氏は、「経営・管理ビザ」(2015年にできた在留資格で、日本での事業に500万円以上を出資することなどが主な条件)や高度人材の枠組みで来日する中国人が増えてきているという。

上海でロックダウンが始まった2022年4月以降、問い合わせが目に見えて増加した。

出入国在留管理庁の統計によると、在日中国人の数は2016年12月から2022年12月にかけて6万5000人以上増えており、在留資格別では高度専門職、経営・管理ビザ、永住権の伸びが目立つ。

技術・人文知識・国際業務や留学のカテゴリーは減少や微増なので、新移民は以前と比べると仕事の面で「高度」化し、想定している滞在期間も長期化していることがうかがえる。

「いま中国人がアメリカへ行こうとすると、費用も難易度も高くなります。またシンガポールへの移住コストは上がっているので、日本はいい選択肢だと思っている人が多いのです」と王云氏。日本は手軽な選択なのだ。王氏によると、「上海や北京といった大都市に住む、30代後半〜50歳ぐらいの人がいちばん多いイメージ」だという。

「台湾有事」のリスクも意識

金融資産を保有する中国人にとって一番の関心事は、海外に持ち出した資産をどう保全するかということだ。ロシアによるウクライナ侵攻後、アメリカなどがロシアの富豪に対して資産凍結などの制裁を課したことは記憶に新しい。

「潤」の人々の頭の片隅には、これから起こる可能性のある中国による台湾への武力侵攻、いわゆる「台湾有事」発生のリスクが頭の片隅にある。

長年中国のメディアで勤務してきた男性は東京城東部のあるURに妻と一人息子を伴って「潤」してきた。彼も「やがて台湾をめぐって危機が起き、日本も巻き込まれるでしょう。そうすると中国と日米は分断されるはず。私はそうなる前に逃げて来たんです」と語る。

もしものときも日本は資産保全の面で比較的安全なのではという読みがあり、彼自身も今少しずつ資産を日本に動かしている。

この男性は、経営・投資ビザでやってきている中国人は主に飲食店、民泊、貿易、不動産、旅館などのビジネスをしていると明かす。「日本には外国人による出資が規制されている産業が多く、投資できる分野が限られている」というのが彼の嘆きだ。

男性は、「日本の金融機関にお金を寝かせていても利子がほとんどない」「来日してすぐに口座を開設できる金融機関がほとんどなく、これは理解不能だ」とこぼす。手続きも郵送や窓口で対応が必要であるなど複雑であることから、中国人新移民からは金融機関に対する不満の声をよく聞く。

日本人は「潤」でやってくる中国人とどのように付き合っていくべきだろうか?

オーストラリアなど投資移民制度を確立した国は、状況に合わせて最低投資額を上げるなど能動的な政策を採る。シンガポールも中国人の相次ぐ流入を背景に、今年4月に不動産購入のハードルを引き上げた。外国人が不動産を買う際に適用される印紙税の税率が、従来の2倍の60%とされたのだ。今のところ、日本にはそうした動きは見られない。

人口減少や財政難の日本にとって、中国人「新移民」の到来は状況を改善させるための一助となる可能性がある。ただ、日本の保守派からは中国共産党員の日本の政治への干渉を懸念する声も聞こえてくる。

「潤」で日本に移住してきた中国人知識人は「投資移民であっても政治的審査はやるべきだ。日本人からの推薦状を要件にするなどの対策が有効ではないか」と語る。

日本社会に溶け込む意識は薄い

いずれにせよ、いま中国から「潤」してきている人々はこれまでとは一味違う。従来の移住者と違って、日本語を学んで積極的に日本社会に入っていこうという姿勢が希薄なのだ。彼ら彼女は日本人の知らぬ間にすでに独自の生態圏を築きつつある。

都内城東地区のUR在住の中国人男性は、スーパーで買うと野菜は高すぎるので千葉や神奈川などで野菜を栽培する中国人から団体購入することが一般的になっているという。

生活雑貨は中国のECサイトでまとめて廉価に購入し、中国からの発送を待つ。輸送費を含めてもそちらのほうが安いからだ。「知人にスリッパなどの雑貨を深圳で受け取って帰ってきてもらう」こともあるそうだ。

日本が自らの比較優位を活かしつつ、こうした中国人を積極的に受け入れていくのか、それともこれまでの外国人移住者への政策がそうだったように単に放置するのか。いずれにしろ、まずは中国の「新移民」の実態を把握していく姿勢が必須となってきそうだ。

舛友 雄大:中国・東南アジア専門ジャーナリスト

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