中国に「無関心で甘い」でいられる時代は終わった

<より近くにより脅威な国=ロシアが存在するイギリスは、これまで中国に批判的でもなければそれほど関心もなかったが、コロナと香港のダブルショックで状況は変わりつつある>

通称「コミカル・アリ」は、イギリスではちょっとした伝説の人物だ。2003年のイラク戦争時のイラク情報相で、首都バグダッドでの記者会見の背後で米軍の戦車が進軍する音が遠く響くさなかでも、イラクが敵を蹴散らしている、と強弁を続けた。

イギリスで最近、彼のことが思い出されたのは、BBCの政治番組に出演した劉暁明(リウ・シアオミン)駐英中国大使の態度があまりに不条理だったからだ。新疆ウイグル自治区でウイグル人が不当に扱われ、検挙される証拠映像を見せられた彼は、平然と「何のことか分からない」と言ってのけ、「いわゆる欧米の諜報機関」の仕立てた「冤罪」だとはねつけた。続いて彼は、新疆ウイグル自治区は中国屈指の美しい場所であると説明し、強制収容所など存在せず、不妊手術を強制する政策などないし、中国はいかなる少数民族も差別していないと断言した。

視聴者にとっては、自由社会と抑圧的体制との大きな違いを、めったにないほどまざまざと見せつけられた瞬間だった。僕たちの政府だって、口車に乗せたり、軽視したり、誇張したり、ごまかしたりすることはあるかもしれないが、誰の目にも明らかなことをただ否定することなどあり得ない。正常な民主主義国家では、公人は結局のところ、民衆の信頼なくしては成り立たないのだ。アサド大統領のシリアやプーチン大統領のロシア、そして共産党の中国など抑圧的国家においては、公人は、どんなに信憑性がないものだとしても上の方針に従わざるを得ない。

イギリスの対中政策は今、転換の時を迎えている。英政府はイギリスでの5G参入を部分的に容認していた中国の通信大手、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)を排除することを決定した。香港との犯罪人引き渡し条約も停止した。「正義」が共産党政権のさじ加減で決定される中国本土に身柄が移される可能性を考慮してのことだ。中国の人権侵害に、マグニツキー法(重大事件に関与した個人や組織のビザ停止や資産凍結を可能にする法律)を適用した制裁も発動されるかもしれない。

キャメロン英首相(当時)が習近平(シー・チンピン)国家主席を連れ出してなじみのパブに行き、フィッシュ・アンド・チップスとビールでもてなした2015年から比べれば、かなりの方針転換だ。

もっと懸念すべき国が近くに

ほかにもイギリスが奇妙なほど中国寄りだった例は、つい昨年末に、アーセナルのサッカー選手メスト・エジルがウイグル人弾圧への非難をSNSに投稿したところ、アーセナルがクラブとしては関与していないと発表したことだ。アーセナルはただ黙っていることもできたのに、人権侵害などという些細なことで中国市場へのアクセスを損なっては大変、とわざわざ立場を表明したらしい。

イギリスの世論は長い間、中国に批判的でもなければ中国にあまり注目してもいなかった。結局のところ、中国は僕たちが買う製品を安価に作る国。それに僕たちには既に、弱い者いじめで独裁的な懸念すべき国家がもっと近くにあった(ロシアだ)。人の国で平気で暗殺事件を起こし、人の国の内政に平気で干渉してくるような国だ。

だが、新型コロナウイルスと香港というダブルショックを受けて、世論は変わりつつある。中国は、ヒトからヒトへの感染の可能性を隠したことや、「告発者」たち(自由社会では「精通した専門家」とみなされる)を追い詰めたことに対して責任があるとみられている。移動によってウイルスが他地域や他国に広がることが分かっていた春節の時期に、大勢の中国人民が武漢を出入りして旅行した。ウイルス拡散抑止に失敗したとの非難を拒絶し続ける一方で、その後はコロナ禍の国々にマスクを輸出することで国際社会の責任ある一員を装う中国の狙いは、破綻するだろう。

もしも英政府が2年前に、海外に住む300万人余りに市民権を与える計画を発表していたら、この国は既に人口過密だ、さらなる流入で大混乱が起こる、と激しい非難が巻き起こっていたに違いない。だが今回、海外在住英国民(BNO)のパスポートを持つ香港市民のイギリス居住を認めるとの英政府の表明は、「正しい行動」と歓迎された。旧植民地の自由と自治を支えていた「一国二制度」を中国がほごにするなか、イギリスの人々は傍観しているわけにはいかないと感じたのだ。

ジョンソン英首相は、安易な中国嫌いがイギリスに蔓延する事態は望まないと繰り返してきた。だが、今後の対中関係は、冷戦後のお気楽な思い込み──世界はよりよい所であり、特に気に入らない国家でもあまり関心を払わぬままビジネスはできるしうまく付き合っていける──に基づいて進めることはできないかもしれない。

<2020年8月11日/18日号掲載>

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