中国の水産物のほうがよっぽど危ない…日本食レストランに並び、スーパーで寿司を買う”香港人のホンネ”

■処理水放出に猛反発する中国政府

東京電力は8月24日、福島第一原発で生じた処理水の海洋放出を始めた。1回目の放出は7800トンで、11日に完了した。

海洋放出に対し、中国政府は日本産の水産物を全面的に禁輸とし、香港政府も福島など10都県産の水産物を対象とした禁輸措置をとった。日本への嫌がらせの電話が相次ぎ、訪日ツアーがキャンセルされるなど広範囲に影響が出ている。

中国側の反応については、科学的合理性を欠くとの指摘が海外でも上がっている。英BBCは、中国側が「報復」に出たと報じた。同記事は、科学者らが処理水の安全性を確認し、IAEA(国際原子力機関)が計画を承認していると指摘。そのうえで記事は、こうした安全基準への配慮にもかかわらず、中国側が日本の対応を「極めて利己的で無責任な行為」と一方的に反発していると報じている。

だが、中国政府の反応と相反するかのように、香港では引き続き日本食を愛食したいと考える人々が多いようだ。中心街の日本料理店が引き続き賑わうなど、食への影響に関して比較的冷静な対応が見られる。

■香港の日本食レストランにできた長蛇の列

香港中心部のセントラル地区では、処理水の放出後も、ランチタイムになると高級寿司店や日本食レストランに長蛇の列ができている。

放出開始から4日後の8月28日に米CNNが掲載した記事によると、100席以上ある人気店・フミでは、香港政府の輸入規制を受け、食材の調達先を日本以外の国へと変更せざるを得なかったという。だが、店を訪れる現地の人々は、そもそも食材の原産地をさほど気に留めていないようだ。

店舗責任者はCNNの取材に応じ、「産地を尋ねる人はごく一部です」と語る。「彼らは食事だけでなく、外食という体験と素晴らしいホスピタリティを求めてやってくるのです」

同じセントラル地区のショッピングモールでは、寿司チェーンが引き続き客足を集めている。ランチを食べていた30代女性は、現地の人々は報道を知ったうえで、大好きな日本料理をいまだに求めていると語る。

「もしも病気になったなどの事例があれば、人々は食べ物の放射線量にもっと注意を払うようになるかもしれません。でも今、そんなことは起こっていませんから」「だから私たちは何事もなかったかのように、これからも日本食を食べ続けると思います」

■現地独立メディア「なぜ禁輸が必要?」

独立ニュースメディアの香港フリープレスは、処理水の放出から10日ほど経った9月4日に記事を公開。禁輸措置の発表後も「多くの香港人は平然としているように見え、禁止措置が必要だったのか疑問視する声すらある」と報じている。

もっとも、日本食レストランによっては、多少なりとも客足への影響があったという。あるレストランでは、放出前に駆け込み需要があったものの、その後は客数が2~3割ほど落ちこんだ。

一方、処理水の放出は気にしないという人もある。そもそも香港が面する南シナ海の水が、あまり安全ではないとする考え方だ。

秘書として働く30代女性は同紙に対し、「(香港・マカオ・広東省などを含む)グレーター・ベイエリアでも、おそらくは(地元の原発が)放出しているでしょう」と語る。日系スーパーでショッピングカートに寿司を山ほど積み込みながら取材に応じる彼女は、日本からの放出で安全性が変わるとは捉えていないようだ。

輸入禁止措置の対象となった日本の魚介類を扱うスーパーで、寿司や刺身を見ている客=2023年8月23日、香港

写真=EPA/時事通信フォト

輸入禁止措置の対象となった日本の魚介類を扱うスーパーで、寿司や刺身を見ている客=2023年8月23日、香港 – 写真=EPA/時事通信フォト

10都県に限定した禁輸措置を、香港政府のポーズだと見る向きもある。香港のあるレストラン経営者は同紙に対し、禁輸措置は「奇妙だ」と述べ、合理性を欠くと指摘した。「禁止対象の10都県のすぐ隣の県からの輸入ならば影響がないと、なぜいえるのでしょう?」。

このオーナーは、香港政府が問題を「大げさに吹聴しています。国民に不安を与えているのです」と述べ、禁輸は過剰反応であるとの見解を示した。

■香港政府の検査はすべて安全基準値を満たしていた

香港当局は輸入禁止から1週間後、日本からの輸入食品1288点をサンプリング検査した。うち半数以上が水産物や海藻、そして海塩だったが、これらを含めたすべてのサンプルが基準値に合格している。

現地の水産物への影響も現時点で見られない。香港の農業漁業保全署は現地の魚50匹をサンプリングし放射線検査を実施したが、すべて基準値の範囲内であった。

処理水は希釈されたうえで30年間にわたり分散して放出されるため、そもそも健康への影響は非常に小さいと考えられている。BBCは、福島からの処理水として海洋に放出される放射線の年間被曝量は、歯科のレントゲンやマンモグラフィーによる被曝量よりも低いと指摘する。

CNNは、17日間をかけて放出される初回放出分の処理水7800トンに含まれるトリチウムはわずか0.003グラムであり、重さにして人間の髪の毛10本分ほどだと例える。対して太平洋には、放出前の状態ですでに8400グラムのトリチウムが存在すると推算される。放出で新たに加わる量は、割合にしてごく微少ということになる。被曝量の観点では、飛行機に乗る方がよほど多くの放射線を浴びる、とも記事は指摘する。

米マサチューセッツ州・ウッズホール海洋研究所の海洋地球化学者であるケン・ビューセラー氏も同様に、福島産の魚介類の安全性については心配ないとの立場だ。米タイム誌に対し、「日本には、広範囲にわたる検査プログラムが存在します」「どの国よりも徹底的に魚を検査していることを私は知っています」と語る。

■「日本食が好きだから食べる。ただそれだけのことです」

BBCは、健康への影響を心配する日本食レストランの利用客はやはり存在すると紹介している。その一方で、処理水の放出後も日本料理への熱意が変わる事はないと断言する客も少なくない。ある女性はBBCに対し、95%の確率で日本食への愛は変わることはないと自信を示した。「好きだから食べる。ただそれだけのことです」と女性は語る。

香港の主要英字紙であるサウスチャイナ・モーニングポストは、現地の高級寿司店の例を取り上げている。この店舗では品質を重視し、処理水の放出が決定したあとも意図的に日本産の食材を使い続けているという。

料理長のラップ・レオン氏は、「日本以外から仕入れた食材でオマカセ料理(高級な寿司ディナー)を作ることはないと思っています」と語っていた。「オマカセが好きなお客さんなら、気にしないでしょう」という。香港政府は8月24日、福島や宮城を含む10都県からの水産物の輸入を禁じたが、その他の日本の道府県からの輸入は引き続き可能だ。

食通でインスタグラマーのアレックス・ウォン氏は、サウスチャイナ・モーニングポスト紙に対し、処理水の影響は気にしていないと語る。「私にとっては、食体験の方がずっと重要なんです」

■海外メディア「日本への敵意のあらわれだ」

処理水は、水処理システム(ALPS)によって放射性元素のうち、トリチウムと炭素14をのぞく62種類の放射性同位体を、国際的な安全基準以下まで除去した水だ。残るトリチウムと炭素14は海水で大幅に希釈することにより、放射線量が1Lあたり1500ベクレル未満となった状態で放出される。これは世界保健機関(WHO)が定める飲用水基準の約7分の1、国の安全基準の40分の1未満になる。(経産省)

なお、復興庁は、「トリチウムが生物内で濃縮されることはありません」「トリチウムは、大部分が水の状態で存在し、水と同じように体外へ排出され、体内で蓄積・濃縮されないことが確認されています」と説明している。

チェルノブイリや福島第一原発事故の環境への影響を研究する米ポーツマス大学のジム・スミス教授(環境科学)は、タイム誌の取材に対し、処理水放出後もなお、日本産の魚介類を食べたり養殖したりしても安全だろうとの見解を示している。

分子病理学の専門家であり、IAEAのアドバイザーでもあるジェリー・トーマス氏は、BBCに対し、科学的根拠を超えた恐怖心が蔓延していると語る。「本当の問題は、放射線による物理的な影響ではありません。私たちの恐怖心なのです」

CNNは、処理水は最も弱いトリチウムを除き、ほとんどの放射性同位体が除去されていると指摘。中国政府は食品の安全確保のための禁輸としている一方、一部専門家のあいだでは、領土問題などに起因する日本への敵意のあらわれだとの見方があると報じている。

■中国にも冷静に受け止める人々がいる

福島第一原発事故の処理水問題は、日本国内でも大きな関心事となっている。ましてや事情が詳細にわからない海外から不安の声が上がるのは、心情的に理解できないでもない。

ただし、前掲の科学的な事実を踏まえると、水産物の禁輸措置や中国本土からの抗議電話は極めて感情的な反応であると言わざるを得ない。こと、国営メディアが報道を統制している中国では、放出への憎しみが倍増しているようだ。

BBCが「報復」と指摘したように、政治的アドバンテージを高めるために中国政府が事態を大事にしている可能性すら想定される。もっとも専門家は同記事に対し、禁輸は中国国内の業者自体を困窮させるため、禁輸は比較的短期間で解除されるとの見方を示している。

香港で引き続き賑わう寿司店や日本食レストランが象徴するように、周辺諸国にも比較的冷静に事態を受け止めている人々は存在する。科学的知見を無視し、放出が政治的に悪用されないことを願いたい。

香港と中国の旗

写真=iStock.com/Urbanscape

※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Urbanscape

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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