記事は「『流行性出血熱』の感染が相次ぐ…死亡率0・4%=中国」というタイトルだ。
冒頭に《中国の健康時報によると》と、中国メディアの報道が引用されている。最も重要な部分を抜粋させていただく。
《西安市の疾病管理センターは、冬に入って西安市で流行性出血熱の感染者が何人か出たと明らかにした。最初の感染者は18日に発見され、正確に何人が感染したかについては公開しなかった》
西安市は陝西省の省都で、中国のほぼ中央に位置している。古くは「長安」と呼ばれ、遣唐使が訪れた都であった。日本史や世界史の授業で習ったという方は多いだろう。
経済発展によって人口増加が著しい西安市は、この10年間で約448万人が増えたと報じられた。現在の人口は約1295万人とされ、東京都の約1404万人の92・23%である。
東京規模の大都市で、新型コロナウイルス肺炎の感染拡大と並行して、流行性出血熱の感染拡大が進行している可能性があるわけだ。ただならぬ事態を想像するのは当然だろう。
過去には大阪で感染拡大
「WoW! Korea」は記事のタイトルにもあるように、《死亡率0・4%》と報じている。西安市の人口約1295万人の0・4%となれば、約5万1800人が死亡する計算だ。担当記者が言う。
「記事にある『流行性出血熱』とは、日本では『腎症候性出血熱』のことです。野ネズミなどが媒介するハンタウイルスが原因で、ユーラシア大陸の広域で感染例が報告されています。最大の流行国は中国で、『年に10万人が感染している』と推察する専門家もいます」
発症初期はインフルエンザと似たような症状で、悪化すると高蛋白尿や乏尿などの症状が現れ、急性腎不全に発展するという。
日本での感染例は、戦前戦中の時期、旧満州に駐留した日本軍の間での流行が確認されている。戦後では、1960年代に大阪の梅田駅周辺で119症例が確認され、うち2人が死亡。「梅田熱」と呼ばれ恐れられた。
国立感染症研究所の公式サイトには、《1998年12月28日以降、国内で患者発生は確認されていない》と記載されている。
ロックダウンの可能性
シグマ・キャピタルのチーフエコノミストを務める田代秀敏氏は、西安の“異常事態”を偶然、ネットで知ったという。
「12月18日に神田沙也加さんが亡くなられました。中国でも神田さんのファンは多いので、現地のファンはどんな状況か調べようとしたのです。すると、中国最大のSNS『ウェイボー』で、西安における出血熱流行の状況が、広く拡散されているのが目に飛び込んできました」
田代氏が現地メディアの報道などを通じ、ネットで確認した情報は以下のようなものだ。
▼今年の冬に入ってから西安市の各大病院で、出血熱患者が次々と診察された。出血熱は大陸北部で毎年10月から流行するが、今年は極めて深刻な状況のようだ。
▼西安市の地下鉄の一日当たりの平均乗客数は、11月が272・3万人、12月初頭が296・3万人だが、12月17日が197・3万人、18日が103・8万人と減少を続けた。出血熱の影響だと考えられる。
▼現地メディアが19日に「西安市では中心街への人口流入が抑制されている」との動画を配信し、ガラガラの地下鉄車内が映された。撮影場所は官庁街の駅で、週末は特に乗客数は減る。だが、乗客が数人だけというのは尋常ではない。西安市がロックダウンに似た状況になっているかもしれない。
▼中国共産党機関紙『人民日報』傘下の『環球時報』は、19日の正午過ぎに、「警戒! 西安で出血熱の症例が多数現れ、現地の疾病予防管理センター(CDC)は注意を呼びかける」と題する記事を掲載し、出血熱ワクチンの3回接種を強く呼びかけた。
病院閉鎖の報道
▼西安市政府は19日午後、記者会見を行った。1人の症例が確定診断されてから、その濃厚接触者の2686人と、「濃厚接触者の濃厚接触者」の6209人を集中隔離し、何度もPCR検査を行っていると説明。PCR検査は約1389万人に実施する予定で、既に約1000万人の陰性結果を得ているとした。
▼同日午後2時54分(現地時間)、西安の人民解放軍空軍第986病院が「南区」を部分的に閉鎖し、そこでのすべての外来、救急、PCR検査の医療業務を中止。再開の時期は別途通知すると発表した。閉鎖の理由は明かされなかった。
「新型コロナウイルスでは、武漢市での感染拡大防止対策が後手に回りました。今回はその反省を踏まえ、積極的な防疫だけでなく、情報公開を行っているだけとも考えられます。来年2月に北京五輪が開催予定であることも大きいでしょう。徹底的に感染を封じ込めようとするのは当然です」(同・田代氏)
情報開示か統制か
ちなみに、西安市と北京市の距離は直線で約900キロ。東京都からだと、愛媛県松山市が851キロ、福岡県福岡市が1133キロとなる。広大な国土を持つ中国からすると、2都市は“指呼(しこ)の距離”と言っても大げさではない。
「西安市内は一体どんな状況になっているのか。ただならぬ状況になっている可能性も否定できません。少しでも正確に推測するためには、中国共産党の情報開示に対する姿勢を考える必要があります。どこまで公開し、どこまで統制するつもりなのか。加えて、中国人が健康問題について極めて高い関心を持っていることも考慮しなければならないでしょう」(同・田代氏)
中国人は中国共産党の命令なら唯々諾々と従う──こんなイメージを持っている日本人も多いだろう。だが田代氏によると、「テーマによっては全く異なる」という。
「健康に直結する問題、例えば工場排水規制を求めるデモなどでは、中国人も激しく党を批判します。『党は自分たちの安全や健康を守ってくれない』と中国人が判断すると、党に対して猛烈な抗議をするでしょう。下手をすると、中国共産党の統治体制すら揺るぎかねません。ですから『出血熱の感染拡大が続いている』という報道は、事実だと考えていいでしょう。ただし、細部については情報統制が行われます。感染者数や入院者数や死者数、感染拡大の理由や背景といった点については、今の時点では公開されていません」
動画の変化
メディア側も党や政府の規制の間隙を突き、できるだけ正確な情報を報道しようとする。田代氏が注目したのは、ウェイボーに投稿された現地メディアの「動画」だ。
「文章は検閲が容易です。しかし、ニュース動画には思わぬものが映っていることがあります。情報統制下では、動画のほうが貴重な視点を提供してくれることが多いのです。例えば、医師や看護師がボランティアとして西安に向かうという、現地の放送メディアが制作した映像がウェイボーにアップロードされています。18日までは医師も看護師も私服姿で、マスクは全員着用していても、旅行に行くかのようなリラックスした表情でバスに乗り込んでいました」(同・田代氏)
ところが19日に公開された動画では、ボランティアに向かう医療関係者の全員が白い防護服に全身を包んでバスに乗り込んでいた。おまけに、警察官が敬礼をしながら医療関係者を見送る姿もアップで紹介されたのだ。
「僅か1日で、それこそ『出征』とか『学徒出陣』という言葉が連想されるほど、緊張感のある動画に変わってしまったのです。こうなるとやはり、現地の感染状況はかなり深刻なレベルに達しているのではないでしょうか。少なくともそう推測されても仕方がない報道内容だとは言えるでしょう」(同・田代氏)
北京五輪への影響
傍証になるかもしれないのが、「人民解放軍空軍第986病院が『南区』を部分的に閉鎖」したという報道だ。
「この病院は西安市の中でも規模が大きい基幹病院の一つで、提供する医療の質が高いことで有名です。閉鎖の理由は全く明かされていません。出血熱による院内感染の可能性も考えられます。もし院内感染が事実なら、西安市の感染拡大は深刻化しているのかもしれません」(同・田代氏)
先に見たように、西安と北京は直線距離にすると東京と福岡くらいだ。今後の焦点は、出血熱の感染エリアがどれだけ北京に近づくかだろう。
「前に説明した通り、健康に関する問題となると、中国共産党も一定の情報公開を行うように政府を指導します。北京に出血熱が迫ってくれば、何らかの形で情報を公開し、それをメディアが報じるでしょう。中国の人々もSNSなどで情報を発信できるので、全てを隠すのは無理です。もし北京にも感染が及びそうな事態となると、最悪の場合、北京五輪の開催にも黄色信号が灯りかねません」(同・田代氏)
他山の石
西安市政府は1389万人の住民全員のPCR検査を実施すると発表しているが、これは単なる目標値ではないという。日本では考えられないほどの強権を発動して、無理矢理にでもPCR検査を受けさせるのだ。
実際、今月15日から西安市の住民全員のPCR検査を行い、19日午前までに累計1389・08万人を検査し、そのうち1000・26万人が陰性であると発表されている。
「早朝でも深夜でも検査を行います。感染リスクがあると認定されて封鎖された区画の住民全員を強制的に呼び出して検査を受けさせます。病気や高齢などの理由で検査会場に来られない住民がいたら、防護服を着た係員が自宅に出向いて検査します。しかも繰り返し何度も検査を行います。こうした中国政府の姿勢を、『専制主義がなせる技』と言うこともできます。しかし、彼らが『PCR検査を徹底して実施し、無症状感染者を発見して隔離する』という感染症対策の基本に忠実なのも事実です。今後も日本は、新型コロナウイルスに限らず様々な感染症に襲われることでしょう。西安市の事例を他山の石とし、その徹底した防疫政策を学ぶくらいの気持ちを持つべきではないでしょうか」(同・田代氏)
デイリー新潮編集部