中国人の「日本愛」を爆上げする、在日女性インフルエンサーの正体

 数年前、中国のママたちの間で、日本の某ブランドの「子ども靴」が大人気になったことがある。デザインが可愛いし、履きやすく、作りもしっかりしていた。何よりも中国では、「日本製は信頼の証」ということもあって、瞬く間にブームとなったのである。 【この記事の画像を見る】  しかしそのブームを見て、この靴を製造しているブランド側は複雑だった。実は、彼らが中国市場向けに販売しているのは靴だけではない。子ども服もあれば、下着、帽子やバッグもある総合アパレルブランドなのだ。しかし、中国のママたちの間ではいまいち認知されていなかった。「子ども靴」の強烈なイメージがあるせいか、「子ども靴のブランド」だと誤解されてしまっていたのだ。  中国のママたちに、自分たちの正しい姿を知ってもらいたい――。そこでこのブランドが協力を依頼したのが、「中国人ママインフルエンサー」として知られる李佳霖さんだった。  世界最大のネット人口7.21億人を誇る中国では、「網紅」と呼ばれるインフルエンサーが消費に大きな影響を与える。彼らがECアプリ「淘宝網」(TAOBAO)のライブ機能を用いて商品を紹介すると、飛ぶように売れる。わずか5分間のライブで口紅を1万5000本売ったような「網紅」もいるのだ。  このように中国市場で大きな存在感を示す「網紅」の中で、李さんは「日本の情報を伝える在日インフルエンサー」として知られている。今、日本でどのような化粧品が売れているのか、どのようなライフスタイルが人気なのか、子どもを連れて日本で観光旅行をする際にはどのようなホテルがお勧めなのかなどなど、「中国人ママ」の目線で様々な日本の情報を発信。中国国内のママはもちろん、日本の中国人ママたちから支持を受けて、「微博Weibo」のアカウント「佳霖在日本」のフォロワーは326万人を突破している。  だが、このブランドが李さんに協力を依頼した理由はそれだけではない。実は彼女は単に自分がインフルエンサーとして活躍するだけではなく、会員数7万人という日本最大級の中国女性コミュニティ「美ママ協会」を立ち上げて代表を務めているからだ。

 この人的ネットワークを活かして、さまざまな有名企業の中国向けプロモーションやマーケティングを支援し、さらには中国向けの商品開発などにも携わる「LIANBABY」代表取締役という顔も持つ。つまりインフルエンサーと、「やり手女性経営者」という二足のわらじを履いているのだ。 ● 日本の最新文化をキャッチ 「美ママ協会」の口コミ力  2012年に設立された「一般社団法人 美ママ協会」は、当初日本で生活する中国人ママたちの情報交換の場に過ぎなかった。異なる文化、異なる風習に戸惑う中で、共に日本で子育てをしていくための悩みを分かち合い、ノウハウを共有する場所だったのである。  しかしコミュニティが拡大し、好きな化粧品やメイク、そして日本のお気に入りのスポットや観光地などの情報が飛び交うようになると、中国国内に住む女性たちからも「日本の最新情報」をチェックするコミュニティとして認知されていく。次第に、日本の有名企業からグループインタビューやイベント協力の依頼を受けるようになり、気がつけば中国進出企業の間で「迷ったら美ママ協会に相談すべし」というクチコミが広まって、引っ張りだこになっていった。  冒頭のブランドもそんな1社というわけである。「佳霖在日本」の発信力と、「美ママ協会」のネットワークを生かして、このブランドは中国と日本の子育て環境の違いなどの情報を積極的に発信。結果、中国人のママたちの間でこのブランドは「総合アパレルブランド」というイメージが徐々に浸透し、子ども靴だけではなく、高品質な肌着なども人気を博している。  「私たちはただSNSで商品を紹介するだけではなく、中国市場に進出する日本企業のいろいろな悩みを解消するお手伝いもしています。たとえば、同じ日本のお茶のペットボトルでも売れる商品と、売れない商品があるんです。パッケージの形、色、文字、そして広告に起用されている人などによって、中国人は受けるイメージが全然違う。そのあたりを中国人女性の視点から日本企業にアドバイスさせてもらっています」(李さん)

多くのクライアントから信頼される李さんだが、その中でも特に企業側が彼女の意見を重宝しているのが化粧品である。先日も某大手化粧品メーカーの中国向け化粧品の開発に、成分を選ぶ段階から参加して、中国人女性が化粧品に何を求めているのかというアドバイスを行い、それがこの開発品にもかなり反映されている。 ● 新型コロナで窮地に陥り 起死回生の「無料ライブ」へ  だが、そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの李さんに思わぬ困難が立ち塞がる。そう、新型コロナウイルスである。  中国国内で感染拡大が広がったことで、中国市場へ向けたプロジェクトの多くがストップになってしまったことに加えて、各国の渡航制限でインバウンドも消失したことで、中国にまつわるビジネスをしていた人々の多くが苦境に立たされたことは記憶に新しいだが、李さんが経営している「LIANBABY」も例外ではなかった。  「会社としての収入は3月からゼロになってしまったんです。この数カ月間は社員の給料も払わなくてはいけないので、本当に大変でした」(李さん)  しかし、そんな苦しい時期でも李さんが続けたことがある。それは「WeChat」で日本の製品の素晴らしさを、中国にいる女性や、日本国内の中国人女性に伝えるライブである。もちろん、スポンサーなど付かないので、完全に自主的に行なっている「無料ライブ」だ。  紹介する製品の中には、「コロナでものが全然売れないんです」と藁にもすがる思いで、李さんに相談をしてきた企業の製品もあった。周囲からは、「無料でここまでやってあげるのは人が良すぎるのでは」という声も出たが、李さんはそこで何かを請求することはなかった。  「ここまで日本のいろいろな企業にすごいお世話になったので、困ったときはお互い様というか、少しでも役に立ちたいという気持ちがあったんです」(李さん)

 日本語学校の就学生として来日した李さんは、その後、明治大学の大学院に進学。コンビニでアルバイトをしながら、経営学を学び卒業。早稲田大学ビジネススクールで「MBA Essentials 2020」も獲得した。そこから不動産会社の法人営業、ウェブメディア関連会社など日本企業で8年間働き、「美ママ協会」を立ち上げるまで、辛いこともあったが、たくさんの日本人に支えられてきた。  日本の魅力、そして日本企業の製品の素晴らしさを、中国人に正しく知ってもらうということは、李さんにとってビジネスである一方で、「恩返し」でもあるのだ。そんな「無料ライブ」の効果かどうかは定かではないが、8月になってから徐々に仕事が戻ってきた。  「先日、ある企業から電話があって、『李さんに投資をさせていただきたいと思います』と連絡があったんです。「こんな状況なので中止をする」と言われていたプロジェクトだったので、自分に声をかけてくれたのが嬉しくて、思わず涙が出ましたね」(李さん) ● 中国の人たちにこれまで以上に 日本の魅力を伝えていきたい  こうしてコロナ危機を乗り越えたことで、李さんの中では、これまで以上に日本の魅力を伝えたいという思いが強まっているという。  「これまではどちらかといえば、日本の大きな企業と深くお付き合いをして、そこの製品の素晴らしさを中国の人たちに伝えるという仕事が多かったのですが、これからはライバー(ネットでライブ配信を行い収入を得る人)としてもっといろいろ幅広い会社の製品を紹介していきたいですね。  あと、地方の観光業がすごく打撃を受けているので、その魅力をもっと広めたいです。私は化粧品も好きですけど、温泉も大好きで、温泉ソムリエの資格もとっています。日本には、まだあまり中国人に知られていない魅力的な観光地がたくさんありますから、それを正しく紹介して地方を活性化させるのにお役に立ちたい」(李さん)

 そのような話を聞くと、必ずといっていいほど「マナーの悪い中国人観光客が増えたら困る」などと言ってくる人たちもいるが、李さんはマナーの問題に関しても「知らない」ということが大きいので、これも正しく広めていくことで改善しようと考えている。

 「私たちのSNSではポイ捨てをしないように、ちゃんとゴミ袋を持って行ってとか、大声を出さない、道で座らないというマナーや、温泉の楽しみ方なども紹介しています。日本のことが好きなので、もっといろいろ知りたいという人も多い。中国人観光客のマナーはもっと良くなると思います」(李さん)

● 日本をよく知る中国人 インフルエンサーこそが必要

 先日、李さんが「WeChat」に富士山の画像をアップしたところ、大きな反響があった。「早く行きたい!」「いつになったら日本に行けるの?」とすぐにでも日本に観光で訪れたいという中国国内のフォロワーから問い合わせなどが多く寄せられた。これだけ日本を愛してくれる人がいるのだ。

 ならば、むやみに煙たがらず、その人たちに正しい情報を与えて、もっと日本のことを愛してもらった方が、お互いにとってもハッピーなのではないか。つまり、中国人に日本製品の素晴らしさを正しく知って、たくさんお買い上げいただくように、日本観光の魅力やマナーを正しく知ってもらって、たくさんやって来てお金を落としてもらうのだ。

 そうなると、中国国内の人たちに日本の情報を正しく伝えるという人の役割が、これまで以上に重要になっていくことは言うまでもない。

 「人情は特に大事にしています」なんて昔の日本人のようなことをおっしゃる李さんのような「日本をよく知る中国人インフルエンサー」こそが、これからの日本経済の復活には必要なのかもしれない。

 (ノンフィクションライター 窪田順生)

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