■成長の限界を迎えた中国経済
足もとで中国経済の減速感が鮮明化している。10月18日に中国国家統計局が発表した、7~9月期の実質GDP成長率は前年同期比で6.0%増えた。4~6月期から成長率は0.2ポイント低下(景気は減速)し、市場参加者の予想(6.1%程度)も下回った。四半期では過去最低を更新することになった。
現在の中国経済を一言で表せば、“成長の限界”を迎えているといえるだろう。これまでのインフラ開発などの投資にけん引された、経済成長のモデルが実現困難となったからだ。リーマンショック後、中国政府は積極的な景気対策として主にインフラ投資を積み重ねた。
それは一時の景気回復を支えたが、あまりに巨額の固定資産投資が行われたこともあり、経済全体の効率を上げられる投資案件がほとんど見当たらなくなってしまった。1990年代前半のわが国の経済状況と似ている。
一方、多額の公共投資などで多額の債務が積み上がっている。習近平主席が“灰色のサイ”と呼ぶ債務問題もかなり深刻化している。中国政府は債務リスクの高まりを認識してはいるが、規模が大きいため処理があまり進んでいない。今後、不動産バブルの崩壊などにより、債務問題が一段と深刻化する恐れもある。
■世界の工場としての地位も低下
今年3月の全人代で設定された経済成長の目標(6.0~6.5%)の達成も危ぶまれる。中国共産党にとって、ここまで経済環境が悪化してしまう展開は想定外だったはずだ。
中国政府はリーマンショック後、道路や鉄道などのインフラ投資によって経済成長を実現してきた。内陸部を中心にインフラが未整備な環境下、インフラ整備は経済の効率性向上に寄与し、2011年上期までGDP成長率は10%台を維持した。
それが、あまりに巨額の投資を行ってしまったため、2011年後半以降、GDP成長率は低下傾向にある。とくに、2018年以降は下り坂を転がり落ちるような勢いで景気が減速している。この間、中国政府は投資を軸とした経済運営を続けたが成長率は上向かなかった。
また、輸出面も厳しい。“世界の工場”としての中国の地位は低下している。1990年代以降、中国は経済改革を行い、農村部の豊富な労働力を動員して工業化の初期段階を歩んだ。同時に、中国は外資企業を誘致して資本を蓄積し、輸出競争力を高めた。
■ゾンビ企業が出現するワケ
しかし、2014年に中国の生産年齢人口(15~64歳)はピークを迎えた。人件費は増加に転じ、中国が安価かつ豊富な労働力を強みに世界経済の輸出基地としての役割を発揮することは難しくなっている。
その上、米中の貿易摩擦が激化し、世界のサプライチェーンを寸断・混乱させている。コストの低減などを目指し、各国企業が中国からインドやベトナムなどのアジア新興国へ生産拠点などを移し、中国の景況感は軟化している。
加えて、リーマンショック後の4兆元(当時の円貨換算額で57兆円程度)の景気対策を受けて、鉄鋼やセメントなど多くの分野で過剰生産能力が顕在化し、“ゾンビ企業”が出現している。収益が落ち込み財務内容も悪化する中、政府の補助金によって経営を維持している国有企業もかなり多いとみられる。
■深刻化する“灰色のサイ”=債務問題
経済活動の効率低下に伴い、中国では債務問題も深刻化している。債務問題は“灰色のサイ”として論じられることが多い。灰色のサイとは、深刻な問題が発生する確率が高いと考えられるにもかかわらず、その問題の影響度合いがあまりに大きいため対策が難しい状況を指す。
中国における灰色のサイ問題を考えるには、鉄道セクターの現状を確認するとわかりやすいだろう。中国の国有企業である“中国国家鉄路集団”は、政府の景気刺激策の一環として内陸部に高速鉄道網を建設してきた。資金は借入などによって調達され、同社の負債総額は86兆円程度に膨れ上がっている。
一方、都市部に比べて内陸部では鉄道の利用者数が相対的に少ない。高速鉄道網を整備しても採算の取れない路線が増えている。それは、債務の元利金を支払うことすら難しい案件の増加にほかならない。
にもかかわらず、政府は補助金を支給して国有企業の経営を支え、さらなる投資を目指してきた。不採算案件が増える中で投資が積み増しされれば、不良債権は増えるだろう。
■共産党政権は求心力の低下を避けられるのか
中国政府の本心としては、不良債権処理を行いつつ構造改革を進め、成長期待の高い先端分野にヒト・モノ・カネが再配分されやすい経済環境を整えたい。ただ、改革には一時的な痛みが伴う。香港や新疆(しんきょう)ウイグル自治区などでは人々の不満が増大している。共産党政権は求心力のさらなる低下を避けるべく、債務に依存した経済運営を優先せざるを得ない。
また、地方政府の幹部の評価・昇進は、共産党指導部の目標に沿った経済成長を実現できたか否かにも影響される。地方政府は補助金政策を手放せないだろう。結果的に、中国は債務リスクの高まりやバブル崩壊後のわが国の教訓をもとにした構造改革の重要性を認識しつつも、投資への依存を続けてしまっている。
さらに、中国政府は不動産のバブルにも対応しなければならない。未来永劫、資産価格が上昇を続けることはありえない。どこかのタイミングで、中国の不動産バブルははじけ、その後は経済全体でバランスシート調整と不良債権処理が不可避となる。
■GDP成長率6%維持は難しい
当面、中国経済がさらに減速する可能性は軽視できない。米中の通商交渉などの展開によって一時的に景気が上向く可能性はあるが、それがどの程度続くかは不透明だ。すでに李克強首相はGDP成長率が6%を維持するのは難しいとの認識を示している。
中国では景気刺激策の効果が表れづらくなっている。昨年来、中国政府は景気減速を食い止めるためにインフラ投資、減税、補助金、融資拡大、地方債発行の前倒しなど政策を総動員してきた。
しかし、GDP成長率をはじめ、小売り(個人消費)、固定資産投資などの主要経済指標は自律的な回復を示すには至っていない。中国政府は景気対策をさらに強化するだろうが、それがどの程度の景気浮揚効果をもたらすかは不透明だ。
そう考える背景には複数の要因がある。債務の持続性への懸念が高まる中、投資依存型の経済を維持することは難しい。また、米中貿易摩擦の影響も軽視できない。
10月の米中閣僚級協議を受けて両国が部分合意に至り、共同文書の作成、両国トップの署名を経て“休戦協定”が締結される可能性は高まった。ただ、本当に米中の首脳が文書に署名できるか否かは不確実だ。
■先行きは楽観できない
署名の実現が困難となれば、米国は第4弾対中制裁関税の残りの部分を発動するかもしれない。それには、スマートフォンなど米中経済に無視できない影響を与える品目が含まれる。産業補助金など、米中の溝が埋められていない分野も残っている。米中貿易摩擦の先行きには不透明な部分があり、先行き警戒感は残るだろう。
加えて、中国では雇用・賃金環境が悪化し、消費マインドが冷え込んでしまっている。それは、9月まで中国の新車販売台数が15カ月連続でマイナスとなったことから確認できる。中国の需要はかなり鈍化してしまっており、短期間で回復する展開は見込みづらい。
米中の通商協議などの動向によって一時的に景気浮揚期待が高まる可能性はある。ただ、それが中国経済の自律的な回復につながるとは言いづらい部分がある。債務問題解消のめどが立っていない中、中国経済の先行きは楽観できないだろう。
———-真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。