さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、またまたあの国の恐るべきAI(人工知能)戦略がテーマです。
11月6日付の本コラム「中国、次は“AI教師”5兆円投入5億問蓄積…世界一の“AI国家”への野望」( http://www.sankei.com/west/news/171106/wst1711060005-n1.html )でご紹介したように、中国は、国家の明日を担う優秀な人材を育てるため、AI(人工知能)を使った教育を国家戦略の柱と位置づけたほか、国を挙げて“AI(人工知能)戦略”を活発化させ、米を抜いて世界一の“AI(人工知能)国家”をめざす計画を着々と進めています。
だがしかし。確かに、以前の本コラムでご紹介した“AI教師”を始めとする教育分野に関しては、日本も学ぶところが多いと個人的にも大いに感心したのですが、人民に対し、いまだに厳しい言論統制を断行し、ネットの規制・検閲を行う中国。AI(人工知能)を駆使した想像を絶する恐ろしい企(たくら)みが密かに進んでいたのです。
というわけで、今週の本コラムは、水面下の中国で進むこの恐ろしすぎる企みについてご説明いたします。
◇ ◇
■iPhone X 顔認識なんて児戯…完全カメラ監視システム、まず2000万台
9月25日付の英紙デーリー・メール(電子版)などが報じているのですが、今や何と、中国の街なかにある監視カメラにはAI(人工知能)が内蔵されているというのです。
これらの報道によると、この試みは、逃亡中の犯罪者を正確に探し出して捕まえるといった犯罪防止プログラム「スカイネット」計画の一環といい、中国当局は既に、こうしたAI内蔵の監視カメラを2000万台設置したというのです。
中国の国営テレビ局「中国中央電視台(CCTV)」のドキュメンタリー番組が、こうしたAI内蔵型の監視カメラの映像を公開するなどし、明らかになったのですが、その映像を見ると、この監視カメラは歩行者や自動車を運転中のドライバーの顔をズームアップで捉えることができるだけでなく、車の色や車種、歩行者の年齢、性別、衣服の色といった詳細を判別。
そして、搭載しているAI(人工知能)が衛星利用測位システム(GPS)や顔認証システム、そして当局がまとめた犯罪者のデータベースとつながっており、例えば街なかで、信号無視した人物を捉えた際、まず顔認証システムで個人を特定。その人物が当局の犯罪者データベース内の人物と一致すれば、GPSを使って居場所を即座に探し出し、近くで警報が鳴り、警察官が駆けつける、という仕組みなのです。
実際、中国当局は、南部の広東省にある深センで今年の4月、信号を無視して横断歩道を渡る歩行者を、このAI搭載型の監視カメラが顔認証システムを駆使し、違反者の顔を道路脇に設置したLEDスクリーンに映し出し、さらし者にしたのでした…。
そもそも、この世界で最も先進的な監視システム「スカイネット」について、前述のデーリー・メール紙(電子版)は、米金融経済系通信社ブルームバーグの報道を引用し、中国で大きな問題になっている汚職官僚のうち、逃亡した人物を捜し出すと共に、彼らの不正流用資産を没収するため、当局が2015年から運用を開始したと説明。
これがいまや、汚職官僚だけでなく、国内の各地でさまざまな地域社会の逃亡者を捉えるのに大きな力を発揮しているようなのです。
無論、この「スカイネット」の登場に人民からは“日常生活が常に監視されることになり、プライバシーがゼロだ”というような非難の声がわき上がっています。
ご存じのように、米アップルのスマホの最新型「iPhone X(アイフォーン・テン)」は、指紋認証ではなく、顔認証システム「Face(フェイス)ID」を採用し、話題を集めています。しかしこれ、逆に言えば、顔認証システムは、スマホで採用されるほどの普通の技術になってしまったことの証明でもあり、突き詰めれば、街を歩いているだけで個人を特定されてしまう世の中になってしまったということの証明でもあります。
だがしかし。こんなことで驚いている場合ではないのです。
■通販アリババ協力、反逆者は生活できない状況に
2015年10月26日付の英BBCや、同じ年の11月22日付の米紙ロサンゼルス・タイムズ(いずれも電子版)などが報じているのですが、既に今から約3年前の2014年6月から、中国当局は、全人民約13億8000万人の社会的・経済的な信用度を評価する「ソーシャル・クレジット・システム(社会的信用システム)」の構築を始めており、2020年までに、軽微な交通違反を含む全人民の全個人情報をデータベースで管理し、人民を番号で管理するシステムを完成させようとしています。
要は、人民の全情報をデータベースで一元管理しようというわけで、中国の8つの大手企業が当局に協力し、人民の個人情報集めに走っているのですが、恐ろしいのは、その中に、中国のインターネット通販最大手、アリババ・グループと、その傘下の金融機関「セサミ・クレジット」が入っていることです。
世界最大級のネット通販企業であるアリババと、その傘下にある「セサミ・クレジット」には膨大かつ詳細な個人情報を有しており、既に顧客をしっかり管理・分類しています。
具体的には、各顧客の商品購入の際の支払い履歴や純資産、友人・仲間のネットワーク、学歴、職歴、消費習慣に関するデータなどを総合的に勘案。350〜950のクレジットスコアを顧客に割り当てています。
そして、このスコアが650以上あれば、預貯金がゼロでも、アリババのサービスを使ってレンタカーを無料で借りられます。666以上だと最大5万元、日本円にして約84万5000円の現金を融資してもらえます。750以上あれば、欧州主要国を自由に往来・旅行できるシェンゲンビザを迅速(じんそく)に取れます。凄(すご)いですね。
ところが逆に、このクレジットが少ないと、ネットの通信速度は遅くなり、レストランやナイトクラブ、ゴルフ場への出入に制限がかかり、海外旅行に行く権利がなくなります。
それだけではありません。スコアが低いと、金融機関からの融資や社会保障の給付にも悪影響が出るうえ、公務員や新聞記者、弁護士になることを禁じられます。自分自身や自分の子供を授業料が高額な私立学校に通わせられません…。
格差社会どころか、スコアによって人民が階層ごとに完全に区分けされているのです。
こんな恐ろしい計画が2014年6月から着々と進む中、街なかに衛星利用測位システム(GPS)や顔認証システムと連動したAI(人工知能)搭載型の監視カメラが設置されました。
これが何を意味するか? もはや説明の必要はないと思います。国家(中国共産党)に刃向かう人物は、すぐに正体がバレ、スコアを下げられ、マトモな地域社会から徹底排除されてしまうのです。
別に悪いことをしていなくても、当局に目を付けられてしまえば、街の監視カメラの顔認証システムでまず個人を特定され、「ソーシャル・クレジット・システム(社会的信用システム)」のデータと犯罪歴のデータとアクセスすれば、個人情報はあっという間に丸裸…。
あまりにも怖すぎる管理社会なわけですが、中国ほどではなくても、ネットバンキングやネット通販の履歴といった「ビッグデータ」と、AI(人工知能)を駆使した顔認証システムが合体すれば、顧客を年収や職業などによって分類するお店やサービスが登場。「あなたの社会的地位では買い物できるお店じゃありません」とばかりに、入り口でドアが閉まるお店が出てくる可能性大です。
欧米メディアでは、こうした中国の恐ろし過ぎる一連の取り組みについて、英作家ジョージ・オーウェルの「1984年」に登場する管理社会の頂点に君臨する「ビッグ・ブラザー」と「ビッグ・データ」が出会い、市民がスコアで管理されるディストピア(極端な管理社会)がやってくるとの論調で嘆いています。 (岡田敏一)
◇
【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。