東京・中野区のシンボルだった「中野サンプラザ」の跡地に建設予定の超高層ビルについて、工事費が900億円以上増加する見込みで、今年度中に着工して2029年度中に完成としていたが、いずれも困難になっていると報じられている。だが、専門家によると、決して法外な金額ではなく、むしろ相場に照らして妥当な見積もりだという。
中野サンプラザは昨年7月に閉館し、跡地には住宅やオフィス、展望施設などが入る高さ262メートルの超高層ビルと、収容人員最大7000人の多目的ホールやホテルが併設される「NAKANOサンプラザシティ(仮称)」が建つ計画。地上61階、高さ約250メートルの複合施設で、区は当初、この再開発の事業費を1810億円と見込んでいたが、今年1月の時点で2639億円へと見直されていた。
それがさらに今月に入り、代表事業者である野村不動産から人件費や原料費の高騰を理由として、「工事費が900億円以上増える」と伝えられたという。工事を請け負う清水建設が野村不動産に増額した見積もりを出し、野村不動産から区へその旨を連絡しつつ、今年度中の着工についても困難との見方を示した。着工も完成も見通しが立たなくなり、事業自体を根本から見直さなければならなくなる可能性もある。
工事費が1.5倍に
建設の現場において、人件費や建築資材、燃料費等の高騰はここ数年、報じられ続けているが、これほど大幅に値上がりするものなのだろうか。不動産事業のコンサルティングを手掛けるオラガ総研代表取締役の牧野知弘氏に聞いた。
――NAKANOサンプラザシティの事業費については何度も見直しされており、そのうえで2639億円とされていましたが、今回900億円以上も上振れしました。
「報道を見ると、2639億円から900億円と約30%の増額に思えますが、2639億円は『総事業費』で、今回900億円増額しているのは『工事費』です。従来の工事費は1845億円となっており、実際には約50%の増額です。2021年3月の企画提案時の資料と見比べると、2倍以上になっています。坪単価を時系列で追ってみると、企画提案時に134万円、22年12月に205万円へと見直され、今回の見直しで305万円となっています。つまり、当初計画から2.2倍になっているのです」(牧野氏)
――これほどの急激な値上がりは、異例でしょうか。それとも、ほかの現場でも同様なのでしょうか。
「各地で頻発しています。先ほど2022年12月に坪単価205万円として計画されていたと話しましたが、200万円程度では建てられないと思います。それどころか、その時点でもすでに安い金額だったと感じます。現在の計画を見る限り、坪300万円という見積もりは、おかしくはない金額です。今、建築資材が非常に高騰しており、ほとんどが輸入品ですので、円安の影響を受けています。また、人手不足で職人が集まらず、人件費が高騰しています。さらに、ウクライナ戦争やイスラエル紛争などでエネルギーコストも急激に上がっています」(同)
――今後も建築費は高止まり、もしくは上昇傾向が続くのでしょうか。
「続くでしょう。むしろ下がる要因が見当たりません」(同)
中野サンプラザは現状のまま放置か
――着工延期とのことですが、大幅な工事費増もしくは計画見直しが不可欠な状況ですね。
「事業者が野村不動産、東急不動産、住友商事、JR東日本、ヒューリックでしたが、今年4月にヒューリックは撤退しています。オフィス、マンション、ホテル、商業施設等が入る61階建てビルですが、(現行の中野サンプラザからの)容積率の割り増しで得た床を、事業者側が保留地として買い取る事業の仕組みかと思われます。このとき、工事費が上がると売却価格も上がるので、引き受ける予定のデベロッパー各社にしてみると厳しいのではないでしょうか。マンションを分譲する場合でも、オフィスを賃貸に出す場合でも、相場を大きく上回らなければならず、見込んでいた利回りを得られなくなります」(同)
――事業計画が進められないとなると、解体することもできず、現状のまま放置されることになるのでしょうか。
「その可能性が高いですね。これは中野に限った話ではなく、都内をはじめ全国各地で大型プロジェクトが止まるという現象が起きています。オフィスの賃料やマンションの販売価格が上がってくれば釣り合いは取れるのかもしれませんが、今のところは建築費だけが先行して上がっている状況で、事業の採算が合わないのです」(同)
――現在の計画では着工や完成の見込みが立たないということは、どこかしらの費用を削る必要に迫られるのは避けられないですね。
「規模を縮小するか、収益性の低い施設をやめるなど、大幅な見直しをしなければ建て替えは難しいですね。収益性が低いのは公共施設やホールということになるわけですが、区の権利があるので、これらをなくすことはできないでしょう。したがって、周辺の住宅価格やオフィス賃料などが大きく上がってこなければ、現状では事業の採算が合わないので、事業者としても動きたくないはずで、当面、計画を進めるのは難しいと考えられます」(同)
建築費が高騰しているのは全国どこでも同様だが、大規模な事業では上振れる金額が膨大になる。中野区のシンボルだった中野サンプラザが、解体もできずに廃墟のようにたたずむ状況は、長引かせてほしくないものである。
(文=Business Journal編集部、協力=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)
牧野知弘/オラガ総研代表取締役
オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。
オラガ総研株式会社
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