5月26、27両日に開かれる主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)にあわせてオバマ米大統領が被爆地の広島を訪問するかに注目が集まるなか、中国と 韓国のメディアが神経をとがらせている。両国メディアの主な論調は先の大戦における「日本の責任追及」がなおざりになってしまうのではないかという趣旨 だ。しかし、オバマ氏の広島訪問が実現すれば、日米和解の象徴となってしまいかねないとの判断が加わり、視線を注いでいる背景もあるようだ。
最終的にオバマ大統領が決断する
米国メディアは、ホワイトハウスがオバマ氏の広島訪問を検討していることを伝えており、ガテマラー米国務次官は3月22日、その可能性について「ホワイトハウスが検討している。(結果を)推測するようなことはしない」と述べ、「最終的に大統領が決めることだ」と語った。
米国世論に影響を与えるニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの両紙は4月に入ってオバマ氏の広島訪問を求める社説を掲げている。
米国の現役閣僚として初めて広島市を訪問したケリー国務長官は4月11日に平和記念公園を訪ねて原爆ドームを視察した。ケリー氏が記者会見で「大統領もこ こにきてほしい」と語ったことで、オバマ氏の広島訪問は現実味を帯びつつあるが、警戒感を募らせているのが中国と韓国だ。
習近平国家主席ら中国共産党指導部は、中国は先の大戦の戦勝国であり、米国などほかの戦勝国とともに国際社会で中心的な役割を担ってきたという立場だ。
習氏は2015年9月3日に北京で行われた抗日戦争勝利70年を記念する式典で「70年前の今日、中国人民は14年の長きにわたる、想像を絶する艱難(か んなん)辛苦に満ちた闘争を経て、抗日戦争の偉大な勝利を手にした。世界の反ファシズム戦争の完全な勝利を宣言し、平和の陽光が再び大地をあまねく照らし た」と演説した。
日本と正面切って戦ったのは国民党だが…
これまで大規模な軍事パレードは中華人民共和国の建国記念日である10月1日に行われており、中国国内向けの色彩が濃かった。しかし、戦後70年の節目となった2015年は、日本が東京湾上の米戦艦ミズーリで降伏文書に調印した翌日の9月3日をわざわざ選んで実施した。
つまり、中国共産党こそが「日本軍国主義」や「ファシズム」に対する戦いを主導したことを内外に強くアピールする狙いがあった。中国大使を務めた丹羽宇一 郎・元伊藤忠商事会長は自らの著書「中国の大問題」で、中国共産党の正当性の根拠の一つとして「抗日戦での勝利」を挙げている。
対中外交に携わった経験のある元外務省関係者は「中国は国連で『戦勝国』として振る舞い、国際社会の中で『敗戦国』である日本を『監視する』という立場を示すことで、日本に対して優位に立とうとしている」と解説する。
しかし、中国大陸で正面切って日本と戦ったのは国民党であり、共産党は国民党との内戦を経て、中国大陸を統治するようになった。事実、毛沢東が中華人民共 和国の建国を宣言したのは先の大戦の終戦から4年後の1949年だ。抗日戦を勝利に導いたという中国共産党の主張に疑問符がつけば、その支配の正当性も揺 らぐことになりかねない。
「被害者としてのイメージを強調」とリポート
中国外務省の陸慷報道局長は4月11日の記者会見 で、ケリー氏ら先進7カ国(G7)の外相が平和記念公園を訪問したことについて「日本政府による軍国主義の道を決して歩まないとの決心の表れであるよう望 む」と述べ、日本はあくまでも「侵略戦争の加害者」であると強調した。
国営通信の新華社は広島でのG7外相会合後、記者リポートの形式で 「日本政府は広島と長崎の被爆の実例だけを取り出し、戦争の被害者としてのイメージを強調してきた」と指摘。「侵略戦争がアジア諸国の人々にもたらした深 刻な被害については隠し立てをし、被爆の原因や背景を意図的に無視し、『クレーム合戦』を演じている」と批判した。
一方、中国と同様に韓国もオバマ氏の広島訪問に視線を注いでいる。中央日報日本語版はケリー氏の平和記念公園訪問を受けて、「米国務長官の広島訪問、日帝免罪符になってはいけない」と題する社説を掲載した。
この中で、ケリー氏の平和記念公園訪問について「それなりに意味があることだ」「オバマ大統領の主導で推進中の非核化運動が本格化した状況であり、今回の訪問はなおさら意味深いようだ」と指摘した。
一方で、「日帝の侵略に苦しんだ韓国としては懸念される点が少なくない。何よりの今回の訪問が日帝の過ちを希釈させ、日本が加害者ではなく被害国という誤ったメッセージを与えないか心配になる」との見解を示した。
「オバマ氏の広島訪問は時期尚早」と論評
さらに「東アジア全体の目で見ると、いま米大統領が広島に行くのは時期尚早だ。まず日本は韓国や中国など被害国から完全に許しを受けたわけではない。被害国が心を開けないのは、日本政府が心から過去の過ちを反省していないとみるからだ」と指摘した。
朝鮮日報も日本語版で「オバマ大統領が広島に行ってはならない理由」と題するコラムを掲載した。その中で「オバマ大統領の広島訪問は、日本が被害者だとい う印象を与えるもので、まだ反省と謝罪が終わっていないアジアの加害国だという事実を覆い隠す結果につながる可能性がある」「北東アジアの歴史的感情を十 分に考慮しないまま踏み出すオバマ大統領の一歩は、かえって混乱ばかり引き起こすかもしれない」とした。
中韓は日米の和解が気に入らない?
安倍晋三首相は2015年4月、日本の首相として初めて米連邦議会上下両院の合同会議で行った演説で、先の大戦に対する「痛切な反省」を表明する一方、日 米同盟を「希望の同盟」と位置づけ、両国が協力関係をさらに深め、国際社会に貢献していくよう呼びかけた。安倍首相の演説からほぼ1年後となる伊勢志摩サ ミットにあわせて、オバマ氏の広島訪問が実現すれば、日米和解の印象は国際社会でより強まる。
こうしてみると、南京事件や慰安婦問題など で「歴史戦」を日本に仕掛けてきた中国と韓国双方に共通している「オバマ氏の広島訪問」に関する視点は、かつて太平洋を主戦場に死闘を繰り広げた日米の和 解がより深化してしまい、歴史問題をてこに展開してきた「日本たたき」が通用しなくなってしまうという懸念だといえそうだ。