丸井やマルコメが独自アニメでCMを打つ理由

仕事、趣味、恋愛、家族――。誰しもが向き合い、悩み、苦しみ、そして頑張るテーマだ。社会人10年目の女性「平倉まり」を主人公にそれぞれのテーマが映像として描かれ、日常生活の奮闘から小さな幸せを発見する。

丸井グループの企業アニメCMが話題に

そんなアニメがこの春から夏にかけてちょっとした話題となった。少女漫画寄りの華やかなテイストで、有名声優も起用した作品だ。といっても映画やテレビ番組のシリーズではない。それぞれの長さは数十秒。ファッションビルなどを展開する丸井グループが、「猫がくれたまぁるいしあわせ」のタイトルで、今年5月から順次仕掛けてきた企業アニメCMである。

「マルイがアニメCM?」「絵がキレイ!」「声優陣が豪華!」――。テレビCMとしても放映されたこともあり、ネット上ではこのような反響を呼んだ。これまでに第1~4話、ダイジェスト編が公開されており、YouTube上でも見ることができる。第1話の再生回数は2017年9月末時点で8.5万回を超えている。

 

「年齢・国籍問わず、丸井グループの理念をわかりやすく伝えるには、オリジナルアニメが最適だと思いました」

丸井グループの青木正久・アニメ事業部長は言う。丸井はもともと、有名キャラクターを使った版権アニメとのコラボレーション企画を積極的に行っている。今回は主要ターゲット層である若い女性へのアピールを狙って、オリジナルアニメを制作した。今後も自社のセール企画などに合わせてこうした施策を打ち出していくという。

有名作品やキャラクターを使わず、オリジナルアニメCMによって、企業の商品やサービスなどを宣伝・プロモーションするという新しい流れが生まれている。最近ではマルコメ、野村不動産、日本マクドナルドホールディングスなどの企業が打ち出している。

マルコメは2014年から主力商品「料亭の味」のプロモーションとしてオリジナルアニメCMを制作。2017年9月までに5話が制作され、いずれも好評を博している。もともとは商品発表会用だったが好評だったため、テレビでの放映が決定した。

 

新社会人になった息子と母を描いた第1弾「母と息子篇」はYouTubeで110万回以上再生され、受験勉強をする娘と父を描いた第3弾の「夜食篇」は受験の時期に重なったこともあって、200万回以上再生された。

「味噌には日本人が古くから培ってきた温かさが詰まっているのがわれわれの想い。それを表現できる方法として、オリジナルアニメーションが活用できるのではないかと考えました」。マルコメの広報担当者は言う。

アニメを見て育った世代が大人になったことで、アニメは「子どもの娯楽」から「全世代に訴求できるコンテンツ」へと変化した。宣伝・プロモーション手法としての有効性が増している。ただ、その中でもオリジナルアニメCMが登場している背景には、大きく4つの理由がある。

オリジナルアニメCMが登場している理由

まず、「生身の有名人」を使う企業広告のリスクが大きくなっていることだ。スマホの爆発的な普及で、インターネットが日常に溶け込み、ニュースサイトやSNSを介して、さまざまな情報が世の中に行き渡るようになった。

誰もが情報発信できるようになり、タレントとユーザーの距離が近くなった結果、ちょっとした失言やスキャンダルをきっかけに批判の嵐を浴び、イメージダウンが起こりやすくなった。不倫をはじめとするスキャンダルに限らず、熱愛、結婚、妊娠などの発覚さえも、時と場合によっては企業イメージを左右しかねない。行き過ぎなケースもよく見られるが、神経を尖らせるスポンサーも少なくない。その結果、イメージキャラクターを降板させたり、広告を自粛したりすることもある。

かつて世の中に情報を発信できる媒体が限られていた時代は、一定期間自粛すればだいたいのトラブルやイメージダウンの影響は収まっていった。ところが、今はひとたびコトが起これば、過去の行動・言動も含めて徹底的に洗い出され、ネガティブな情報として広がる。

インターネット上には長期間情報が残り続けるため、マイナスイメージを覆すのは容易ではない。スキャンダルとまでいかずとも、SNSへ発信した言動がもとで炎上が起こることがあり、これもイメージダウンやマイナスイメージの固定化につながってしまう。タレントの評判、イメージは企業側ではコントロールできない。多額の製作資金をかけて作った広告が炎上で台無しになるリスクは、以前に比べてはるかに高まっている。

そんな「生身の有名人を使うリスク」を解消できるのがアニメキャラクターだ。炎上やスキャンダル、トラブルのリスクがない。過去を掘り返そうにも過去がなく、うっかり失言をすることもない。

自由度が高くイメージどおりの表現ができる

2つ目の理由は「自由度の高さ」だ。今までのCMにあった有名人や既存アニメとすり合わせを行うことなく、「イメージどおりの登場人物」「イメージどおりの動き」「イメージどおりのシーン」などをつくり出せる。美麗な景色や独特な構図、ファンタスティックな描写も盛り込みやすく、オリジナリティあふれる表現が可能だ。

3つ目は既存のアニメ作品に頼ることのリスクだ。現在放映されているアニメCMの多くは既存作品とのコラボであり、著作権の問題が生じるほか、訴求力が原作アニメの人気に左右されてしまう。このため、人気アニメにコラボ依頼が殺到し、結果的に差別化しにくくなるという事態が生じている。人気の移り変わりもあり、コラボCMの寿命もそれほど長くはない。

4つ目は、アニメキャラクターは年を取らず、体調の影響も受けないことだ。生身のタレントは生きている以上、必ず年齢を重ねるし、病気になることも、鬼籍に入ることもある。しかし、アニメキャラクターは制作側が意図しない限り成長せず、一定のイメージを保つことができる。

ドラえもん(1973年放映開始)やアンパンマン(1988年アニメ放映開始)は、放映開始から30~40年もの間、基本的な姿を変えなくても第一線を走り続けている。CM制作側から見て、アニメキャラはローリスクで思いどおりのイメージをつくり出す「理想のタレント」になりえる可能性を秘めているといえるだろう。

オリジナルアニメCMの広がりにはアニメ業界の期待がかかる。ビジネスチャンスをにらんでいるのが、デジタルコンテンツ制作会社のジーアングル(本社・東京都渋谷区)だ。今春から、テレビや劇場用のアニメと同じ手法でつくる高品質なアニメを一般企業向けに制作するサービスを展開。企業PRを支援している。アニメCMをつくっている会社としては、業界からはスタジオコロリド(同世田谷区)、スタジオよんどしい(同武蔵野市)などの名前も挙がる。

「テレビ番組作品よりも尺が短く、毎週の放映に追われることなくじっくり取り組めるため、クオリティが高いものをつくりやすい環境が整っています。アニメ制作現場は縦社会の要素が強いのですが、アニメCM市場は始まったばかり。若いアニメーターにとってもチャンスの宝庫になりえます」。ジーアングルでアニメ制作を担当する平田創己さんは言う。

作り手に厳しい環境

アニメ業界はつくり手には厳しい環境だ。日本アニメーター・演出協会が2015年に発表した、「アニメーション制作者実態調査報告書」によると、アニメーターの平均年収は332.8万円。民間給与所得者の平均に比べて2割ほど低い。年収が200万円以下の人が27%にも達する。アニメ映画のヒットなどで潤っているように見えるが実態は厳しく、新たな収益源の確保はアニメ業界全体の課題である。

一方で、業界全体で十分なアニメCMの供給できる体制は整っていない。アニメCMは自由度が高い分、世界観の表現が命。実写CMに比べて製作時間がかかるうえ、より目的にかなったアニメCMをつくるには、ストーリーから絵柄の選定、声優の起用までトータルで行えるレベルの高い制作会社が必要だ。ただし、現在は既存アニメ会社が本業の傍らに行っているケースが多い。

丸井やマルコメのアニメーションCMの評判を見ても、アニメーションCMは単なる「宣伝」にとどまらず、「映像作品」として捉えられ、評価されている側面があることがわかる。アニメ業界の新たな稼ぎの場を増やしていく意味でも、この萌芽を育てていく取り組みが欠かせない。

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