乗客が一人もいないのに大繁盛の空港

スペインのバレンシアから北東の方向を内陸に140km進んだところに人口3万5000人のテルエル市がある。テルエルはスペインの基幹産業の発展の為の対象都市から外れた都市である。そこに340ヘクタールの面積を持った乗客のいないテルエル空港がある。

6年前から機能しているこの空港が大変繁盛しているというのである。

乗客が一人もいないのに、なぜこの空港が繁盛しているのか? それをお話するのには、2人の「ロケットボーイズ」の存在を語る必要があるだろう。

◆小型衛星打ち上げを夢見た2人の青年

2011年、大学を卒業したばかりのラウル・ベルドゥーとラウル・トッレスの2人は、「PLDスペース」という会社を起ち上げ、将来の小型衛星の打ち上げ基地の建設を夢みてその場所を探していた。大学を出たばかりの2人だ、「小型衛星を打ち上げられるための土地を探している」と言って尋ね歩いても誰も相手にしてくれなかったという。むしろ、この2人は頭がおかしいのではないかと嘲笑されることも少なくなかった。その証拠に、この2人からその為の土地を探していると尋ねられたひとりは、「俺もまだ見つけていないよ」といって小ばかにしたような態度で言葉を返してきたそうだ。(参照:「El Independiente」)

その当時は折りしも、スペインは空港建設ブームが席巻しており、各自治体が中心になって採算性について事前の十分な調査もなく空港の建設に踏み切っていた。

そのような空港建設ブームに乗って、テルエル空港も自治体(州と市)が4000万ユーロ(54億円)の資本を投じて空港の建設を行ったものであった。陸の孤島的な存在のテルエルを発展させる為に空港を作ってスペインの主要都市と結ぶ策を考えたわけである。しかし、人口3万5000人の都市の空港が採算ベースに乗ることなど不可能であるというのは自明のこと。それでも企業経営の感性に欠ける自治体は空港の建設に乗り出したのであった。(参照:「El Independiente」)

スペインでは年間で最低10万人の利用客が見込まれない場合は採算ベースに乗らないとされている。テルエルは近郊の町の人口を加えても10万人には及ばない。しかも、このような空港に飛行機を離着陸させることに関心を示す航空会社は皆無だった。

例えば、バレンシア州のカステリョン空港のように、バレンシア空港から僅か60kmしか離れていない場所に1億5000万ユーロ(202億円)を投じて空港を建設したが、2011年にターミナルが完成した時ですら、まだ乗り入れる飛行機は存在しなかった。最初の飛行機が離陸したのはなんと2015年であったが、乗客はまばら。結局、航空会社は乗り入れに関心を失い、飛行機の存在しない空港となってしまった。この空港建設の推進者だったカステリョン県議会の議長ファブラは、正式なオープニングの時に「市民はいつでも訪問できる。散歩もできる。飛行機が離着陸していたらそれも出来ない」と皮肉たっぷりにセレモニーで述べたというエピソードもある。(参照:「El Pais」)

この空港建設ブームの結果、スペインでは空港の数は52を数えるまでになった。しかし、現在も採算ベースに乗っているのはマドリードやバルセロナなど8つの空港だけである。(参照:「El Confidencial」)

つまり、建設ブームに乗って建設された空港は、どこも採算の取れない空港になったのだが、テルエル空港も例外ではなかった。

しかし、そんなテルエル空港のことを耳にし、関心を持ったのが前出の2人の青年であった。

◆空港建設バブルの残滓の再利用アイデアが大成功

将来の小型衛星の打ち上げ基地の建設を夢みて土地を探していた大学を出たばかりのラウル・ベルドゥーとラウル・トッレスは、将来この空港から小型衛星を打ち上げるには最適だと考えたのだ。特に、上空は晴天の日が多いのはその為の条件として最適だ。

そして彼らは賢明なことに、夢の実現に至るまでの当面の採算性を考えた。そこで、2人にアイディアとして浮かんだのが空港を飛行機の駐機場にするというプランであった。

つまり、この空港、飛行機の駐機場と修理そして解体を専門にしている空港なのである。

このアイディアが見事に成功して、僅か5年でテルエル空港は現在駐機場、飛行機の解体、パイロット養成の実習場、コマーシャル・スポットの撮影、無人飛行機ドローンの試験場など多目的に利用されるようになったのである。

駐機場として、現在スペインを始め、米国、ロシア、アラブ首長国連邦の飛行機が駐機しているという。その数は80機。250機まで駐機できるスペースをもっている。(参照:「El Independiente」)

駐機料金は一般の空港でのそれと比較して6割安価に収まるという。例えば、昨年1月から3月までの飛行機の離着数は1609本で、その前年同期と比較して631%の伸びだったそうだ。

飛行機はボーイング747、エアーバス330、プライベートジェット、ヘリコプターなどが駐機しているという。航空会社も長期間飛ばす必要のない機材はベースとしている空港で駐機させておくよりもテルエル空港で駐機させておいた方が経済的だということなのである。(参照:「ABC」)

2年前にはロシアから40機の到着があったという。理由はその所有者であった航空会社が倒産して、営業権を失う前に機材をこの空港に持って来たというわけだ。

2月には25台の自動車が到着し、車のコマーシャル・スポットの撮影となったそうだ。

また、解体についても、この先20年で12000機の解体需要がヨーロッパで見込まれており、彼らの仕事はこの先も充分に保障されている。

昨年は作業として4200作業をこなし、今年は5000作業をこなすことが見込まれているという。(参照:「Heraldo」)

◆人工衛星打ち上げの夢も実現間近に

ハーバービジネスオンライン: photo by Aeropuerto de Teruel © HARBOR BUSINESS Online 提供 photo by Aeropuerto de Teruel

いまでは、従業員は200人を数えるまでになり、その内の3分の1はエンジニアだという。また、飛行機の座席の張替え作業の為の職人の需要もある。外部からの訪問客の宿泊でホテル需要もあるほどに成長した。(参照:「El Independiente」)

空港事業の成長に伴い、2人の発案者の夢もついに実現することになるのも間近となっている。ナバラ大学の航空工学の協力も得て、来年小型衛星を打ち上げる予定になっているそうだ。テルエルの上空は常に空が澄み切った日が多く衛生の打ち上げにももってこい場所だとされている。

乗客相手の商売ではなく、飛行機を相手の商売にするという少し発想を変えただけであった。これからも機材が増える傾向にある中で、駐機場というのはこれから益々必要となってくるのである。

<文/白石和幸>

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。

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