事実!日本人の「買物欲」は衰えていなかった

「モノが売れない時代になった」。そんな言葉を耳にするようになったのは、いつからだろう。

生活必需品は多くの家庭に行きわたっている。将来に対する不安があるから、余分なおカネは貯金する。しかもこれから働いておカネを持つのは「さとり世代」 だし、最近では「ミニマリスト」がブームになりモノを持たない生活がもてはやされたりもしている。そうやって人の物欲自体が薄れているから、モノが売れな いのは仕方ない──。

いや、ちょっと待ってほしい。現代の人々は本当に「買物欲」を失ってしまったのだろうか。

総務省の「社会生活時間調査」の結果を見ると、この35年ほどの間に人々の買い物時間は、むしろ右肩上がりに増えてきた。1976年と2011年の買い物時間を比較すると、平日で1.2倍、日曜では1.7倍も増加している。

さらに、博報堂生活総合研究所が実施している「生活定点調査」では、「今、どうしても欲しいモノがこれといって思いあたらない」と考える人の割合は、 2004年から2014年まで約35%前後と、ほぼ一定の水準を保っている。つまりこの10年ほどの間、「欲しいモノがない」という人が特に増えたわけで はないのだ。

人々が買い物に費やす時間は増えているし、「欲しいモノがない」という人の数も変わらない。では、なぜこうも「モノが売れない時代だ」と言われるのだろうか。

その原因の一つは、間違いなく「情報爆発」にあるだろう。

昨今、世の中に流通する情報量は劇的に増加した。2005年から2014年までの9年間で、国内に流通するデータの量は10倍近くに増えたと言われてい る。2010年代からのスマートフォンの普及が情報爆発を加速させ、いまや生活者はつねに情報のシャワーを浴びていると言っても過言ではない。

普段、フェイスブックなどのSNSを使っている中でも、この「情報爆発」という感覚を経験している人は少なくないだろう。タイムラインにはフォローしている友人の投稿が次々に表示される。そのすべてに興味を持って接している人はまれであるはずだ。

膨大なのは情報だけでなく、身の回りの商品数も「爆発」している。たとえば、コンビニに行ってペットボトルのお茶を買うとしよう。ほんの数十秒の買い物を するために棚を見た時、その人の目に飛び込む飲料アイテムの数は実に平均79.6個にも上る(博報堂買物研究所調べ)。

1つの商品を買うのに約80個の商品情報に接するということは、購入する商品以外の79個は、結果的に「視界には入ったけれど、自分には関係ない商品」と いうことになる。おそらく多くの人は、自分が手に取ったお茶以外にどのような商品が棚にあったか、詳しく思い出すことすらできないだろう。つまり、自分に 関係のない商品は「流している」ということだ。

このように情報や商品数が増え続ける中、生活者の「スルーする力」が高まっている。今年2月に実施した調査では、「自分に関係ないと思った情報は、無視したり放置することが多いか?」という質問に対し81.8%の人が「あてはまる」と答えた。

買物欲は、決してなくなったわけではない。ただ、ある商品を「欲しい」と思っても、大量の情報と商品数の前でその欲求を十分に吟味することが出来ない。そして、その欲求は大きく育つ前に日々更新される情報に飲み込まれ、いつのまにか流され、忘れられてしまう。

いまは「買物欲が薄れている」時代なのではない。「買物欲が購買に結び付かず、流れる」時代なのである。

この現象を、買物研究所では「欲求流去(よっきゅうりゅうきょ)」と名付けた。この「欲求流去」という現象の実態を詳しく把握するため、私たちは2016年2月に全国の20~60代の男女・計2063人を対象にした「欲求流去実態調査」を実施している。

これは「この半年間を振り返り、ある商品を“欲しい”と思ったにも関わらず、いつの間にかそのことを忘れてしまったり、欲しいという気持ちをなくしてし まった経験はありますか?」という質問をきっかけに、「買い物意識」「情報意識」「欲求流去のプロセス」を明らかにするものだ。

その結果、この半年間で「欲求流去」を経験した生活者は75.1%に上った。そのうち約7割が「この1~2年で欲求流去する経験が増加している」と回答。近年の情報増加の中、欲求流去経験も高まっていることがわかった。

では、どんな人が欲求流去を経験しているのか。経験者を性・年代別で見ると、20代女性がやや多いほかは、どの年代の人も、おおむね7割から8割の人が「この半年以内に欲求流去を経験している」と回答しており、性年代別に大きな差は見られなかった。

情報増加によって「欲求流去」に拍車がかかったのだから、スマートフォンやSNSの利用時間と相関があるのか。その点も分析してみたが、スマートフォン、 SNS、メッセージアプリの使用有無、使用歴に関わらず、欲求流去を経験した人の率はいずれも7割以上と高水準なのである。

全年代、全国民的に起きていることがわかってきた「欲求流去」。この現象とどう向き合っていけばいいのかを探るべく、次回は「欲求が流れがちなタイミング」をキーワードに、考察を掘り下げていきたい。

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