今の為替水準は、円安とはいえない 1ドル=105円以上の円安が進んでも驚かない-

2013年、日本のマーケットでは、大幅な株高とともに円安(円高修正)が大きく進んだ。アベノミクスの「第一の矢」である金融緩和強化により、20年弱にわたる長期停滞から日本経済が抜け出す「歴史的な転換点の年」だった、と筆者は考えている。
一方、「マネーを刷るだけの金融緩和強化」によって、株高など金融市場が一時的に盛り上がったたけで、「日本が抱えるさまざま問題は、解決につながらない」と、アベノミクスに対して懐疑的な考えの方も多いようだ。
■アベノミクス=円安政策=通貨価値の堕落?
この12月に入ってから、ドル円相場は1ドル=104円台まで円安が進み、為替市場で5年ぶりの円安ドル高となっている。いまや、1ドル=110円以上の円安論も珍しくなくなってきたし、実現する可能性も少なくないといえる。だが、この1年あまりで20円以上円安に動いた為替市場の動きについて、アベノミクスへの疑念を持つ方は、「自国の通貨価値を堕落させる筋が悪い策」と、嫌悪感を抱いているかもしれない。
また、アベノミクスとは関係なく、例えば外交上の視点で、「円安で、日本の国的社会におけるが地位が低下してしまう」と懸念する方もいるかもしれない。あるいは、「日本人が海外旅行に出掛けた際は、円ベースでの支払が多くなり、円安によって余計な出費を強いられる」と不満を感じている方も多いのではないだろうか。
もちろん、「強い通貨価値」を維持するのは、いくつかの観点から望ましい面がある。ただ、通貨価値である為替レートは、経済環境や国民の生活にも大きな影響を及ぼす。
■デフレでは働く機会が減り、失業者や低所得者増に
1990年代半ば以降、日本が陥ったデフレと低成長という未曽有の経済問題と、為替レートは密接にかかわっている。1990年代から日本においては、円が「強く評価され過ぎていた」ことで、経済状況は悪化し、弊害が深刻になったのである。
デフレとは、前回も触れたように、モノやサービス、そしてヒトの価格である給料を含めて、一般物価全般が下がり続ける事象である。「ヒトの働く価値」を反映する賃金も下がっている状況だ。
賃金はいろいろな要因で決まるが、「労働市場」における需給バランスで動く面が大きい。人手不足が続けば賃金が上がるし、逆に人が余っていれば賃金が下がる、というシンプルな理屈だ。高齢化の進展などで、日本の現役世代の人口は減り始めているが、それ以上に、働く場所(企業の労働需要)が減ってきた。デフレの最大の害悪は、働く機会が減り、失業者や低所得者が増え、国民生活が豊かにならないことである。
日本で、過去約20年にわたって働く場所が不足していた理由には、複数の要因があるが、先に挙げた「通貨(円)が強く評価され過ぎた」悪影響がかなり大きかった。代表例は、輸出によって売上を稼いでいる日本の製造業である。不相応に高い通貨になると、海外企業との価格競争力で大きなハンデを負う。海外へ進出している企業にとって、ドルなど外貨建ての売上げや利益も,円高になり過ぎると目減りする。海外で儲ける日本企業は円高で大きなダメージを負い、それらの企業に雇われる雇用は、余剰になってしまう。
海外で稼ぐ企業だけではない。実は、多くの国内企業も円高でダメージをうける。円高が行き過ぎる状況が続くと、輸入価格が低下し、食品・衣料・家電などモノの分野で輸入品が優位になる。だから、同様の製品を作る国内企業は苦しくなる。
通貨高でダメージを受けるのは、モノを作る製造業だけではない。東京オリンピック開催で注目されている観光産業は、先進国にとって有望な成長産業である。ただ、通貨高が行き過ぎると、日本人にとって海外旅行は魅力的になるが、国内観光業が相対的に割高になってしまう。
この12月に訪日外国人が初めて年間1000万人を突破したが、強すぎる円は、本来極めて魅力的な観光地であるはずの日本を訪れる外国人の障害になっていた。当然のことながら、本来は雇用創出効果が期待できる観光などの国内産業が生み出す雇用機会さえ、この間抑制されてたのだ。
こうしてみてくると、「強い通貨は望ましい」という議論は、一般論では正しいが、それは経済状況が正常であれば当てはまる話であるということがわかる。
デフレと総需要不足が続いた日本では、通貨高が労働市場と経済環境を悪化させ、デフレを強めるという悪循環のメカニズムが強く働いた。1990年代後半以降ほとんどの期間で、通貨が強く評価され過ぎたことで、民間企業で働く多数の若年層を中心とした日本人が、賃金減少や就職難で苦境を強いられた。
望ましいはずの通貨高で、日本人全体でみれば、実は貧しくなっていたのである。確かに円高なら割安な海外旅行を楽しめる反面、多くの日本人がその弊害に苦しんでいた。
冒頭で述べたように、アベノミクスの発動で、この1年で円安が大きく進んだ。それは通貨堕落などではなく、強すぎた円が「適正水準」に戻っただけなのである。今後、円が適正水準で推移することで、多くの日本企業は価格競争力を取戻すだろう。そして、2014年以降、脱デフレとともに日本経済は長期停滞から抜け出し、財政赤字など多くの経済問題も改善に向かっていくはずだ。

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