政府の緊急事態宣言が長引く中、外出自粛や休業要請に応じていないとしてインターネット上で個人情報をさらしたり、店舗に苦情を申し立てたりする動きが目立っている。会員制交流サイト(SNS)では「自粛警察(ポリス)」と呼ばれ、多くは正義感に基づくとみられるが、人権侵害や刑事事件に発展するケースも。生活を一変させた新型コロナウイルスへの不安が背景にある。
熊本市の30代男性会社員は、大型連休中にどうしても外せない仕事があり、熊本ナンバーの車で福岡市に行った。職場の駐車場に車を止め、事務所で仕事中、たまたま換気のために事務所の窓を開けると、駐車場の外から男性の車を撮影する人影が見えたという。
その後、気になってSNSを検索すると、ナンバーの写真や番号とともに「外出自粛中なのに遊んでいる」と投稿されていた。男性は「わざわざ外出して“他県ナンバー狩り”をしている。個人の事情も知らず、『自粛してない』と言われるのはおかしい」と憤る。
「なぜ休業しないのか」。福岡県内のある銭湯には4月下旬以降、苦情や嫌がらせの電話が十数回かかってきた。銭湯など公衆浴場は県の休業要請の対象には含まれていない。従業員は「正義感からかもしれないが、客や従業員に危害が及ばないか不安だ」と話す。
こうした動きは全国各地で起きている。休業要請に応じないパチンコ店の店名が福岡県などで公表されると、SNSを通じて店や来店客に対する誹謗(ひぼう)中傷が広がった。
福岡県警によると、「昼間に子どもの声がうるさい」「自粛中なのに遊んでいる」といった通報が相次いでいるという。パトカーが出動したこともある。
「子どもを外で遊ばせるな」。県内のある家庭の郵便受けには、そんな趣旨の紙が投げ込まれていた。子どもに危害を加えるような言葉も書かれていた。
小学生と未就学児の子どもがいる福岡市の女性は言う。「誰もいない公園で、時間を決めて子どもを遊ばせていても、非難してくる人がいるんです」
感染不安…他人にぶつけてカタルシス
休業要請の有無にかかわらず営業する店舗を非難したり、外出する人々をインターネット上で“告発”したり-。会員制交流サイト(SNS)で「自粛警察(ポリス)」と呼ばれる動きによって、人権侵害につながるケースも生じている。
長野県警は4月、感染者の勤務先として無関係の会社名を挙げるデマをネットの掲示板に書き込んだとして、名誉毀損(きそん)の疑いで50代男性を書類送検した。九州でも感染者との関連を指摘する不確かな情報が拡散し、風評被害にさらされた店舗がある。
苦情を申し立てたり、ネットに投稿したりする人たちはどんな気持ちなのか。話を聞くと、必ずしも際立った悪意があるわけではないようだ。
本紙「あなたの特命取材班」に「銭湯の営業を自粛してほしい」との声を寄せた北九州市の50代女性は、介護現場で働く。重症化しやすい高齢者と接触する仕事。自らと相手双方に感染リスクがあり、毎日が戦々恐々という。「のんきにお湯に漬かってる人のモラルを信じられないんです」
福岡市城南区の40代女性は、毎日のように自宅前の道路で遊んでいる親子連れに困惑しているという。女性は学校に相談したが「目に余るようなら警察に通報して」と告げられた。女性は「ずっと家の中で我慢している人もいることを分かってほしい。努力を無駄にしないで」と訴える。
自粛とは「自分で自分の行いをつつしむこと」(広辞苑)。捉え方は人それぞれであり、感染への恐怖におびえ、それぞれが思い悩んでいる。正義感に基づき、自粛を促す「声の掛け合い」が時に過剰になり、一部の“暴走”につながっている可能性がある。
「欧米でのアジア人差別と共通」
「不安や不満を抱える人たちが、モヤモヤした感情をぶつけてカタルシスを得ている。欧米におけるアジア人差別にも共通する」
災害時の心理や情報伝達について研究する東京大大学院の関谷直也准教授(社会心理学)はこう分析した上で、行政の責任も指摘する。「感染症拡大防止のために“家にいろ、移動するな”という事実上の勧告、指示をしているのに自粛という言い方をしたのが間違いだった」
罰則付きの強制力をもった都市封鎖に踏み切った欧米と異なり、日本はあくまで自粛、要請を呼び掛けるやり方だ。その際、行政が事実上頼っているのが、世間の目。関谷准教授は「パチンコ店の店名を公表し、市民から店が非難されることで営業をやめるという社会的圧力に行政が期待しており、結果的に非難を助長している」とみる。
関谷准教授が懸念するのは、自粛警察と呼ばれる動きを許容する空気が広がりつつある点だ。「誰にも感染する可能性はあり、個人の責任に帰してはいけない。個人攻撃をしないように市民一人一人が自覚するしかありません」