任天堂がスマホ参入決断した理由

1983年にゲーム専用機「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)を発売して以降、自社のゲーム専用機向けのソフト開発にこだわり続けてきた任 天堂の岩田聡社長が、大きな方針転換に踏み切った。ソーシャルゲーム大手、ディー・エヌ・エー(DeNA)と資本業務提携し、スマートフォン向けゲームの 共同開発・運営や、会員制サービスに乗り出す。任天堂は、新しいゲーム専用機「NX(仮称)」を開発していることも明らかにした。32年目の方針転換に は、スマホゲームでファンを開拓し、ゲーム専用機に“還流”させようという狙いがある。

「きょうの時点で『遅い』というのはご意見であって、それが真実かどうかは数年後のアウトプットで判断されるものだ」。3月17日に開かれた資本 業務提携の発表会見。スマホゲームへの参入について、「遅かったのではないか」という質問に対し、冷静沈着な岩田社長が少しだけ気色ばんだ。

ここ数年、スマホゲーム市場の拡大と任天堂の業績不振が対照的となり、アナリストらはスマホ参入の必要性を指摘してきた。任天堂が説明会などで参入の見送りを表明するたび、市場は株価の下落を通じて岩田社長に方針転換を促してきた。

岩田社長がスマホ参入に否定的だったのは、「マリオ」などのキャラクターを含む任天堂の知的財産が毀損(きそん)される可能性を考慮してきたからだ。業績不振で「やむなくスマホに乗り出した」と受け取られかねない見方は、岩田社長にとって容認できないものだったようだ。

岩田社長の主張によると、スマホはすでに競争が激化しており、任天堂といえども失敗のリスクがある。また、これまで自社のゲーム専用機向けソフト を開発してきたスタッフをスマホに割くことになれば、“共倒れ”の懸念すらあり、参入しないことが得策とみていた。それでも、任天堂がスマホ参入を決断し たのは「(DeNAとの協業という)答えが見つかったから」(岩田社長)だ。

スマホゲームは、売って終わりという従来のゲームソフトとは異なり、会員制サービスの運営という側面が強い。携帯電話のゲームで成功したDeNA にはそのノウハウが蓄積されている。在庫のリスクがないスマホゲームは、利用者が増えるほど大きな収益につながるビジネスだ。両社はファミコンだけでな く、パソコン、スマホ、タブレットなどの多様なデバイスに対応した新たな基幹システムを構築し、これを用いた会員制サービスを今年秋から始める。

両社の発表を受け、市場は岩田社長の方針転換を歓迎した。野村証券は、任天堂の2017年3月期の営業利益予想を従来の98億円から378億円に 上方修正。SMBC日興証券の前田栄二シニアアナリストは「歴史的な転換点」と高く評価した。任天堂の株価は発表翌々日の3月19日に一時、2万785円 の昨年来高値をつけた。

ただ、任天堂のファミコンは、ゲーム文化の代名詞として世界に知られるブランドだ。任天堂がゲーム専用機を捨てて、全面的にスマホなどに軸足を移 すわけではない。岩田社長は会見で、「誤解しないでほしい」と繰り返した。あくまで中心は自社のゲーム専用機販売とソフト提供を一体的に行う従来のビジネ スだと強調したうえで、スマホゲームをゲーム専用機と潜在顧客をつなぐ“懸け橋”に例えた。

「マリオ×スマホ」で復活を懸ける任天堂だが、ゲーム業界ならではの難しさもある。人気ソフトを誕生させることができずにゲーム専用機が売れず、 ソフト販売も不振に陥るという悪循環を経験した。据え置き型ゲーム機でみると、2006年に発売した「Wii(ウィー)」は大ヒットしたが、その前後に投 入した「ゲームキューブ」「Wii U(ウィー・ユー)」は伸び悩んだ。市場関係者は「ホームランを打つが、三振も多い」と、戦略の当たり外れの大きさを 指摘する。

また、スマホゲームのほとんどは、デバイスさえあれば無料ででき、ゲーム内で使える道具(アイテム)などを購入させる手法が一般的だ。任天堂の ゲームが、こうした手法に最適化できるかも課題といえる。スマホ参入を契機に専用機ビジネスの再生に成功し、任天堂はかつての勢いを取り戻すことができる か。再び軌道修正を余儀なくされれば、経営の根幹を揺るがしかねない。(高橋寛次)

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