2018年6月29日、働き方改革関連法が国会で可決された。森友加計問題、財務省のセクハラ問題などで揺れるなか、会期を延長してようやく成立したこの法律は、残業の上限規制の強化、高度プロフェッショナル制度(日本型ホワイトカラー・エグゼンプション)の導入、いわゆる同一労働同一賃金に関する規定の整備など、世間の注目を集める改正を含んでいた。確かに、この「働き方改革」によって、これまでより働きやすい環境が生じるかもしれない。
一方、政府が働き方改革関連法の準備を進めていた17年秋、日本人の今後の働き方を象徴するようなニュースも報道されていた。三大メガバンクが、次々と業務量の削減を発表したのだ。みずほが1万9000人、三菱UFJが9500人、三井住友が4000人分の業務を減らす、というものだ。これに符合するように、新卒採用を3割程度絞りこむという報道もなされた。学生は敏感に反応し、就職活動(就活)の人気ランキングで、銀行は順位を大きく下げた。
●ビル・ゲイツ「銀行機能は必要だが、銀行は必要ではない」
ビル・ゲイツは、1990年代半ばにすでに「銀行機能(banking)は必要だが、銀行(bank)は必要ではない」と述べていたが、金融(ファイナンス)と技術(テクノロジー)を融合させたフィンテックの急速な発達は、毎年1000人以上の採用を続けてきたメガバンクが、そう遠くない先に、大規模なリストラをせざるを得なくなることを、十分に予想させるものだった。
実際、ビットコインなどの仮想通貨(暗号通貨)やネットを通じて直接、出資を募るクラウドファンディングの台頭は、銀行を介さない決済や融資の広がりを意味していた。世界では、銀行口座をもたない人が17億人(17年の世界銀行のデータ)に達しているとされ、日本でも、銀行口座をもたない外国人を想定して、給料を電子マネーでスマートフォンに振込む方式の適法化が検討されようとしている。決済、融資、預金という銀行の三大機能に翳(かげ)りが見え始めているのだ。しかも、銀行内の業務も、定型的な作業は、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)という事務系ロボットに置き換わろうとしている。融資の判断も、いまやAI(人工知能)の業務だ。人間のやることは確実に減りつつある。
●孫正義「ロボットを24時間動かせば人間の3倍働く」
技術革新が、ビジネスモデルを変えたり、人間の業務を奪ったりするのは、銀行だけの話ではない。多くの産業にいま起きているのは、あらゆるモノやコトに関する情報をデジタルデータ(数字)に置き換え、コンピュータで処理可能なものとする「デジタライゼーション」だ。とくにIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の発達やセンサーの精度の向上により、大量のデジタルデータ(ビッグデータ)が収集され、それをAIが分析し、そこから、これまでとはまったく違うビジネスモデルが構築されようとしているのだ。
新たなビジネスは、国境のないネット社会のなかで、グローバルに展開し世界を席巻する。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など、私たちの現在の生活になじみのある企業は、デジタル技術を駆使して短期間で躍進した。産業界に広がりつつあるこうした動きは「第4次産業革命」と呼ぶにふさわしいものだ(この言葉は、11年頃からドイツ政府が推進し始めた「Industrie 4.0」に由来する)。
ただ、産業革命というと気になるのは雇用への影響だ。18世紀後半に起きた「第1次産業革命」は繊維産業の職人の仕事を奪ったために、「ラッダイト運動(機械打ち壊し運動)」が起きた。「第4次産業革命」にも、同じようなことが起こる懸念はある。実際、すでにデジタルデータとAIやロボットの融合により、多くの人間の定型的な業務が奪われるという分析結果が公表されている。
オックスフォード大学の研究者が、13年に米国の雇用の約47%がデジタル化により危険にさらされているという報告書を発表し(ただし、コンサルティング会社のマッキンゼーの報告書では、3割以上の業務内容が自動化される職業は約60%として数字はやや控え目になっている)、15年12月に野村総合研究所が、日本の労働人口の49%がAIやロボットなどで代替可能になるとプレスリリースしたことから、マスメディアは「AIは敵か味方か?」というテーマをこぞって取り上げてきた。
もっとも、AIやロボットの活用には、労働力不足への対処という面があることも看過してはならない。現在の日本社会の抱える最も深刻な問題の一つは、労働力不足だ。国立社会保障・人口問題研究所が17年7月に発表した推計結果(出生中位・死亡中位)によると、15歳から64歳の生産年齢人口は、15年時点で約7728万人だが、これが2065年には約4529万人にまで減少する。つまり今後約50年間で4割以上の労働力人口の減少が予想されているのだ。
政府は、これに備えるため、「ニッポン一億総活躍プラン」を打ち出すなど、女性、高齢者、外国人などの活用に躍起となっている。しかし、人口減少基調のなかで女性や高齢者の活用といっても限界があるし、外国人については移民問題があり、海外で生じている深刻な問題(とくに欧米での移民排斥の動き)をみるとそう安易に進めることはできない(政府は、18年に外国人材の受け入れを広げる法改正を、野党の反対を押しのけて強引に成立させたが、問題は山積で前途多難だ)。
むしろソフトバンクの孫正義会長が語ったとされる、「3000万台のロボットを導入して24時間動かせば、人間の3倍働くので9000万人相当になる」という言葉のほうが示唆的だ。ロボットやAIは、その活用による雇用減をおそれるよりも、人手不足対策として積極的に活用したほうがよいのではないか、ということだ。
●働き方もデジタルファーストに
こうした産業構造や就労構造の変化と並び、もう一つ、大きな変化がある。それはICT(情報通信技術)の活用により、私たちの働き方が根本的に変わるかもしれないことだ。行政手続は原則としてペーパーレスで、オンラインで進める、というデジタルファーストを政府は進めようとしているが、働き方もデジタルファーストとなることは十分に予想可能だ。
実際、民間企業では、ネットでつながりながら働くテレワーク(在宅勤務やサテライトオフィスなどでの勤務)の導入が広がりつつあり、政府もそれを推奨している。さらに、ワーケーションのような、休暇先でテレワークをしながら、仕事以外の時間を自由に過ごすという、ワークとバケーションを融合させた働き方も、デジタル技術を使えば導入は容易だ。VR(Virtual Reality:仮想現実)の技術を使えば、オンラインでのリアルな会議も可能だ。こうした働き方の特徴は、自分の選んだ場所で働けるということだ。
将来的には、人間のする主たる作業は、端末機器(ノートPC、スマートフォンなど)を使って指示するだけとなるかもしれない。しかも人間と機械のインターフェイスはどんどん改良され、PCへの入力は、キーボードから音声へと変わりつつある。ジェスチャー、さらに思考だけで入力できる技術も開発が進行中だ。これが実現すると、サイバー空間で業務の大半が完結することになる。
ICTはビジネスモデルも大きく変えつつある。GAFAも、プラットフォーム・ビジネス(ビジネスの基盤を設定するビジネス)を展開して成功した企業だが、同じようなことを仕事のマッチングで行う企業も出てきている。日本でも、ランサーズやクラウドワークスなどがそうしたビジネスを展開する企業だ。そこで仕事を受注している人は、フリーの個人自営業者がほとんどだ。
これを個人が空いている時間を活用して自らのスキルを他人とシェアする働き方とみると、近年、急成長しているシェアリング・エコノミーとつながる。典型的なシェアリング・エコノミー・ビジネスは、ウーバー・テクノロジーズに代表されるように、遊休資産(自家用車など)を活用してサービスを提供したい人と、そのサービスを利用したい人とを仲介するビジネスだ。仲介するプラットフォーム企業は、スマートフォンやタブレット用のアプリケーション(アプリ)を提供するだけであり、実際にサービスを提供するのは個人だ。こうした個人の多くは、独立した自営業者だ(法的には雇用労働者と評価される可能性はあるが)。
●会社員が消えていく
このように個人が場所や時間の拘束から解放され、自由に働くことが、ICTの発達により可能となっている。しかし、ICTの発達のインパクトは、それにとどまらない。個人の仕事の内容にも、より本質的な変化が起きようとしている。AIやロボットが人間の定型的な仕事を代替していくと、モノづくりにせよ、サービスの提供にせよ、独創性(オリジナリティー)をもった創造性(クリエイティビティ)こそが、AIやロボットによって代替されない人間の労働として価値あるものとなる。それと同時にAI自体が、人間のそうした独創性や創造性を涵養するために利用されるようにもなる。
総務省は、AIを相互に連携させて、より高い性能を発揮させる「AIネットワーク」を構築し、それをICTでつながった人間が活用して「智のネットワーク」を形成することを提唱している(福田雅樹他編著『AIがつなげる社会――AIネットワーク時代の法・政策』弘文堂も参照)。人間は、その「智のネットワーク」のなかで、新たな知識やスキルを習得して、創造的で独創的な仕事をするようになるのだ。これが、多くの労働者が慣れ親しんできた働き方と異質であることは言うまでもなかろう。
こうした変革こそが、真の「働き方改革」だ。いま多くの人は、会社に雇われて働いており、それが普通の働き方だと考えている。しかし、今後は、ICTを軸としたエコシステムのなかで、AIやロボットを活用しながら、AIやロボットではうまくこなせない仕事を、ある人はフリーの個人自営業者として、ある人は起業して会社を立ち上げながら、自分の独創性や創造性を発揮して働く時代が来るのだ。これは要するに、会社員が消えていくということだ。
●会社員という働き方の限界
筆者は、14年に、すでに会社員としての働き方には限界があるという警鐘を鳴らしていた(『君の働き方に未来はあるか?――労働法の限界と、これからの雇用社会』光文社新書)。しかし、そのときに予想していたよりはるかに速いスピードで、筆者の懸念は現実化しつつある。その原因は、技術革新の恐るべきスピードにある。
真の意味の「働き方改革」は、法律や制度を変えることによって起こるのではない。働き方を変える原動力は技術革新にある。もちろん、技術革新があっても、それがどう社会実装され、活用されていくかについては、さまざまな要因がからみあい、その将来像を正確に予測することは容易ではない。AIやロボットやICTが発達するからといって会社員が消えていくと言うのは、論理の飛躍であると思う人も少なくないだろう。
しかし、そのように思っている人には、ぜひ本書を読んでもらいたい。技術革新のもたらす変化は、いつ起こるかを正確に予測することは難しいとしても、いつかは起こるものだ。その「いつか」がいつ来てもよいように、私たちは備えていかなければならないのだ。
本書は、雇用社会の未来図を描きながら、その「いつか」に備えて、私たちが自分たちのために、さらに私たちの子や孫の世代のために、何をすべきかを考えるための材料を提供しようとする試みだ。