住宅プチバブル、迫りくる「終わりの始まり」

アベノミクスがもたらした不動産「プチバブル」。日本経済全般の停滞が続くなか、ひっそりと終わりを迎えそうだ。(編集部・庄司将晃)

首都圏の新築マンション価格の相場は昨年、バブル期以来の水準に達した。

民間調査会社の不動産経済研究所によると、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県で昨年売り出された新築マンションの平均価格は5518万円。2012年 (4540万円)から3年間で2割強、値上がりした。1990年(6123万円)と91年(5900万円)に次ぎ、調査を始めた73年以降で3番目に高 かった。

株価は上がったものの働き手の賃金は伸び悩み、景気全般は足踏みが続くなかでの局地的な住宅ブーム。原動力の一つが、アジア新興国の富裕層の投資マネーだった。

主に中国や香港、台湾の顧客に都内のマンションの販売を仲介している不動産会社、ベストワン。田中吉(よし)社長によると、顧客の職業は企業の経営者や役 員、株式や不動産への投資で生計を立てる専業投資家が多いという。買い物や観光を兼ね、家族4、5人連れで来日。1日だけ別行動をとり、田中さん自らハン ドルを握る営業車で4、5カ所を内見して回る、というパターンが一般的だ。

●投資利回りが低下

人気が高いのは東京23区内、特にJR山手線の沿線や内側で駅から徒歩数分のワンルームや1Kといった単身者向け物件。部屋の借り手が集まりやすいからだ。案内した顧客のうち、実際に物件を買ってくれるのは5割ほど。

「分散投資」の観点から、別々のマンションの計5、6部屋をまとめて1億円ほどで購入する客が目立つ。

田中さんのもとにはおおむね月20~30組の顧客が訪れていたが、「チャイナ・ショック」と呼ばれた昨年8月の中国市場での株価急落を機に、ぱたっと途絶えた。最近でも、以前の半数くらいにとどまるという。

「確かに世界的な株安の影響もありました。しかし根本的な理由は、人気が高いエリアの物件の価格が上がりすぎ、期待できる投資利回りが低くなってしまったことです」

投資利回りとは、物件の買値に対して、年間の賃料収入から家主が負担する諸経費を差し引いた「もうけ」がどのくらいの割合になるかを示す。自分や親族が住 むためではなく、投資資金の運用先としてマンションを買う人が注目する指標だ。田中さんが扱う物件では、2年ほど前は9~10%の利回りがふつうだった が、最近は5%を切る物件が珍しくない。20年余り後になってようやく元がとれるかとれないか、という水準だ。「都内の不動産価格は今後、下がっていく可 能性が高いと思います」(田中さん)

●「昨年夏ごろピーク」

このような見方をするのは田中さんだけではない。ニッセイ 基礎研究所が今年1月、不動産業界関係者を対象に実施したアンケートによると、住宅やオフィス、商業施設といった東京の不動産全般の価格がピークに達する 時期についての回答で多かったのは「2015年または現在」で27.9%。

「16年~17年上期」は27.0%だった。回答者の過半数が「すでにピークは過ぎたか、遅くともあと1年余りのうちにピークに達する」と予想していることになる。

この調査を担当した増宮守・准主任研究員は言う。

「さまざまなデータから判断すると、不動産価格は昨年夏ごろにいったんピークをつけたと見ています」

ニッセイ基礎研究所が他社から入手しているデータによると、国内の大口不動産取引の総額は11年を直近の底に、14年まで右肩上がりで伸びていた。

安倍政権の発足後、日本銀行の大規模な金融緩和によって大幅な円安となったため、海外の投資家にとって日本は「大バーゲンセール」状態に。アジア新興国や欧米各国のマネーが、シンガポールや香港に比べてもともと割安だった日本の不動産市場に押し寄せた。

金融緩和でカネ余り状態となった国内の投資資金も株や不動産へ回った。国内の資産家の間で15年1月の相続増税前後から、タワーマンションを購入して相続 税の負担を抑える「タワマン節税」も流行。こうして流れ込んだ国内外の投資マネーが首都圏のほか、大阪、名古屋、福岡といった地方の主要都市を中心に不動 産価格を押し上げた。

しかし、増宮氏によると昨年、大口の不動産取引の総額は前年比で減少に転じたもようだ。大口の海外資金による国内 不動産への投資額も前年を下回ったという。チャイナ・ショックの後、世界と日本の経済の先行きへの懸念が強まり、国内外の投資家が以前より慎重な姿勢に転 じたことが影響している。

●新築契約率は「堅調」

消費者の関心が高い首都圏の新築マンション市場をウォッチする不動産経済研究所の松田忠司主任研究員も、「価格のピーク」についての見方は増宮氏とそれほど違わない。

「ピー クはすでに過ぎたか、今がほぼピークだと見ています。価格はここまで上がったけれど買い手はどこまでついてこられるだろうか、というのが業界の雰囲気です ね」 今年1月の新築物件の契約率は58.6%に落ち込み、「販売好調」の目安とされる7割を割ったものの、2月は72.9%に回復。「好調とまでは言え ないが堅調」(松田氏)な状態はなお続いているという。

そもそも今回の不動産価格上昇は、実態とかけ離れた水準まで不動産価格が高騰する「バブル」とは言えない──。これが業界関係者の大方の見方だ。

松田氏によると、最近の首都圏の新築マンション価格上昇の主な理由は、(1)価格水準が高い東京都区部の物件が全体に占める比率が高まった(2)人件費や資材費といった建設コスト全般が高騰した、という2点だという。

(1) は、東京都心まで1時間強くらいかかる千葉県や埼玉県の最寄り駅から、路線バスに揺られてやっとたどりつくような場所でもマンション開発が相次いだ 07~08年の「ミニバブル期」とは状況が異なることを示す。(2)は、東日本大震災後の復興や東京五輪向けの建設需要が膨らんでいるためで、「マンショ ン業者側もギリギリのもうけでやっているのが実情」(松田氏)。

そこまで強気な価格設定というわけではない、ということだ。

●最大1~2割の下げか

松田氏によると、都心の物件について1戸当たりではなく、1平方メートル当たりの単価を見れば、最近でも極端に高水準なわけではない。低調ながらもだらだらと続いた「戦後最長の景気回復」末期のミニバブル期より1割ほど低いという。

結局、「ピーク」は見た目ほどには高くなかったようだ。では、そこからの相場下落の衝撃はどれほどになりそうなのか。

年明け以降に円高・株安が進んだことを受け、日銀は2月、借金する時の金利を一段と押し下げて景気をテコ入れしようと異例の「マイナス金利政策」を導入し た。不動産関連の融資を多少は加速させる可能性はあるが、株安・円高傾向を一転させるほどの効果は出ていない。実質国内総生産(GDP)の成長率は、昨年 10~12月期に続いて今年1~3月期もマイナスが続くという見方が目立つ。ただ、景気が急落する兆しまでは見えない。

不動産市場でも深刻な「バブル崩壊」は起きない、という見方は松田氏とニッセイ基礎研究所の増宮氏の間で共通する。相場の上昇幅が大きかった都心の高級マンションの場合で1~2割くらい値下がりする可能性はある、というのが増宮氏の見立てだ。

本誌でも繰り返し報じてきたように、金融緩和に頼り切ったアベノミクスは日本経済を成長軌道に戻すことはできなかった。カネ余りと円安によって株や不動産 といった資産価格は押し上げられたが、日本経済自体が上向かないのに、資産価格だけが青天井で上がり続けることはあり得ない。いまひとつ盛り上がらないま ま、うたかたの宴は尻すぼみに──。当たり前といえば当たり前の結末だ。

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