個人事業主が「適格請求書」を発行すべきどうか、会計ソフトベンダーの「弥生」さんに聞いてみた

「インボイス制度」への対応に際して、個人事業主の誰もが気になるのは「じゃあ、皆どうしているの?」ではないだろうか。字面上の法律はウェブサイトなどでもある程度確認できるが、「どうしているか?」はSNSなどくらいしか頼れない。そこで今回は、会計ソフトベンダーの弥生株式会社にお話を伺った。

 弥生では、インボイス制度について情報発信体制も強化しており、そのベースとなる特設サイト「2大改正あんしんガイド」も公開中だ。

弥生が公開中の特設サイト「2大改正あんしんガイド」では、小規模事業者向けに、2つの大きな法令改正――「適格請求書等保存方式(インボイス制度)」と「改正電子帳簿保存法」の理解促進・対策準備のための情報をまとめている

[目次]

  1. 消費税と密接に関わる「インボイス制度」。どんな仕組みか基本を学ぶ(別記事)
  2. 「インボイス制度」で税負担が増える!? 年商1000万円以下の個人事業主への影響を考える(別記事)
  3. 個人事業主が「適格請求書」を発行すべきどうか、会計ソフトベンダーの「弥生」さんに聞いてみた(この記事)

※この記事は、政府与党による「令和5年度税制改正大綱」が決定・発表される前に取材・執筆したものです。同大綱では、売上規模の小さい事業者を対象に、インボイス制度の開始に伴う課税負担・事務負担を軽減するための経過措置を講ずる方針が示されました[*1]

以下、本記事にもある通り、個人事業主が「適格請求書発行事業者」になるべきかどうかの判断については、あくまで事業特性を踏まえて個別に判断すべきと弥生ではアドバイスしていますが、それにあたっては、併せて「令和5年度税制改正大綱」の内容も踏まえて判断する必要があるとのこと。同大綱で示された最新動向を踏まえた解説記事は追って後日、あらためて同社に取材して記事を掲載する予定です。

「適格請求書発行事業者」になるべきか?

 インボイス制度(適格請求書等保存方式)によって最も影響を受けるとみられるのが、課税売上が年間1000万円以下の小規模事業者だ。今まで消費税が“益税”となっていた個人事業主などが、取引先の消費税負担を軽減するために、適格請求書(インボイス)を発行できる「適格請求書発行事業者(登録事業者)」になるか、それともならないのか――ここが全ての問題の中心といってよい。

SafeFrame Container

 すでに年商1億円の企業などであれば、消費税は納付しているし、会計システムも整えているだろう。適格請求書発行事業者の「登録番号」を請求書の記載項目に加えたり、税区分の記載を変えるのは、そこまで難しい作業ではない。とにもかくにも「年商1000万円以下の事業主」がどうするか、である。

 一般論で言えば、これは当然、登録事業者になった方がよさそうだ。だが、「答はない」という。あくまで事業特性を踏まえて個別に判断すべきことで、売り手が取引関係上で優位であるならば、あえて登録事業者にならない選択肢もある。

 「例えばライターは、市場にたくさんいらっしゃるので、適格請求書を発行できないと不利かもしれません。しかし、『他の誰にも真似できないような原稿を書くが、適格請求書は発行しないライター』ならば、出版社はどうするか? おそらく、ほかの人を探す手間のほうが負担に感じるでしょう。業務の優位性・特異性や取引先との『関係性』によって、各社の対応方針は大きく変わってくるでしょう。」

 また、ある楽器修理の請負会社の事例も伺った。この請負会社は演奏家から楽器を預かるが、実際に手を動かして修理するのは、この会社と取引関係にある個人の修理職人だ。極めて専門的な分野なので、そうそう代わりの職人は見つからない。つまり、この職人が登録事業者にならなかったとしても、請負会社は消費税負担が増えるのを覚悟で、仕事を依頼し続けることになる。関係性・優位性・特異性を考えるうえで、たいへん参考になるエピソードだ。

 高度な専門知識を持った給与所得者、例えば大学教授などが年に数回、講演や原稿執筆をして報酬を得れば、そこにも消費税は発生する。ただ、そうした大学教授が登録事業者となるのは、やはり現実的ではない。2023年10月1日以降も、相当数の“免税事業者”は残ることが予測される。

免税事業者が「適格請求書発行事業者」として登録して課税事業者になること、免税事業者のままでいること、それぞれのメリット/デメリット(弥生の特設サイト「2大改正あんしんガイド」より)

 B2C型の事業者、例えば「取引の100%が個人消費者相手で、適格請求書を求められない事業者」も、あえて登録事業者にはならないほうが手元の現金は多くなる可能性が高い。児童向けの学習塾ならば、顧客のほぼ100%が家計から受講料を払っており、入塾生の保護者たちがそれを事業活動の費用として扱う可能性は低い。

 理容室・美容室もその構造に近い。しかし、「結婚式の司会業をやっているので髪のセット代を経費にするから適格請求書を発行してくれ」と言われるケースが多ければ、登録事業者になる必要性が高くなる。

 飲食店は判断が分かれるところだ。しかし、会議目的での場所貸しだったり、企業の宴会利用が多いようなタイプの店は、適格請求書の発行はマストに近い。店舗に訪れるのは個人個人でも、その経費を持つのは会社側だからだ。

個人事業主が今から準備しておくべきことは?

 弥生としては「できるならば登録事業者(課税事業者)になっておいたほうが、後々の不安は少なくなる」というニュアンスだ。消費税には「簡易課税」の制度があり、計算にかかる事務負担を一定程度、軽減できるため、検討する価値は十分ありそうだ。

 仮に、年商1000万円以下の小規模事業者が適格請求書発行事業者になり、新たに消費税を納税すると決断した場合、まずは毎日の記帳時に税率を意識することだという。税込の総額表記で受け取った請求書・領収書でも、それにかかる消費税は8%なのか、10%なのか、それとも非課税なのかを確認するクセをつけたい。消費税計算にかかる記帳・計算は膨大かつ複雑なため、会計ソフトの利用もほぼ必須だ。

 さらに、インボイス制度がスタートする2023年10月の2カ月後には、改正電子帳簿保存法に定められた「電子取引の取引情報の電子保存の義務化」の2年間の宥恕措置が終了し、電子取引の証憑を紙にプリントアウトして保存することが認められなくなる[*2]。事業者はこうしたことも見据えながら、インボイス制度と改正電子帳簿保存法に同時に対応できるよう準備していくべきだとしている。

「インボイス制度」によって、売り手(適格請求書発行側)・買い手(適格請求書受領側)それぞれに求められる業務・処理と、それに対応する弥生の各種プロダクト。“2大改正”のもう一方「改正電子帳簿保存法」とも深く関わってくる

 また、事業者にとって益税がなくなれば、資金繰りも変わってくる。益税に相当する部分を値上げして取引先に請求するのも相当なハードルだ。「手元資金は減る」という現実を直視したうえで、対応を考えたい。

 消費税の納税額を少しでも減らしたいと考えるなら、税額計算は2023年10月1日からでよい。また、その期日に間に合わせるためには、適格請求書発行事業者の登録申請を2023年3月31日までに実施すればよいことになる(※追記:「令和5年度税制改正大綱」において「令和5年3月31日の登録申請の期限について柔軟な対応を行う」との方針が示された[*1]ため、今後の動向に留意のこと)。その登録申請は、国税庁の「e-Tax」からオンラインで行える。マイナンバーカードなどの電子証明書、確定申告などに用いる「利用者識別番号」があれば、税務署に足を運ぶことなく、手続きできる。

 今まで知識のなかったところからゼロベースで消費税計算をするのは大変な作業だ。早めに会計ソフトを使って少しずつ学習するなどの準備もしておきたい。

最後に

 本記事の執筆にあたっては、かなりの数の資料を読み込み、ある程度の知識を得たつもりだった。筆者自身、クラウド会計ソフトを契約し直すなどして、準備を整え始めているところでもあった。

 しかし今回の取材を通じて、「これは一筋縄ではいかない」「本当に間に合うのか」などなど、かなりの不安を覚えてしまった。理想と現実の界面というか、ルールを実務に落とし込む難しさは、想像以上のようだ。現場の方の危機感は、さらに高いだろう。

 とはいえ、インボイス制度のスタートまで、まだ時間はある。制度開始後の激変を緩和する措置も用意されている。特にこれからの時期は、個人事業主が確定申告に備えて帳簿を見直す機会も増えるはずだ。ぜひ、このタイミングで、インボイス制度への対応をどうするのか、じっくり考えてみてほしい。

タイトルとURLをコピーしました