東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受けた福島県浜通り地方に新産業を創出する国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」。巨額の費用を投じて人材育成や移住、企業誘致を進めているものの、復興を旗印とする先駆的な構想と日常生活の基盤さえ十分ではない現実との間に「乖離(かいり)を感じる」との声が住民から出ている。(いわき支局・坂井直人)
住民は医療や子育てに不安
6月下旬、国や県がいわき市で市町村や民間関係者ら約60人を集めて開いたイノベ構想推進分科会。帰還した住民や移住者のつながりづくりに取り組む「なみとも」(浪江町)の小林奈保子代表(37)は「子育て世帯の移住者も多いが、生活上のさまざまな課題にぶち当たり、転出も起きている」と現状を語った。
小林さんが共同代表を務める別の子育て支援団体は昨年度、双葉郡内の一部居住者にアンケートを実施。子育ての悩みを複数回答で尋ねたところ、医療環境と並んで教育問題に関する内容が多く、「習い事・塾などの選択肢不足」(52・8%)「学費の経済的負担・不安」(47・2%)「子どもの勉強・成績・進学」(44・4%)との回答が目立った。
郡内で進学先となる高校は、県立5校が原発事故で休校が続くため、事故後に開校したふたば未来学園高(広野町)のみ。近隣の南相馬、いわき両市に通うにもJR常磐線は1時間に1本程度しかない。教育環境を巡っては、障害児の支援態勢がより整った郡外の小学校を目指し、転居した人もいた。
4歳児の母親でもある小林さんは「子どもの基礎学力や安心だと思える場所の確保が重要ではないか。情報も少なく、保護者のつながりが必要だ」と話す。県は最大200万円の手厚い支援金などで浜通りへの移住を促進するが、子どもの成長とともに転出者が増えないかと危惧する。
「内からの地域の動きと外からのイノベの動きの両輪をつなぐのが課題だ」。楢葉町のまちづくり会社「ならはみらい」の西崎芽衣さん(32)はそう訴えた。
立地企業の撤退などもあり、避難先から戻った元々の住民が主体的にまちづくりに取り組むほど、接点の少ない立地企業や移住者に疑問や不信を抱くようになっていると感じる西崎さん。「企業や移住者がより地域になじもうという意識と、その支援が大切だ」と強調する。
復興庁と経済産業省、県は、2025年度の第2期復興・創生期間終了後も視野に、19年に策定したイノベ構想の青写真を改訂する方針だ。
分科会に出席した内堀雅雄知事は、浜通りの現状を「混在」と表現した。挑戦と挫折、イノベーションと生活感、帰還者と移住者など対照的な要素が混ざり合っているとの見方を示し「(混在が)推進力になる一方で、摩擦を起こしてなかなか進まない」と指摘。住民らの意見を聞き、構想改訂時に生かす必要があるとの認識を示した。
福島イノベーション・コースト構想 福島復興再生特別措置法に基づく国家プロジェクト。「廃炉」「ロボット」「エネルギー」などを重点6分野に位置付け、産業集積やキャリア教育など構想を支える人材育成、移住支援といった交流人口拡大に取り組む。福島県によると、2017~24年度の県事業費は当初予算ベースで計約5100億円。今年1月末時点で約430件の企業が立地した。