全国各地でコストコ「高時給求人」の衝撃広がる 群馬の経営者は「時給1500円は無理」と嘆息

地方ではいま、古くからの小売経営者に大きな衝撃が広がっている。最低賃金が800円台の地域でも、地域によっては世界的小売チェーンの店舗が時給1000円以上からスタートできることを確約して働く人を募集しているからだ。俳人で著作家の日野百草氏が、岸田文雄首相が掲げた「最低賃金の全国平均1000円」を軽々と超えてくる高時給求人に揺れる地元小売業経営者や募集担当者の本音を聞いた。

【写真】最低賃金が上がってほしい

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「時給1500円は無理だ。群馬県の最低賃金は895円、世界的企業の真似はできない」

 群馬県のガソリンスタンド経営者が語る。時給1500円とはアメリカ発祥の世界的な会員制倉庫型店舗を展開する「コストコ」のことである。いま群馬県だけでなく、日本各地でコストコによる「高時給求人」が猛威を振るっている。

「コストコは最低でも1200円スタート、それもフルタイムで入れる。イメージもいいし労働環境も群馬のバイトに比べれば悪くないと聞く。多くが1000円もいかない時給でスタートの群馬のバイトで太刀打ちできるはずがない」

 コストコの時給は「グローバルスタンダード」を基準にしている。また正社員採用も積極的で、福利厚生も「グローバルスタンダード」とされる。不明瞭な時給決定でなく、基本的には一定の額(1800円)まで自動的に昇給する。

「東京や横浜ならまだしも、群馬でそんな待遇を深夜でもないのに用意できる店は少ないだろう。いや、小売に限ればほぼないと言っていい。ただでさえ人手不足なのに」

「お気持ち」で時給を決めてきた日本

 北関東を中心に人材派遣を展開する企業の営業社員からもコストコの脅威を聞かされた。

「高額の時給で人材をかき集められると厳しい。それにコストコは曖昧な提示はしないと聞く。1200円なら1200円、1500円なら1500円だ。そして一定の労働時間で昇給する。日本の常識ではその辺は曖昧というか、上はもちろん現場のさじ加減ひとつで決まる企業も多い。人を見て決めるというか、周りを見て決めるというか。「どれだけ抜くか」で決めていた企業も多いだろう。とくに派遣はそうだ。うちだってそうだ。違うと言う連中は嘘つき、はっきり言って日本の派遣業はそんなものだ。しかしコストコは違う。業種は違うが、人材を取られるという点では脅威だ」

 正直に話してくれたが、日本の時給の決め方は「どんぶり勘定」「その時の経営者の気分」「人を見て決める」「周りに合わせる」が横行してきたのは事実だろう。厳正な人事考課とは名ばかりでそれこそ「さじ加減」「お気持ち」で決めてしまう。人事評価の不満要因が「基準の不明確さ」であることは多くの労働者アンケートでも上位だが、この国の永遠の課題(というか多くは直す気がない)のままではないかと思わされる。

 群馬ではないが、筆者の元教え子でアルバイトをしている男子大学生にコストコの話を振る。

「コストコ、近くにあったら土日だけでも入りたいですね。時給が高くて透明性がある、それが一番じゃないですか。働きやすさとかはわかりませんが、どっちにしろ、日本は時給が安くて仕事環境も悪いバイトばかりですから」

 この国のアルバイト不足は深刻だ。とくに飲食業と小売業は重症で、コロナ禍も明けたかに思われた矢先、人手不足による時短や臨時休業、人手不足による廃業まで報じられて久しい。日本フランチャイズチェーン協会の挙げる「急激な社会環境変化への対応遅れ」とは、まさしくこの国の少子化、人口減に経営サイドの感覚が追いついていない、それに伴う労働者の価値観の変化を理解していないという点にある。はっきり言って、コンビニや居酒屋などの小売、外食は多くが労働者から選んでもらえていない。

 また7月に入り、18歳未満の未婚の子どものいる世帯そのものが991万7000人(厚生労働省)と初めて1000万世帯を下回ったことが話題となったが、つまるところ現在の団塊ジュニア(1971~1974年生まれ)、氷河期世代(1990年~2000年代に就職活動を行った35~55歳)の多くがその「18歳未満の未婚の子どものいる世帯」を形成できなかった、そうした国のままに「代わりはいくらでもいる」と放置したこともまた、「急激な社会環境変化への対応遅れ」だろうか。

 ともあれ、そうした人手不足の中でコストコは「グローバルスタンダード」を持ち込んだ。最低賃金にあぐらをかいていた企業、とくに地方は「コストコに(人を)取られる」「コストコが(地域の)賃金を壊している」と危機感を募らせている。

この国の小売は待遇が悪すぎた

「群馬などまだいい。あのあたり、実際の時給はもう少し高いだろう。この地域は883円だ。実際の時給も最低賃金に近い」

 宮城県のショッピングモールに勤める知人にもコストコの話を向ける。宮城県といっても仙台とそれ以外では平均時給の差がある。それでも東北一の大都市を抱える宮城県なのに、最低賃金は群馬どころか富山(908円)、石川(891円)、福井(888円)といった北陸3県の最低賃金より低い。そんな宮城県にもコストコは進出した。

「1200円は東京の最低賃金より高い。ショッピングモールのテナントでもスタート1200円を出せるところは多くない。900円、950円が多い」

 確かに都心の居酒屋すら1200円を切る店は多い。ましてコストコは平日日中でも1200円。仙台市内ならともかく、隣接する町とはいえ地域で時給1200円を出せる企業は限られるだろう。ポジションによっては1500円スタート、多くは太刀打ちできない。

「人づての話だが、できるアルバイトほどコストコに流れたと聞く。時給が高いということで倍率はそれなりに高いのだろうが、小売の優秀な若手、とくにアルバイトがコストコに行くのは自然な流れだ。時給もいい、正社員率も高い、イメージもいい、名札は本名でなくていい、この国の小売がようやく手をつけたこと、まったくする気のないことすべてをコストコは『グローバルスタンダード』によって実行している。ましてあの時給、地方ではとても真似できない」

 結局のところ「時給をコストコより上げればいい」という、ただそれだけのシンプルな話だがそれができない。魅力的な職場でないと判断されている。

「時給がそれほど多くなくてもカフェなどは人気だ。外資系の大手カフェチェーンなどは倍率も高い。それだけ魅力があるということだ」

 人手不足とは企業に払えるお金がない、払う気がないと同時に「魅力がない」から来ないとも言える。とくに引く手あまたの若者に選んでもらえない。それまで「代わりはいくらでもいる」と労働者を選別してきた日本企業だが、いまや「選ばれる側」「選んでもらえる対象」にならなければならないのに。若者が欲しければなおのことだ。

「離職率が低ければ通年の採用コストも下がる。社員教育も長期的な視点で取り組める。はっきり言って、この国の小売は待遇が悪すぎた。私も満足していない。ある商店会で高齢の店主が『コストコが金にあかせて人をかき集めている』『地域を乱している』とこぼしていたが、一部とはいえそういう残念な経営者がいまだにいる。出すものを出せばいいだけだ」(前出の宮城県ショッピングモール社員)

 当時の報道によれば、宮城県のコストコの面接には約1000人の応募者が集まったという、うち約400人が採用されたと報じられたが、人手不足に嘆く周辺企業、店舗からすれば羨ましい限りだろう。もっとも、採用者全員を1200円以上の時給で雇えばいいだけなのだが、それができない。

 岸田文雄首相は最低賃金の「全国平均1000円」(全国加重平均)を目指すと表明した。それに向けて中央最低賃金審議会で議論が始まったが物価高騰による賃金アップには労使の協力が不可欠だ。それにしても1000円、私見だが、標榜する「グローバルスタンダード」にはほど遠い金額のように思う。ちなみにこの国で最低賃金時間額(厚生労働省)が1000円を超えているのは東京(1072円)、神奈川(1071円)、大阪(1023円)しかない。

 冒頭の経営者は群馬における「次のグローバルスタンダード」にも危機感を募らせる。

「北関東で初めてイケアができる。コストコほどではないが正社員が前提で数百人採用だ。イメージもいい。なにもかも、群馬の小売でグローバルスタンダードに勝てる店なんかない」

 イケアはスウェーデン発祥の世界的企業。イケア・ジャパンによれば2024年のIKEA前橋の開業で約250人を新規採用、基本的に正社員採用だと報じられている。もちろん外資系ということでシビアな面はある。いきなりの撤退もありうるだろうが、それは日本の小売もショッピングモールなど最たるものだが同じようなもの、むしろ低賃金のまま日本的で不透明な賃金体系で働かせる地方の小売業界などは外資以上に先行き暗い話ばかりだ。

 コストコ、イケアの好調ぶりを背景に、その他のまだ日本に進出していない世界的企業も「安い賃金に甘んじている、真面目で、よく働く」日本人労働者に注目していることが経済誌で報じられている。こうした「グローバルスタンダード」が地域の、とくに最低賃金で1000円もいかない44道府県、地方労働者の賃金を引き上げてくれる起爆剤となるのだろうか。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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