出版不況に爆伸び、レタスクラブの「神会議」

「ラクすぎる! ほったらかし料理」「暑いから! 調理時間を半分に!」「特売品でコスパ最強おかず」――。かつては“良妻賢母”の雰囲気を漂わせ、まじめで丁寧な暮らしを推奨していたライフスタイル誌『レタスクラブ』が、ここ2年ほどで大きくコンセプトを変えている。冒頭のように“ラク”や“効率”を打ち出す特集を武器に、大躍進を遂げているのだ。

レタスクラブは1987年に創刊した、出版大手・KADOKAWAが手掛ける歴史ある雑誌だ。料理、健康・美容、整理整頓などの情報を軸に掲載しており、「家事を担うすべての人のための情報誌」として歩んできた。最盛期には1カ月当たり100万規模の販売部数があった同誌だが、出版不況の波にはあらがえず、ここ10年ほどは縮小が続いていた。

だが、転機は突如訪れた。2017年3月、刊行ペースを月2回から1回に落として以降、ライフスタイル誌としては異例の「3号連続完売」を達成。その後は完売こそないものの、刷り部数に対する販売部数の比率は平均で75%を超える高水準をキープ。1号当たりの平均販売部数も、2016年下期(7~12月)に15万3500部だったところから、2017年下期には21万9800部へと大幅に回復し、往年のライバルである『オレンジページ』の平均部数を初めて抜いた。

雑誌編集経験わずか3年で編集長に大抜擢

その立役者が、2016年6月にレタスクラブの編集長に就任した松田紀子だ。大学卒業直後はリクルートの九州支社で、旅行雑誌『じゃらん』の編集に3年間携わった。その後上京・転職し、書籍編集の道へ。シリーズ累計で300万部を売り、映画化も果たした『ダーリンは外国人』などを手掛け、出版界にコミックエッセイという新ジャンルを打ち立てた人物でもある。


出版界にコミックエッセイという新ジャンルを打ち立てた松田紀子氏(撮影:梅谷秀司)

当時松田が勤めていたメディアファクトリー社は2013年、KADOKAWAの傘下に入ることとなった。コミックエッセイ関連の編集体制はそのまま維持され、仕事の環境が変わることはなかった。だが2016年、今度はKADOKAWA側の組織変更でレタスクラブの編集チームが松田の編集部に合流。その際の人事で、松田はレタスクラブの編集長に就任することになる。

多くの雑誌では通常、編集部員としてある程度経験を積んだメンバーの中から次の編集長を選出する。だが松田は、レタスクラブでの経験はおろか、雑誌編集の経験自体、じゃらんでの3年間しかない状態での大抜擢だった。

松田の編集長就任に当たり、会社からは、女性向けコンテンツという意味では近しい分野だから編集機能もくっつけるのがいい、コミックエッセイをレタス(クラブ)にも入れたい、と、ごく簡単な説明があったという。「ずっと編集に携わってきた部員はかなりびっくりしたと思う」。松田は当時をそう振り返る。

1日も編集部を経験しない中でスタートを切った、松田の編集長としての日々。着任時点で向こう3号分程度の企画内容が固まっていたため、その貯金を消化する作業の中で業務の流れや編集部の雰囲気をつかんでいった。


沈黙の続く会議では、生きのいい企画が作れない!(撮影:梅谷秀司)

まず松田が問題意識を強めたのは、企画会議のあり方だった。「1時間、発言する人はごく一部で、あとは沈黙の続く会議。これでは生きのいい企画が作れないと思ったので、とにかく変えようと」。それまでは各メンバーが作り込んできた企画書をベースに、内容を読み上げる形で会議を進行していたが、松田は企画書の持ち込み自体を禁止した。

レタスクラブの場合、企画出しは発売の3~4カ月前に始まる。6月発売号に向けた最初のアイデア出しが2月に行われる、といった具合だ。そこで企画会議ではまず、雑誌が店頭に並ぶ頃の「読者の心境」を可視化するところから始めるようにした。「6月号だったら、下駄箱がにおうとか、洗濯物が乾かないとか。ひととおりホワイトボードに書き出してから、さあどんな企画がいいでしょう?ということで、端から言ってもらう形式にした。連想ゲームのようなイメージ」。

企画会議のこだわり

とんちんかんな発言が出ても、否定はしない。「いいねいいね」と松田自身が盛り上げた。その結果、皆が楽しんで発言する雰囲気がだんだんとできてきた。ところが、同時に困った事態も発生する。「会議の時間内に考えればいいとなると、皆手ぶらで来るので、自分自身の体力の消耗が激しい。多少は宿題があったほうがよさそうだとわかった」。

最終的には、企画書を作らない方針はそのままに、料理、美容、整理整頓など定番テーマについて、各自が扱いたい内容を150字程度の短い文章を作ってくる「ツイッタースタイル」に落ち着いた。

もう1つ松田がこだわったのが、すべての部員がすべてのテーマについて150字を用意してくるようにした点だ。自分は料理担当で美容担当ではない、という部員にも、美容のアイデアを求める。「得意分野に関する企画提案は、レベルが上がりすぎる傾向にある。たとえば、美容担当の人は美容の知識量がすごくて、ともすると、私たち凡人がずっと低レベルにいることを忘れてしまう。だから、素人目線の意見をフックに、お互いにレベルを“引きずり下ろす”作業は重要」。

企画会議改革と同時に進めたのが、読者の声を企画に生かすための工夫だ。まずは忙しさのために自然消滅しかかっていた、通称「ヨネスケ調査」を復活させた。読者層と近い世代、世帯の人の家に(アポを取って)上がり込み、食卓の様子や冷蔵庫の中、押し入れの中など、あらゆる場所をバシバシ撮影する。生活の現場を観察し、企画作りのヒントを得ようという試みだ。

これとは別に、新たに「LINEレタス隊」という読者グループを組織した。普段はLINEでやり取りをしつつ、月に1度、自社で抱えるキッチンスタジオで“オフ会”を開催、部員それぞれが温めている企画・切り口に対する反応をはかる。メンバーは8人前後と、ごく少数。半年をメドに、各人に友人知人を紹介してもらい入れ替える。オフ会参加者は各月4~5人だが、あえて小規模にしているのにも意味がある。

「欲しいのは大勢の総意ではなく、少数の深い意見。人数が増えるとどうしても声の大きい人に引っ張られ、細かい気づきを得られにくくなってしまう。加えて、旦那さんとのスキンシップについて、みたいな、少人数ならではの突っ込んだ話も聞くことができる」

変化が読者のハートをつかんだ

松田体制の下、企画の決め方、作り方を激変させたレタスクラブ。その成果が冒頭のとおり、誌面にも如実に表れている。新たに打ち立てたコンセプトは、「考えない、悩まない、あなたの生活をもっと楽しく」。松田自身が「これを料理と呼んでいいのか?!」と驚くような“手抜き料理”企画がバンバン出てくるようになった。調理手順を説明するページの文字数も顕著に減った。こういった変化が読者のハートをつかみ、部数の回復に果たした役割は大きそうだ。


「一度でも『レタスクラブ』を手に取ってもらうことが最重要」と語る松田氏(撮影:梅谷秀司)

とはいえ、コンセプトや内容の変化を世間に認知してもらうには時間がかかる。実際、松田が友人、知人にレタスクラブのイメージを尋ねてみると、今でも「料理上手のための雑誌でしょ?」「マニアックなレシピが載っているんでしょ?」という反応が当たり前に返ってくるという。

そこで松田はもう1つ、レタスクラブに興味のない人にも雑誌を手にしてもらう仕掛けを作った。それは連載欄のラインナップだ。元歌のおにいさん・横山だいすけ氏、声優の増田俊樹氏の連載に、宝塚歌劇団の男役スターが次々登場する「ボンジュール宝塚」――。彼らの共通点は、どんな活動も見逃すまいとメディアをチェックし、ツイッターなどのSNSで一生懸命に情報拡散をしてくれる熱狂的ファンを抱えていることだ。

一部のページに引かれたというだけでは、立ち読みで終わってしまい、雑誌そのものの購入に至らないかもしれない。だが松田は「それでもいい」と断言する。「一度でもレタスを手に取ってもらうことが最重要。目当ての連載以外もパラパラと見てもらえれば、10人に1人、内容の変化に気づいてくれるかもしれない」。


ブックインブックとして付録されている「1カ月分の献立カレンダーBOOK」(撮影:梅谷秀司)

徹底的な編集部改革は、もう1つ大ヒット企画を生んだ。毎号、ブックインブックとして付録されている「1カ月分の献立カレンダーBOOK」だ。

月刊化すると同時に付け始め、松田によれば「これを目当てにレタスを毎号買う人もいるほど」。実際メルカリなどでも、献立カレンダーBOOKだけを数カ月分まとめたものが取り引きされている。

献立カレンダーBOOKの最大の価値は、書いてあるとおりに買い物、料理すれば、1カ月分の平日の食事を、食材をムダにすることなく作り回しできることだ。各献立のレシピでは、「こちらを煮込んでいる内にこちらを切り始めましょう」など、並行作業の進め方まで指南してくれる。これらの“かゆいところに手が届く”コンテンツが、料理下手や面倒くさがりの読者はもちろん、生産計画を着実にこなすことに達成感を覚える読者(男性に多い)に刺さっている。

「つねに競合を悔しがらせるものを作り続けたい」

それにしても、ここまでの大変革に以前からレタスクラブの編集に従事していた面々は戸惑わなかったのだろうか。「もちろん、最初の頃には戸惑いがあったようで、議論もあった。ただ、以前の編集部には『こんなに一生懸命やっているのに部数に跳ね返らない』という徒労感もあった。今では、これだけ大々的に変わっていったことが『逆に気持ちよかった』と言ってくれるメンバーもいる」。

これからのレタスクラブについて、松田は「つねに競合を悔しがらせるものを作り続けたい」と話す。今後は広告クライアント向けのプランニングやタイアップ企画に関しても、これまで以上に力を入れていきたいという。「編集やチーム作りで得たノウハウを生かせる場面はまだまだありそう」。松田の挑戦は続く。

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