学校法人「加計学園」(岡山市)が国家戦略特区制度を活用して愛媛県今治市に大学の獣医学部を新設する計画をめぐる、いわゆる「加計問題」で朝日新聞などの偏向した報道ぶりが際立っている。
偏向が端的に表れたのは、7月10日の衆参両院で開かれた閉会中審査の報道ぶりだった。12日付産経新聞朝刊が掲載した記事で報じたので繰り返さないが、朝日新聞と毎日新聞の11日付朝刊は「歪められた行政を正した」などと証言した加戸守行前愛媛県知事の発言を記事で取り上げなかった。
両紙の思惑をおもんばかっても仕方ないが、あえて理由を理解しようとするならば、安倍晋三首相が「加計学園を特区の事業主体に選ぶ過程にどう関わったのか」(11日朝日新聞社説)ということが問題の核心だとして、加戸氏の発言は重視しないという考えなのだろう。
しかし、国家戦略特区制度は地方自治体や事業者の規制改革提案を受けて議論が始まる性格のものだ。どうやって今治市と加計学園が一緒に特区制度を使って獣医学部新設を目指したかの、「そもそも」の部分は物事の全容を知るためにも不可欠である。それなのに、朝日などは「そもそも」の部分を知る加戸氏の発言ではなく、自分たちが加計問題の“告発者”のように報じている前川喜平前文部科学事務次官の証言に比重を置いた。1面の記事は全体の約半分の行数を使って前川氏の発言を引用していたほどだ。
加戸発言を報じないことと同じように、朝日などは大学の獣医学部が日本で50年以上の間、新設されず、獣医学部が東日本に偏重していることはそれほど問題視しないように見える。
だが、獣医学部新設は獣医師会などの抵抗によって阻まれてきた実態を抜きにして、加計問題は語れないのではないか。
産経新聞はを3回にわけて報じている。この連載を通じて鮮明になったのは“抵抗勢力”の強さだった。
平成27年12月11日の日本獣医師会理事会の議事概要には、獣医師会の政治団体である日本獣医師政治連盟委員長の北村直人元衆院議員の発言が掲載されている。北村氏は、同年11月27日の国家戦略特区諮問会議で同年中に特区の第3次指定を行う方針を決定したことについて「非常に危機的な状況が生じている」と発言し、獣医師会からの国会議員を誕生させる必要性を訴えた。
これに対し、獣医師会会長の蔵内勇夫氏はこう応じたと記述されている。
「これまでに官邸は全国農業協同組合中央会、日本医師会等の組織が反対する事案を強行してきた。われわれは地方獣医師会とともに、大学新設はきわめて非論理的であると、総会、理事会で反対を議決し、意思統一を図ってきたが、強行的に活動すれば官邸から抵抗勢力とみなされる。今後とも、慎重さを失わず、大学新設の阻止に最善を尽くしたい」
こうした発言はインターネット上を探せばいくつでも出てくる。
さらにいえば、大学の獣医学部の新設は、平成15年3月31日の文科省告示に阻まれた点を指摘する必要もある。文科省は「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」を定めた告示を盾にして、大学獣医学部の新設を長年にわたって認めてこなかった。告示は法的根拠を持たないのに、参入規制として立ちはだかってきた。
国家戦略特区諮問会議の民間議員を務める八田達夫氏(公益財団法人アジア成長研究所所長)は7月11日付のダイヤモンド・オンラインで、告示による参入規制と獣医師会との関係をこう説明する。
「この参入規制は、競争を抑制し、既存の獣医学部および獣医師に利益をもたらす。実際、獣医師たちは、日本獣医師政治連盟を持ち、この規制の維持のために政治に隠然たる力を発揮してきた」
獣医学部新設をめぐっては、規制緩和を推進する政府(内閣府)と、既得権益を守りたい文科省(農水省)の対立構図がある。当初、諮問会議は文科省による「岩盤規制」に穴を開けるため、広域的に獣医師養成大学が設置されていない空白地域に複数の獣医学部新設する方針だったが、日本獣医師会の激しい抵抗を受けて「1校限定」で妥協。四国の家畜感染症や人獣共通感染症の水際対策などの切実なニーズなどを踏まえて、今治市が妥当という判断に至った。
この関係性を、どの新聞社よりも加計問題の取材で先行しているはずの朝日が知らないはずはないと思うが、しっかり報じられた印象はあまりない。
一方、14日に京都産業大学が開いた記者会見に関する各紙の報道ぶりは興味深いものだった。
京産大の黒坂光副学長は獣医学部新設を断念した理由を次のように語った。
「獣医学部は京都府が申請主体だったが、国家戦略特区の実施主体として私どもは申請した。構想はいい準備ができたが、今年1月4日の(政府の)告示で『平成30年4月の設置』になり、それに向けては準備期間が足りなかった。その後、加計学園が申請することとなり、2校目、3校目となると、獣医学部を持っている大学は少なく、教員も限られているので、国際水準の獣医学教育に足る十分な経験、質の高い教員を必要な人数確保するのは困難と判断した」
この発言の後、黒坂氏は、開設時期が「京産大外し」につながったかとの認識を問われ、「それはありません。告示を見て判断した。それだけであります」と答えた。さらに昨年11月の国家戦略特区諮問会議の方針で「広域的な獣医師養成大学が存在しないところに限り新設可能」との条件が入ったことに関し「不透明な決定という感触は」との質問には「ございません」と明言している。
しかし、黒坂氏の発言は15日付朝刊の朝日と読売で報道ぶりが全く異なった。
朝日は京産大が断念した理由を「加計学園が今治市に獣医学部をつくる計画が先行したため、教員の確保も難しくなり、将来的にも設置を断念をした」と指摘する。その上で、安倍首相が獣医学部新設を全国展開する考えを示したことについて「教員数が限られる中、実現性の低い方針だったことが浮き彫りになった」と批判する。
しかし、読売は「野党は、安倍首相が長年の友人の同学園理事長に便宜を図るため、京産大ではなく、加計学園を選んだのではないか--と批判しているが、京産大側の事情で認定に至らなかったという側面が判明した」と書く。
京産大の記者会見を受け、八田氏は14日、加計が先行したことで京産大が獣医学部新設を断念したと指摘されることについてコメントを出した。
八田氏は「京産大が昨年提案を行った際、今治市が先行して提案を行っていることは認識されていたはずであり、今治市と京都府の獣医学部が両立することを前提に提案されていたはずです」と指摘。その上で、京産大の提案撤回は「国家戦略特区における政策決定が要因ではなく、あくまで、当初の提案後の京産大における方針転換と理解しています」と述べた。
24日には安倍首相が衆院予算委員会の閉会中審査で加計問題について説明する方向で与野党間で調整が続いている。しかし、安倍首相がいくら真摯に説明したところで、野党や朝日などが指摘する“疑惑”が払拭されるかといえば疑わしい。というのも、メディアに疑惑を払拭する考えがあるとは思えないからだ。
報じる、報じないの裁量は各メディアにある。だが、読者に対し、特定の事柄を報じないというのは、責任あるメディアの役割としていかがなものかとの思いを禁じ得ない。(政治部 田北真樹子)