【近ごろ都に流行るもの】
ある週末。地下鉄半蔵門線水天宮前駅(中央区)を地上に出ると、「おめでとうございます!」の声とともに企業のロゴ入り袋が次々差し出された。試供品のサプリメントや紙おむつ-。この日は「戌(いぬ)の日」で、安産の神様・水天宮の周囲には丸いおなかの女性と家族が500メートル超の大行列。ここは妊婦・新生児向け商品の絶好のサンプリングポイントなのであった。
サンプリングとは、商品を無料で配って実際に食べたり使ったりしてもらうことで、新規需要の掘り起こしをねらう販促活動。
「おコメにまぜて炊くだけで約3割カロリーカット」「お茶碗(ちゃわん)一杯でレタス1個分の食物繊維がとれます」。そんな声がけで配られていたのは大塚食品の「マンナンヒカリ」だ。こんにゃく製粉が主原料の疑似米食品。「同じ日が出産予定日」という20代の姉妹は、「こんなものがあるとは知らなかった」「妊娠中にもいいならぜひ試してみたい」と興味津々。「95%の人が受け取ってくれる」と、同社商品育成チームのリーダー、藤田幸治さんは手応えを語った。
糖尿病患者向けに開発されたマンナンヒカリは脱メタボの機運を追い風に平成20年度8億円、21年度11億円を売り上げ、今年度は21億円の売り上げを見込む期待の商品。藤田さんは妻の妊娠をきっかけに、妊婦さん向けのアピールをひらめいたという。「体重が増えすぎないよう食事指導を受けたり、便秘に悩んでいたり…。妊婦さんにもぴったりじゃないかと」
この日は、3時間半で1千人に配布。7月11日にも同規模で実施予定という。
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水天宮では参拝者数を公表していないが、ある企業の担当者は「戌の日に休日が重なると約4千人の妊産婦が集まる」という。マタニティー服やベビー用品、内祝いなどのカタログ配布を含めこの日は7社が確認できた。
通常1千円で販売されている「トミーティッピー」という英国ブランドの哺乳(ほにゅう)瓶も配布されていた。「昨年から輸入を始めたが、国内の老舗大手が盤石な日本の市場に食い込んでいくには、これくらいしないと認知が広がらない。一度使っていただいて、2個目、3個目の購入時に選んでいただけたら」と、輸入発売元・レックの早崎孝夫さん。21年12月から計4回、1日各1千本のサンプリングを実施。単純計算でこれまで400万円分の商品をタダで配っていることになるが、「宣伝広告費と考えている」と継続予定だ。
販促費を絞り込む企業が目立つなか、効率よくターゲットに届くピンポイントサンプリングは、学舎にまで広がっている。学食の配ぜんスタッフが食事と一緒にサンプルを配る「学食手渡しサンプリング」のシステムを5月から始めたユーキャンパスは首都圏7大学と契約。通常5千個配布につき20万円を企業から受け取り、大学学食側に配布料を還元。「メニュー値下げなど学生サービスの原資にしてもらえる一方、企業側には街頭配布よりコストが低く抑えられるメリットがある」と同社。
また、大塚食品でも6月、高校生向け飲料「マッチ」を首都圏13高校で1万3200本配布した。
さて、冒頭の戌の日に水天宮前で試供品を頂いた私は、よくできたコンニャク製のコメにハマってしまい、妊婦と混同された自らの腹のダイエットを決意。直ちに業務用の購入に走ったのであった。私事で恐縮だが、ひょんなサンプリング効果も追記しておく。(重松明子)