阪神大震災、東日本大震災など大地震が続く日本列島。
4月に発生し、直接死の犠牲者50人を出した 熊本地震は発生から4カ月が過ぎたが、復旧は十分に進まず、いまだ避難所には多くの人が身を寄せている。活断層が動いた直下型地震となったこの熊本地震に ついて、以前から警告を発していた地震学者がいる。元京都大総長で、京都造形芸術大の学長を務める尾池和夫さん(76)だ。一体、どんな人物なのだろう か。(西川博明)
熊本地震の予兆根拠
尾池氏は熊本地震が起こる約3年前、熊本市内で行った講演で、「今にも地震が起こりそうだ」などと話していた。
その根拠として「(熊本県を横断する)日奈久(ひなぐ)断層で小さな地震が起こっている」とし、熊本周辺で地震活動が活発化しつつある、と警鐘を鳴らした。
地震学者にとって熊本は地震で大事な土地という。なぜなら、1880(明治13)年に「日本地震学会」(当時)が創設され、その後起きた最初の地震が1889(明治22)年の熊本地震だったからだ。
尾池氏は「当時の熊本地震の被害写真があり、地震学者にとって有名だった。そのときも熊本城の石垣が崩れている」と指摘。地震の教訓は「ニュースでは『まさか…』となるが、100年経てば、この地震も覚えられていなかった。教訓が生かされなかった」と語る。
政府が予測困難とする巨大地震だが、尾池氏は南海トラフ巨大地震の次の発生年を大胆にも「2038年ごろ」と予測している。
根拠としているのは、高知県にある室津港の水深データや港の隆起量の変化量だ。
過去の経験則で一定のサイクルがあるとみられ、現地での大地震が1707(宝永4)年、1854(嘉永7)年、1946(昭和21)年と起こっていることから、次は2038年ごろになるのが目安としている。
尾池氏は「備えあれば憂いなし」と警鐘を鳴らしているのだ。
「なんとなく」地震学者に
昭和15年生まれの尾池さんは高知県育ち。38年、京都大理学部地球物理学科を卒業した後は、京大で地震学者の道を歩み、防災研究所助手、理学部教授、副学長などを経て、平成15年12月~20年9月には第24代京大総長を務めた。
25年4月からは京都造形芸術大の学長に。著書に「2038年南海トラフの巨大地震」などがある。
地震学者への道は「なんとなく選んだ」という結果だったという。「(高校の)先生は『東大へ行け』と言っていたけど、物理の実験がやりたくて…」と京大理学部へ進学した。
3回生のとき、学科選択を迫られ、「僕は人嫌い。人が少ないところを」と地球物理学科を選び、最終的に「消去法で、面白そうな中から」地震学を選択したとか。
「将来の地震予想が大事」
地道な研究生活の中で、さまざまな発見や成果があったが、それがいつしか地震の?常識?となっている事柄もある。
たとえば、内陸地震の震源の深さ。日本列島の内陸地震の震源は深さ10~15キロに集中しているが、それはその位置に「割れやすい花崗岩質層がある」から。自身が観測を重ねた大発見だった。
また「活断層に沿い、地震が連発する」という現象も博士論文で発表した研究成果だといい、それは4月の熊本地震でも証明された形だ。
今後の研究の方向性について「将来の地震予想が大事」と主張する尾池さん。今後発生しうる地震は、活断層の活動状況などを観測すれば、ある程度予測がつくとみている。
「地震火山庁」創設を提案
尾池さんによると、阪神大震災以降、西日本は「地震の活動期に入っている」という。
関西では特に、和歌山の中央構造線付近や奈良盆地、大阪の上町台地に警戒が必要で、京都も「200年に1度は地震が起きているが、(行政の対応などは)のんびりしている」。
政府に長年提案しているのが、新たな「地震火山庁」の創設だ。
天気予報のように、テレビなどで定期的に地震予報を世間へ流すことで、地震に対する心構えを常にもってもらう効果に期待する。活断層上に官庁や公共施設の建設を禁じる法整備なども提案する。
そして住民には、こう呼びかける。生命を守るために「せめて寝室だけでも耐震化を」。
マンガで伝えたい
実は、こうした広報の重要性に気づいたのは、京大総長時代にプロデュースした京大名物「総長カレー」だった。
レトルトカレーを地元テレビ局へ発売を許可したところ、「ただで京大を宣伝してくれる効果が大きかった」。総長カレーを食べれば京大に合格できる“都市伝説”まで生まれたという。
現在、学長を務める京都造形芸術大では、宇宙や地球、日本列島の仕組みを紹介するマンガを出版する計画を進めている。
また学生たちと動画づくりに挑戦するなど、新たなメディアを使った実験にも取り組んでいるといい、「これまで文章や講演だけでは伝わらなかった地震学の知識を世間に広く伝えていきたい」と意気込んでいる。