年金受給の「繰り上げ」「繰り下げ」には様々な考え方があるが、数年後には「さらなる繰り下げ」が可能になるという。
「年金を75歳まで我慢すれば2倍に増やします」。政府がそんな“甘い囁き”を始めた。だが、うまい話には「裏」がある──。日本経済新聞は1月26日付朝刊1面でこう報じた。
〈厚生労働省は公的年金の受給開始年齢を75歳まで繰り下げられるようにする検討に入った。毎月の年金額は65歳開始に比べて2倍程度とする方向だ〉
現在、年金の支給開始年齢は原則65歳だが、もらい始めるタイミングは受給者自身が60~70歳の範囲で決められる。「60歳受給」なら本来(65歳支給)の金額の7割しかもらえない。それに対して「70歳受給」を選択すると年金額は本来の42%増しになる。
この繰り下げ受給の年齢上限をさらに75歳まで遅らせることで、年金額は約2倍になる──というのが厚労省が新たに打ち出した“年金改革案”で、2~3年後から導入される見通しだと報じられている。
「年金2倍」と聞くといかにも得するように思えるが、騙されてはいけない。75歳から年金を受給した場合、何歳になれば年金総額が65歳受給のケースに追いつくかという損得分岐点を見定める必要がある。
◆税金と保険料がハネ上がる
今年65歳を迎える横浜市在住のAさんは年間211万円(月額約17万5000円)の年金をもらえる予定だ。東京23区、横浜市、名古屋市、大阪市など生活保護法の級地制度で「1級地」に指定されている都市は受給額が211万円以下ならば、世帯全員が住民税非課税となる(他の地域は金額が異なる)。一方、Aさんがあと10年我慢して75歳への繰り下げ受給を選んだ場合、現行の割増率で計算すると年金額は388万円(月額約32万円)にアップする。ざっと2倍だ。
しかし、年金額が増えると、その分、年金から天引きされる所得税・住民税、健康保険や介護保険などの社会保険料などがハネ上がる。
税理士でファイナンシャルプランナーの犬山忠宏氏の計算(同年齢の控除対象配偶者がいる場合)によると、65歳受給の年金額面211万円のケースではAさんの税・保険料は低く(年12万円)抑えられ、年金の手取りは199万円になる。それに対して、75歳支給を選ぶと額面388万円の年金から税金や保険料を55万円も天引きされ、手取りは333万円にとどまる。
繰り上げで年金の額面は2倍近くに増えるようにみえても、割増しされた金額の約3分の1が税金などで持って行かれるのだ。
この年金手取額をもとに65歳受給と75歳受給のどちらが得になるかの「損得分岐点」の年齢を試算すると、75歳受給を選んだ人は平均寿命を超える90歳まで生きなければ65歳で受給開始した場合の年金額に届かない。
厚労省の推計では、介護を受けずに自立して生活できる「健康寿命」は日本人は男性72.14歳、女性74.79歳とされる。また、85歳を超えると58%が認知症になるとも推計されている。
健康寿命の間は年金を我慢し、体がいうことをきかなくなる75歳から年金をもらい、多くの税金を納めさせられる。75歳受給は国民にとり“我慢が報われない選択”と考えるべきだろう。
※週刊ポスト2019年3月1日号