原油価格の下落は日本にとって福音ばかりではない?「逆オイルショック」で回り出す負のループの正体

● “逆オイルショック”到来でどうなる?  なぜ原油価格は急落してしまったか
 最近、“逆オイルショック”という言葉がよく使われている。今から約半年前の6月、代表的な原油価格であるWTI(米国ニューヨークで扱われる原油の指標銘柄)は、1バレル当たり107ドル台だった。
 ところが足もとの12月10日現在、同価格は60ドル台まで急落した。約6ヵ月間の下落率は57%を超えた。
 従来原油価格は、中東での紛争などをきっかけに急上昇することが多く、それによって世界経済に痛手が及ぶことが多かった。今回の原油価格の下落が今までの反対、つまり“逆オイルショック”と呼ばれる所以なのだ。
 原油価格の下落は、輸入国にとっては基本的に大きなプラス要因となる一方、原油を輸出している国にとっては大きなマイナス要因になる。円安傾向が続いているにもかかわらず、ガソリン価格が下落気味になっていることなど、わが国経済にとって重要な福音をもたらしていることなどがその例だ。
 しかし、原油価格が短期間にこれだけ下落すると、国際金融市場でのお金の流れ(マネーフロー)などに大きな影響を与える。ベネズエラやロシアなど主要産油国の経済状況が悪化したり、エネルギー関連株の動きが不安定になるなどの悪影響も、顕在化している。
 中長期的な原油価格の動向については、専門家の間でも様々な見方があるようだが、当面すぐに原油価格が急上昇することは考え難い。その背景と影響、さらには今後の展開を考える。
 原油価格下落の主な理由については、ロシアに対する制裁強化説など様々なものがある。ロシアに対する制裁強化説とは、ウクライナ問題の制裁を強化するために、米国やサウジアラビアなど一部の産油国が結束して、原油価格を意図的に下げているとの見方だ。
 あるいは、主要産油国であるサウジアラビアが、米国のシェールオイル産出に対抗するため、減産を見送って価格を押し下げているとの見方もある。それらは、いずれもストーリーとしては面白いのだが、それに要するコストを考えると、あまり説得力はないと思う。
 現在の世界の原油市場の構図を整理すると、まず欧州やわが国、さらには中国をはじめとする主要新興国の景気回復が遅れているため、原油に対する需要は当初の予想よりもやや下振れしている。
● OPECやサウジのプレゼンス低下で 供給過剰の状況は変わらない? 
 一方供給サイドはと言うと、非OPEC(原油輸出国機構)国を中心に増産が顕著になっている。特に、米国のシェールオイルの大幅な産出拡大が目立っている。こうした状況を冷静に分析すると、供給が需要を上回る状況になっている。
 また、サウジアラビアをはじめとするOPECは、原油価格の下落に歯止めをかけるために総会を開催したのだが、結果的に合意を形成することができなかった。ということは、当面供給超過が続くことになる。
 世界の原油を巡る構図は明らかに変化している。1つの変化は、OPECが以前ほどの価格決定能力を持てなくなったことだ。ロシアや米国などのシェア上昇で、カルテル機能が大きく低下している。
 もう1つは、かつての盟主であるサウジアラビアのプレゼンス低下だ。かつて同国は、原油市場の盟主としてプライスリーダーの役目を果たしてきた。しかし、アブドラ国王の高齢懸念や後継者などの国内問題に加えて、中東地域の紛争が大規模化していることもあり、盟主としての実力を果たす余裕が低下している。
 盟主の力量が低下すると、どうしてもマーケットは不安定になり易い。それは原油だけに限ったことではない。
● “逆オイルショック”は大きな福音だが 日本にとってプラス面ばかりではない
 原油価格が下がることは、多くのエネルギー資源を海外からの輸入に頼らざるを得ないわが国にとっては、大きな福音だ。国内の物価上昇のペースが、賃金上昇のそれを上回って消費が伸び悩んでいることを考えると、アベノミクスには神風と言ってよいだろう。
 しかし、短期間に原油価格が大きく下落することは、世界経済にとって無視できない攪乱要因になる。まず、原油産出国には重大なマイナス要因として働く。すでにロシアの通貨であるルーブルは、過去半年間で約40%以上下落しており、今後輸出手取り代金の大幅減少により、国内経済が痛手を受けることは避けられない。
 また、ベネズエラなどでは財政の悪化懸念が顕在化している。原油価格の下落によって、それ以外の商品市況が不安定化していることも見逃せない。こうしたマイナス要因によって、国際的なマネーフローが変化するはずだ。
 たとえば、鉄鉱石などの有力な資源国であるブラジルは、国際的なマネーフローの変化によって自国通貨レアルが大きく売られた。それに対して、ブラジル中銀は政策金利の引き上げを行った。ブラジルは結果的に、景気が減速している状況下で金利を引き上げることを余儀なくされた。同国の経済は、さらに悪化することが懸念される。
  “逆オイルショック”をきっかけに、ブラジルなど主要新興国の経済が減速すると、世界経済の足を引っ張る可能性が高い。欧州やわが国、さらには中国の経済回復が遅れている状況下で、ブラジルなどの新興国経済までもが減速すると、世界経済全体に“逆オイルショック”のマイナス効果が波及する可能性は高まる。
 そうしたリスクを見越して、足もとでは株式や為替などの金融市場が不安定な展開になっている。それは、大手投資家がリスクオフに走っている証拠だろう。
● 円安の巻き戻しで好調株価に影響も?  日本経済にマイナス効果が波及する可能性
 主要供給国であるサウジアラビアのヌアイミ石油鉱物資源相は、米国のシェールオイルとのシェア争いに言及したという。かつて同国が減産によって、国際市場でのシェアを落とした苦い経験が働いているのだろう。
 また、同国が抱える国内外の問題を考えると、短期的に減産に踏み切ることは考え難い。おそらく、エネルギー輸出依存度の高いロシアなどと同じ状況だろう。とすると、当面国際市場での需給状況は大きく変化することはないだろう。原油価格が短期間に大きく上昇することは考え難い。問題は、“逆オイルショック”がこれからも続くことだ。
 わが国に関しては、今のところ、原材料としての原油価格の下落によるメリットの方が多い。ガソリン価格の低下は、一般家計や運送費用の低下を通して経済全体にプラスの効果をもたらすからだ。
 しかし、これから徐々に、“逆オイルショック”のマイナス面が波及すると覚悟した方がよい。世界的なマネーフローの変化によって、ブラジルなどの主要資源国を中心に新興国の経済が痛手を受け、それがわが国をはじめ世界経済の足を引っ張ることになる。
 また、マネーフローの変化は投資家のリスク許容量を低下させ、ヘッジファンドなど大手投資家をリスクオフの方向へと追いやる。為替市場では、リスクオフの動きに従って円安に巻き戻しの動きが出るだろう。
 円安に修正が加わると、わが国ではGPIF(年金資金管理運営機構)や日銀に支えられてきた、官制の株式上昇のトレンドに変化が出ることも考えられる。また、原油価格の下落は、デフレからの脱却を目指す日銀にとって大きな逆風になる。
 金融市場が不安定になり、デフレ脱却のメドがつかなくなると、アベノミクスに大きな打撃になることも考えられる。原油価格が下がれば、我々にとってプラスになると単純に考えることはできない。
真壁昭夫

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