吉祥寺、戸越銀座の「自粛無視」報道写真のウソ

地域住民の生活の場である商店街の“三密”ぶりが報道機関各社によって報じられ巷の注目を集めた。一方で、映し出された映像や写真の是非を巡りネットでは大炎上。なぜ騒動はここまで大きく広がったのか、その背景を読み解く。

◆地元住民に暴かれた行きすぎた報道写真の闇

 すべての情報には何かしらの意図が含まれている。報道写真においてもカメラで切り取られたその世界が真実とは限らない。

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、政府は4月7日に緊急事態宣言を7都府県に向けて発出し、16日には対象地域を全国に広げた。さらに、5月4日には月末31日までの期間延長を決めた。不要不急の外出自粛が国民に求められる中、4月12日にNHKは品川区にある戸越銀座商店街の賑わいを報道。これを皮切りに、さまざまな報道機関が都内の有名商店街の“三密”(密閉・密集・密接)状態を写真や映像とともに伝え始める。

 例えば、4月14日のWeb版毎日新聞には、買い物客で賑わう戸越銀座商店街の写真が掲載された。同月19日には、JR吉祥寺駅前のサンロード商店街を日刊スポーツが、共同通信は武蔵小山商店街パルムを取り上げた。

 外出自粛の呼びかけによって新宿や渋谷など、都心の繁華街が静寂に包まれる一方、商店街がマスク姿の買い物客や家族連れでごった返している。世間は近隣住民を「危機感が低い」と叩いた。

 だがその一方で、地元住民による報道写真や映像の検証で“写真のウソ”が明らかになると、Twitter上では炎上騒ぎに発展した。そこには「『こういう絵が撮りたい』と思って渋谷のNHKから戸越銀座まで行っている。そういう絵を撮って帰ります。地元民の気持ちなんて置き去り」「いい『絵』が撮れないと、しまいには『CG画像』で代用する予感(悪寒)」といった旨の、報道姿勢に対する嘆きと諦めの声が目立つ。そして、いずれの報道写真にも共通しているのは“望遠レンズによる圧縮効果”だった。

 まずは、論より証拠。検証写真は、吉祥寺在住の会社員・赤祖父氏がサンロード商店街の入り口から撮影したもの。広角レンズの写真と比べ、望遠レンズのそれは左右にある鉄柱やフラッグの間隔がかなり狭まり、その影響から約300m先にあるアーケードの出口も写真に納まっている。また、近くのものと遠くのものの距離が縮まったことで、あたかも一か所に人だかりができ、“三密”状態になっているかのように見える。つまり圧縮効果とは遠近感が失われ、近景と遠景とが重なって見える現象を指す。こうした報道写真の過剰演出に対し、赤祖父氏は語る。

「新型コロナウイルスの感染を楽観視している人たちに警鐘を鳴らすのは大切ですが、三密リスクを軽視している住民が多いかのような報道は結論ありきの印象操作としか思えません。一連の商店街の報道は、周辺の住宅街で暮らす人たちを悪者扱いして“自粛警察”が溜飲を下げる的にしただけです」

 武蔵小山商店街パルムの近くに住む人たちも「生活必需品を販売する店が多い商店街は、地域住民の生活道路でもあるので人の往来はあります。それでも報道写真ほど“密”ではありませんよ」と、残念そうに嘆いてみせた。

 また、品川区議会議員の松本ときひろ氏は誇張した報道写真が持つ影響力について顔を曇らせる。

「戸越銀座商店街や武蔵小山商店街パルムでは、外出自粛を促すアナウンスを定期的に流したり、“STAY HOME”の貼り紙や看板を設置したりしてコロナ対策に取り組んでいます。それなのに“三密”が誇張された報道写真によって商店街の組合や店舗にクレームの電話が相次いだ。ただでさえ疲弊している商店街の人たちは非難され続け、悲鳴を上げています」

商店街には、東京内外から「野放しにするな」「人混みを何とかしろ」などの苦情が殺到。戸越銀座商店街には“殺人商店街”と中傷する電話もあったという。こうした行きすぎた自粛監視はネット上でも散見される。ネットウオッチャーのおおつねまさふみ氏は言う。

「外出や営業自粛に応じない人や店舗に対し、ネット上で誹謗中傷を繰り返す“自粛警察”と呼ばれる人たちにとって、彼らを私的に取り締まる行為は正義なのです」

 編集部が、吉祥寺サンロード商店街の三密報道をした日刊スポーツに「写真の意図」に対する見解を求めたところ、「現場の取材で得られた写真を掲載しました」、またネット上の声には「真摯に受け止め次に生かしていきたいと考えています」との回答だった。

◆報道写真で駆使されるカメラテクニックの数々

 望遠レンズによる圧縮効果を生かした写真は報道の世界ではさして珍しいことではない。今年の2月上旬から始まった羽田新ルートの試験飛行の報道でも、いろいろな報道機関が圧縮効果を利用し、航空機が建物と接触スレスレで超低空飛行する写真を掲載した。報道写真の役割について、朝日新聞社の元写真部次長であるジャーナリストの徳山喜雄氏はこう話す。

「欧米に比べ、日本の報道写真は表現力が乏しいと揶揄されることがあります。読者の目を引くために技巧を凝らし、誇張した写真をよく使うのはその証し。私が入社した30年以上前からこのスタイルは変わってません。“伝統芸”です」

 報道写真は記事に説得力を与える“添え物”と言われることも。

「代表的なのは震災や災害での写真。文章で事細かに被害状況を説明し、全体を俯瞰した写真が一面を飾る。記事に説得力を与えるための情報量が多い、説明的な写真になりがちなのもそのためです」

 報道写真で頻繁に使われる撮影テクニックは他にもあるという。

「望遠レンズと並び、使われる頻度が高いのは広角レンズ。近いものはより近く、遠いものはより遠くに写せるので、デモ中に道路に投げられた火炎瓶から出る焚き火ほどの炎でも、街中が燃えているような激しさを演出できます。また、シャッター速度を遅らせるほど、動感が生まれ、朝の通勤ラッシュの混雑ぶりや、火事や地震から逃げる人たちの悲壮感、そんな雰囲気の写真に仕上げられます」

 下から煽って撮影すれば威圧的な指導者を印象づけられるとか。

「他にも、護衛される容疑者を撮影する場合、正面からストロボを焚くと表情が乏しくなります。代わりに斜めから入るテレビ局の照明を利用することで顔に陰影を生み、それまでの人生が滲み出た表情を写し出すこともできます」

 今回、「過剰な撮影テクニックを使うと現場の臨場感や雰囲気とかけ離れ、素人には印象操作に見えてしまいます」とおおつね氏が言うように、ネット上では“偏向報道だ”という声も多く上がった。だが、「報道側の意図が反映されていたとしても、切り捨てるのは早計」と前置きした上で、報道写真との向き合い方を徳山氏は語る。

「現場で撮影している以上、写真には何かしらの事実が写し出されています。また、同じ現場でもメディアの視点や立場によって見せ方は違うし、それは完全なウソとは言い切れません。むしろ、切り取られなかった世界を想像しながら発信者の意図を見抜こうとする、そんな姿勢が大切です」

 行きすぎた報道写真は決して許されることではない。だが、写真でありのままを伝えるのは難しい。情報が錯綜し混乱を極める今だからこそ、100%鵜呑みにするのではなく、一旦立ち止まって自分なりの考えや答えを出そうとする。そんな姿勢が見る側にも求められているのだ。

【おおつねまさふみ氏】
30年以上ネット観察をしてきたネットウオッチャーの代表的存在。緻密な観察と批評は定評。炎上対策会社MiTERU代表取締役

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