吉野家の「牛丼缶詰」が 飛ぶように売れている理由
吉野家が発売した牛丼の缶詰が、一缶810円(税込、以下同)もするにもかかわらず、飛ぶように売れていることが話題になっています。商品名は「缶飯」。吉野家の公式通販ショップで売られていて、正確には6個セットで4860円です。お店で買える牛丼並盛弁当が380円で、缶詰はそれよりも分量は少なめですから、確かに割高に思えます。
外食産業や食品メーカーには薄利多売のビジネスモデルでの疲弊感がある中で、このように2倍以上の価格でも売れる商品があるというのは、興味深い話ですよね。これが外食産業における新しい儲けのヒントになるのかどうか、考えてみることにしましょう。
そもそも、吉野家の牛丼の味を自宅でいつでも食べたいというニーズに対しては、同じ吉野家の公式ショップでレトルトタイプの冷凍「牛丼の具」が販売されています。その価格は直接比較ができないサイズになってはいますが、10袋パックを買えばおおむね店よりも割安のようです。
具体的には「ミニ牛丼の具」セットが80グラム入りで1個あたり298円、135グラム入りの「牛丼の具」が448円。これに対して店の牛皿並は90グラムで330円、牛皿大盛りは110グラムで450円ですから、店と同じ味のレトルトタイプは家庭で食べる際にもだいたい同じ価格になるように設定されているようです。
「缶飯牛丼」に使われている牛丼の具はお店で使っているのと同じ材料、ご飯は缶詰に合う保存が利くお米ということで、秋田県産の金のいぶきという品種の玄米が使われていて、ビタミンEや食物繊維が豊富だということです。
価格が高くなったのは、この玄米を使用していること、生産量が小ロットだということが原因のようですが、高くても売れている理由はべつに高品質だからというわけではないようです。要するに、「缶飯牛丼」は非常食として開発されており、非常食ニーズによって買われているということなのだそうです。
もともと吉野家は、過去の震災でも炊き出しのキッチンカーを被災地に派遣しており、災害対策についての企業責任を深く考えている企業です。レトルトの冷凍牛丼は災害用には保存が利かないため、今回3年間常温保存ができて、缶を開ければそのまま食べられる牛丼を開発したということです。
災害時に毎日牛丼では飽きがくるという人が当然いるため、商品ラインナップも焼鶏丼、焼塩さば丼など6種類用意されています。このように、災害用であるという点と牛丼以外に6種類の味を用意しているという点が、牛丼の缶詰の「売れている理由」ということになります。
自販機なら一缶110円のコーラを なぜわざわざ1000円で買うのか
さて、私たち経営コンサルタントの世界では、同じ商品でもニーズが違えば違う価格で売ることができるということがわかっています。ベストセラーになった『100円のコーラを1000円で売る方法』という本があるので、ご存じの方も多いかもしれません。
冷えたコーラは自販機なら一缶110円で買えるのに、なぜわざわざ1000円で買う人がいるのかと思うわけですが、確かに一流ホテルに宿泊している人が、深夜にルームサービスで冷たいコーラを飲みたいと思ったら、1000円で買うことは当然あるわけです。スーパーの店内で冷えたコーラが88円で売っていることを知っていても、レジに並ぶのが嫌で、店頭の自販機で150円のコーラを買う人もたくさんいます。
牛丼の缶詰も同じことで、違うニーズに焦点を当てると違う価格で商品が売れる典型例のようです。
なぜ牛丼の缶詰が高く売れるのかを、もう少し別の視点で考えてみましょう。缶詰の非常食は、実はそれほど高いものではありません。焼鳥缶にしてもサバ缶にしても、100円ショップで買うことができる商品です。
しかし、改めて気づかされるのは、私にとって810円の吉野家の牛丼の缶詰は、100円の焼鳥缶よりも「欲しい」と思える商品なのです。理由は、私が災害用の保存食を2年に一度、食べるのが嫌いだからです。
読者のみなさんの家庭もそうかもしれませんが、我が家でも寝室に3つ災害用のナップサックが置かれていて、避難所に逃げた際に食べる必要最小限の品物がその中に入っています。
私の場合、幸運なことに、これまで備えはしていても一度も避難所に行かずに済んでいます。とはいえ備えは必要なので、災害用の食品は常にリニューアルしています。賞味期限が3年の保存食でも、余裕を見て2年に一度新しいものに取り替えて、古いものはもったいないからと家族で食べるのですが、私はどうもこの習慣が好きではありません。
特に嫌いなのが「かんぱん」で、これが苦手なのはどうしようもないのですが、少なくとも缶詰はもっと好きなものを買い置きしておきたい。そう考えると、百均の缶詰ではなくむしろお歳暮用のカニ缶のようなゴージャスなものを、災害用のナップサックには入れておきたいと常々考えてきたわけです。
ただ、カニ缶で災害時にカロリーが補給できるかというと、それはまた問題がありそうです。そう考えると、大好きな吉野家の牛丼の味を災害用のナップサックに入れておくというのはよいアイデアであり、災害用にも十分に役立つし、2年に一度の入れ替えの際も不平不満はまったくなく平らげることができるわけです。
価格が高くても売れる市場は 探せばもっとある?
さて、ここまでの話を「災害用という特殊な例だから、たまたま牛丼の缶詰がヒットしている」と考えて終わりにするのは、ビジネスの思考トレーニングとしてもったいないというのが今回のポイントです。
飲食業、加工食品業に関係するみなさんは、この例を基に「他にもっと気づいていない、価格が高くても売れる市場があるのではないか」ということを考えてみてはどうでしょう。
具体的には、お土産、贈答品、学校給食、介護、記念日関連などなど。売り方としても、通販、定期購入、限定品の予約購入、製造したばかりの商品を届けるなど、いろいろな方法があります。加工食品なら、グリコのポッキーが銀座のクラブでマドラー代わりに使われている例もあるし、それを飲食店で売るという方法もあります。
種明かしを聞いてしまうと、コロンブスの卵のような牛丼缶詰の話ですが、ビジネスの応用範囲は意外と広いと思うのです。いかがでしょうか。
(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)