名言や社訓に洗脳される若き老害たち

「若き老害」――。自分自身も若いのに、後輩や部下をマウンティングする社員を指す。特に顕著なのは「名言」や「武勇伝」などを押しつけるマウンティングである。その実例や背景について考えてみる。

●名言、格言、武勇伝を駆使してマウンティング

「Stay hungry, stay foolish.ジョブズが教えてくれたことを、僕は忘れない」――。「意識高い系」のよくある行動パターンで、このように名言を受け売りするというものがある。偉人が発した有名な言葉も、経営者や上司や大学の先生が言った言葉も、受け売りする。受け手のリテラシーが低いと、あたかもその人の言葉だと思えてしまう。

この名言の受け売りは「若き老害」たちのお家芸でもある。新入社員などに対して、若手社員がドヤ顔で名言を引用しつつマウンティングする光景が職場では展開されるのだ。

後輩への指導などの場面で、いちいち名言などを引用されるのは迷惑な話である。わずか数年しか長く勤めていないのにも関わらず、その間に知ったビジネス名言・格言を駆使してマウンティングをするのだから、質が悪い。

さらに、だ。世の中一般に知られている言葉によるマウンティングならまだいい。しかし、その企業に伝わる言葉や武勇伝、特に社長の座右の銘や、会社のビジョンなどをもとにマウンティングしたら、もう勝ち目はない。そんなもの、知るかという話である。長年続いている企業ならまだ分かるが、スタートアップベンチャーでそんなことを言われても、迷惑だ。

もっとも、これは若き老害社員だけが悪いわけではない。2000年代に入ってから、多様な従業員の行動の方向性をそろえるため、モチベーションを上げるためにも各社でビジョンやミッションの策定などが相次いだ。

創業して間もないベンチャー企業においても、この手のものは策定される。ビジョンや社訓は、まるでポエムのようになっており、さり気なく従業員の愛社精神に火をつける。

社畜化をはかるための道具なのだが、この手のものを浸透させるべく、経営者は社員に、やたらとビジョンの話をするのだ。採用活動においても、利用される。若き老害社員はこれに洗脳されたとも言えるだろう。

とはいえ、この手の名言受け売り型の若き老害社員は後輩にとってはいい迷惑である。

●ビジネス名言としてよく引用されてきた「電通鬼十則」

もちろん、名言を言いたくなる気持ちも理解しなくてはならない。名言は、明日への活力だ。滋養強壮剤を飲んだときのように、その瞬間、少しだけ元気になることができる。そして、その言葉を知っていることにより、少しだけ人の上に立つことができる。

日本のビジネスパーソンは名言が大好きだ。ビジネス雑誌の特集、ビジネス書などでも人気を呼んでいるものは、いわゆる「名言もの」である

過労自死問題で揺れる電通の「電通鬼十則」も、今では社畜精神丸出しの言葉と揶揄(やゆ)されるが、昔からビジネス名言としてよく引用されてきた。

私も新入社員時代はこの言葉を教育担当から渡されたし、ビジネス名言として電通以外にも広がりを見せている。

この言葉は1951年に4代目社長、吉田秀雄氏により作られたのだが、その3年後の1954年に当時の阪急電鉄の社長が吉田氏直筆のものをオフィスに掲示した。さらに、1976年には米General Electric(GE)のオフィスにも掲示されるようになった。影響力のある言葉であることが分かる。

この手の言葉は意味が独り歩きしていくのが、厄介だ。解釈は時代によって変わる。例えば、電通鬼十則でいうと、10番目に出てくる「摩擦を怖れるな」は別に、周囲との摩擦だけを言っているわけではない。自分の考えが変化することによる、心の葛藤を指していたりする。部下、後輩をマウンティングするために都合いいように解釈されがちなのだ。

もちろん、電通鬼十則を押し付けてくるのは迷惑な話だが、これほど語り継がれている名言ならまだマシである。最近できたばかりのベンチャー企業の社訓や、ビジョン、ミッションなどの受け売りでマウンティングされるのに比べれば……。

もっとも、彼らはこのような言葉をよりどころとしてしまうのだろう。若き老害は、かわいそうな存在なのだ。

(常見陽平)

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