「業界トップクラスの営業力とネットワーク」「応募する女の子の立場を考えた運営」。
大阪府警がこの夏に摘発した大阪市のアダルトビデオ(AV)制作会社は、ホームページ(HP)でこううたい、大手モデルプロダクションを装い女性を集めていた。しかし実際にはモザイク処理のない無修正AVに次々と出演させて荒稼ぎしていたことが判明。出演強要が社会問題化して以降、健全化を目指してきたAV業界だが、女性を“食い物”にする違法業者が依然幅を利かせる現状が浮き彫りになった。
AV制作会社「ミュゼ」の存在が明らかになったのは昨年8月。20代女性が府警に「2年前にだまされてAVの撮影をされ、無修正動画が海外サイトで今も販売されている」と駆け込んだことがきっかけだった。
無修正AVを公開することは禁止されており、府警は7月、わいせつ電磁的記録送信頒布容疑で、同社社長の男(42)と男優兼撮影・編集担当として協力していた男(33)を逮捕。その後の調べで、嘘で固めたHPで女性を呼び寄せ、甘い言葉でAV出演を持ちかける巧妙な手口が浮かび上がってきた。
「大手」の安心感
同社は「ベルプロモーション」と名乗ったHPで、西日本7カ所に事務所を構え、AVだけでなくモデルやグラビア撮影、テレビ出演など豊富な仕事を用意できる「業界トップクラスのプロダクション」とアピール。あえて「無修正作品は違法」「悪質プロダクションでは説明なしに無修正の撮影を組まれることがある」と説明し、「モデル第一主義の原点に戻り、怪しい会社の仕事はさせない」と強調していた。
しかし、実際には社長が1人で経営しており、HPをみた女性から応募があるたびに現地を飛び回り、ホテルなどで面接。女性が手などの「パーツモデル」を希望した場合でも「かわいいから顔を出した方がいい」「短期間で稼ぐなら絶対にAV」などと口説き、撮影した映像の権利は全て同社に属すという「出演承諾書」を書かせていた。
同社はこうした手口で撮影した動画を海外の無修正動画販売サイト「Hey動画」に提供。1本10~20ドルの売り上げの30%が同社に入る仕組みで、他のサイトも含めた海外からの入金総額は、平成29年10月以降だけでも約1億1500万円に上っていたという。
出演強要問題に警戒
平成19年にAVの仕事を始めたがライバルが多くて経営が成り立たず、無修正動画の販売を始めた-。社長は府警にこう供述したというが「承諾した子だけを撮影した」と出演の強要についてはかたくなに否認。府警幹部は「『出演強要問題』に敏感になり、目をつけられないよう細心の注意を払っている」とみる。
だまされたり、違約金で脅されたりしてAVへの出演を強要されるケースが日本国内であることは、28年に国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が調査報告書を公表したことで社会問題化した。これを受け、有識者らが理事を務める「AV人権倫理機構」が発足し、制作会社やプロダクションが会員として加盟。女優約1800人も登録し、業界健全化に向けた改革を進めている。
違約金なしでいつでも出演を取りやめられる権利を女優に認めるなど、同機構の基準に従って制作された作品は「適正AV」と認定。同機構理事で桐蔭横浜大の河合幹雄教授(法社会学)によると、同機構の取り組みは、年間約2万4千作品が制作されるAV市場の大半をカバーできるまでに広まってきたという。
違法AV、出演も犯罪
しかし、残る大きな問題は、ネット動画をコピーした「海賊版」や無修正作品といった“違法AV”の業界。その市場規模は、正規の市場を上回るとすらいわれている。
同機構の対策や警察による摘発で、違法な制作会社が次々と廃業に追い込まれている一方、高騰する出演料にひかれて女性が自ら出演してしまうという実態もあるとされ、今回の事件でも、今年面接を受けた10~40代の女性約60人の約3分の1は、応募時からAV出演を希望していたという。
河合教授はこうした現状について、「違法業者では女性の人権が守られない恐れがある。いったんネットで動画が流れると消すことはできない」と指摘。わいせつ動画を公開するのを手助けしたなどとして、「出演した女優自身が犯罪に問われる可能性もある」と警鐘を鳴らす。
「簡単に稼げる」といった甘い話には、取り返しのつかない危険が潜んでいるということだ。