固定通信との連携は競争の軸を変える? auの新端末・サービス戦略

KDDIは1月16日、auの春商戦に向けた新製品・サービスの発表会を実施した。新端末もさることながら、固定通信サービスとのセットで大幅な割引を実現する「auスマートバリュー」や、390円で500本以上のアプリが利用できる「au スマートパス」など、固定・モバイル双方を組み合わせた施策が大きな注目を集めた。新サービス・端末の提供が何をもたらそうとしているのか、考察してみよう。
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“GALAXY”も採用、全方位でラインアップを揃える
 主要キャリアでは唯一、春商戦に向けた商品発表を別途実施するとしたKDDI。同社が発表する春商戦に向けたスマートフォンは5機種だ。大きな特徴は、5機種のうち4機種が海外モデルということである。
 具体的には、すでにNTTドコモが発売を発表しているワンセグ・おサイフケータイなどに対応したXperiaの新モデル「Xperia acro HD」のほか、こちらもNTTドコモから発売されているサムスン製の「GALAXY S II」にWiMAXを搭載した「GALAXY S II WiMAX」、ワンセグを搭載し、小型ながらデュアルコアCPUを搭載したLG製の「Optimus EX」、そしてモトローラ製の薄型モデル「RAZR」ブランドを受け継いだ「MOTOROLA RAZR」の4機種だ。
 これらに加え、iidaブランドとしてスマートフォンでも人気となった「INFOBAR」に、新たにテンキーを搭載した「INFOBAR C01」を用意。自社の人気モデルに加え、XperiaやGALAXYなど、他社でも人気のあるブランドのスマートフォンを取り入れている。ここには、iPhoneを含め“全方位”でスマートフォンのユーザーを獲得したい狙いがあるといえそうだ。
 スマートフォンを全方位で揃えることは、今後のauの戦略において大きな意味を持つこととなる。それを理解するには、auの新しいサービス施策を知っておく必要があるだろう。
固定通信とセットで割引「auスマートバリュー」
 サービス面での目玉の1つが、「auスマートバリュー」である。これは、「auひかり」をはじめとしたFTTH事業者や、J:COMをはじめとしたCATV事業者など、指定の固定通信サービスと、auのスマートフォンを契約していると申し込みできるものだ。毎月のスマートフォン料金から、1回線当たり最大2年間、1480円割り引いてくれる(2年経過後は980円の割引)。ちなみに提携する固定通信事業者のエリア外にある人は、月額3980円のWi-Fiルーターを契約することで、同じ割引が受けられるとのことだ。
 auスマートバリューの割引をパケット定額制サービスに適用したと考えた場合、月額5460円の「ISフラット」は2年間3980円(それ以降は4480円)となる。2年で割引額は変化するが、競合他社のサービスと比べ、大幅に安くなると見ることができる。
 さらに、このサービスは個人だけでなく、世帯全体に割引が影響する。ゆえに、自宅の固定回線がauひかりで、家族全員がauのスマートフォンを利用した場合、1480円×家族の人数分だけ、割引が適用されるのだ。
 こうした割引サービスが実現できるのは、KDDIが携帯電話と固定通信の両方のサービスを提供しており、かつ双方を組み合わせたセットによる割引が可能だからこそである。NTTドコモは規制により、同種の割引は実現できないし、ソフトバンクは近年、個人向けの固定系サービスへの注力度合いが弱くなっている。CATV会社の買収や提携を積極的に進めるなど、モバイルだけでなく固定系サービスへも力を注いできたKDDIだからこそ、実現できた割引サービスともいえるかもしれない。
豊富なコンテンツを安心して利用できる「auスマートパス」
 サービス面の施策はこれだけではない。もう1つの大きな施策として打ち出されたのが「auスマートパス」だ。
 これは、500本以上の有料アプリをはじめ、各種クーポン・ポイントサービスや写真や動画をクラウドに保存する「Photo Album」などが、月額390円で利用できるサービスだ。auのスマートフォンで同サービスを契約している限り、これらのサービスがずっと使い放題となる、お得な内容だ。
 同サービスは、単に料金がお得というだけではない。アプリは事前に安全性をチェックしたもののみを提供するほか、auスマートパス専用のサポート窓口を提供。さらにセキュリティ対策アプリも利用可能となるなど、安心して利用できる環境が整えられているのである。
 スマートフォンはパソコンに近い存在で、自由度が高く、それが利便性にも繋がっている。だが一方で、マルウェアをはじめとしたセキュリティリスクや、何をするのにもITに関する知識が求められる難しさなど、多くの人が安心・快適に利用できる環境からは程遠い状況にある。今後、より多くの人がスマートフォンを利用するようになる中、最初から安心してスマートフォン上でコンテンツを利用できる環境の整備は必須であり、auスマートパスはそれを実現する手段の1つになるといえよう。
「au ID」でデバイスやネットワークを問わない環境を実現
 auスマートバリューとauスマートパスの提供は、単なる割引サービスとしての役割だけでなく、もう1つの重要な側面を持っている。それは、これがコンテンツをさまざまなデバイスで、シームレスに利用できる環境を整える「スマートパスポート構想」の一環として提供されていることだ。
 この構想に大きく影響してくるのが「au ID」である。これは、従来スマートフォン向けに提供されていた「au one ID」をリニューアルしたものである。今後はau IDをベースに、さまざまなデバイス、さまざまなネットワークで同じコンテンツをシームレスに利用できる環境を整えていくことを検討しているようだ。
 auスマートパスを例にとると、サービス開始当初はスマートフォン向けとなるものの、今後テレビやパソコン、やタブレットデバイス向けなどにもサービスを提供し、au IDを用いることで環境を問わずサービスの利用を可能にするという。
 固定通信とスマートフォンのセットによる提供、デバイスをまたがったシームレスなコンテンツの提供、そして、より多くの人に、アプリやコンテンツを利用しやすくするための取り組み。こうしたサービス面を総合的に見ると、KDDIが“個人“ではなく“家族”単位でのユーザー獲得と、ネットワークだけでなくコンテンツなどの利用による収益の向上を目指していることを見て取ることができる。
 先に説明した通り、auは、INFOBARなど独自のスマートフォンに加え、iPhoneやGALAXYなどラインアップの“穴“を埋めてきたことで、端末面でも“全方位”での囲い込みが可能となった。ネットワーク・デバイスを超えたサービスを提供する一方、「auならどの端末でも選べる」という環境を整えることで、料金施策の充実で近年重視されなくなっていた“家族”単位での施策の強化、そして、競争の軸の変革を図ろうとしている。
固定・モバイルの連携を実現、競争の軸を変える
 こうした戦略は、KDDI代表取締役社長の田中孝司氏がかねてから唱えてきた、マルチデバイス・マルチネットワーク・マルチユースの「3M戦略」を実現し、新たな競争をもたらすものである。事実、田中氏は、今回の戦略について、モバイルだけで争っていた従来の競争環境から、固定・モバイル・コンテンツとあらゆる側面を含めた競争へと“ゲームチェンジ”するものだとしている。
 今回の取り組みによって、前社長(現在は代表取締役会長)の小野寺正氏が唱えていた「FMBC」から、田中氏が唱える「3M」へと構想は変化しているものの、KDDIが長年取り組んできた、固定・モバイルを融合したサービスがようやく実を結び、目に見える形でユーザーに提供されたといえる。
 だが、これらの取り組みを見ていると、課題を感じないわけでもない。中でも気になるのは、対象となる固定系サービスのエリアの狭さだ。今回の発表に合わせて、CATV各社やケイ・オプティコムなど有力FTTH事業者との提携を進め、さらにauひかり自体もエリア拡大を進めているものの、集合住宅、そして地方都市へのカバーは強いとはいえない。しかも同社は、よりエリアの広いADSLへの対応や、エリア的に強みを持つNTT系のFTTHサービスとの提携には消極的だ。
 今、スマートフォンの旺盛な需要があるのは都市部であることから、現時点では大きな問題は起きないかもしれない。だが、スマートフォン需要が膨らみ、広い範囲で普及が進むと考えられる今後、例えば都市部と地方とでサービスや料金に格差が生まれるなどの問題を引き起こす可能性も考えられる。またその点が、他社に足元をすくわれるポイントになってくるかもしれない。
 とはいえ、スマートフォンの人気が高まって以降、他社の後ろを追いかけることが多かったKDDIが、自らの武器を活用し、ようやく“攻める”立場となり、モバイルに閉じていた競争のあり方に一石を投じたことは、大きな意味があったといえよう。

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