国産スポーツカーの異常な高騰のワケ

20~30年前に発売された国産スポーツカーの中古価格が高騰している。モータージャーナリストの清水草一さんは「スカイラインGT-Rの場合、10年ほど前まで『走行2.5万キロで420万円』といった価格だったが、いまは2000万円以上する。一部のマニアックな国産スポーツカーの人気が過熱している」という――。

■新車時約340万円のマツダ車が、1280万円になっている

友人に、いわゆる「FD」と呼ばれる、マツダの3代目RX-7を所有している男がいる。

彼は20年前、それを新車で買った。グレードは特別仕様車である「タイプRバサースト」。新車価格は339万8000円であった。

彼がFDを買ったことは、当時から聞いていたが、個人的には「ふーん」程度にしか思わなかった。あの頃FDは、登場から10年を経ながら、フルモデルチェンジすることもできずにいた不人気車。

スポーツカー自体の人気が長期低落していたし、マツダの魂と言われるロータリーエンジンも、燃費の悪さや耐久性の低さゆえに、存続が危ぶまれていた。

しかし、その価格が、ここに来てすさまじい高騰を見せている。国内で流通している中古車の最高価格は、執筆時点で1280万円に達している。

FDのようなマニアックな国産スポーツカーは、いま国内でも海外でも大人気で、価格が暴騰しているのである。

■10年で中古車価格が5倍になった

国産スポーツカー暴騰の中心的存在は、日産スカイラインGT-Rシリーズだ。

例えば、89年に発表された復活初代スカイラインGT-R、いわゆる「32(さんにー)型スカイラインGT-R」を例に取ると、現在の中古価格は最低400万円台。最高約2000万円となっている。

知り合いに、この32GT-Rのオーナーがいる。彼の話を聞くと、ぼうぜんとする。

「僕が32を買ったのは、ちょうど10年前です。走行7.5万キロで、120万円でした。あの頃は80万円くらいの中古車もあったんですよ」

それが今では、平均約600万円。いったい何が起きているのか。

■世界的にレアなスポーツカーに金が流れている

まず考えられるのは、全世界を襲ったリーマンショック不況からの脱却がある。各国の中央銀行はマネーサプライを急激に拡大させ、世界的なカネ余り現象が生じた。これによって、ユニークでレアなスポーツカーは、おしなべて高騰した。

私は12年前、598万円でフェラーリ328GTSを購入した。1年半乗って売却し一昨年再び同じモデルを購入したが、価格は1180万円と約2倍になっていた。

10年前に1500万円でランボルギーニ・カウンタック・アニバーサリーを購入し半年間だけ所有していた。昨年再び同じモデルを購入したところ、倍の3000万円に値上がりしていた。

よりレアなモデルは、さらに上昇幅が大きい。「走る不動産」と呼ばれ1311台しか生産されなかったフェラーリF40は、10年前の4000万円から、現在は1億5000万円前後になっているという。

ただ、国産スポーツカーは、これら海外車と比べるとそれほどレアではない。

例えば32GT-Rは、通算で約4万3000台も生産された。フェラーリF40の生産台数とは比較にならないほど多い。にもかかわらず、価格上昇率は同じくらい大きい。なぜか。

■日産スカイラインGT-Rの認知度を上げた映画とゲーム

人気に火がついたのには大きく2つの理由がある。

ひとつは、映画「ワイルドスピード」シリーズの存在がある。その第1作(01年公開)は、アメリカで“ライスロケット”と呼ばれていた日本製スポーツカーが主役。第2作以降も、日本製スポーツカーへのリスペクトは続いている。

もうひとつは、プレイステーションのドライビングシミュレーターゲーム「グランツーリスモ」シリーズだ。97年に誕生したこのゲームは、現在もバージョンアップを続け、全世界で大ヒットしているが、日本製ゲームゆえ、第1作は日本製スポーツカーがラインアップの中心だった。スカイラインGT-Rはゲーム内で最強最速であり、実物を知らない全世界のファンに、その存在を知らしめた。ドライビングシミュレーターゲーム 写真=iStock.com/scyther5 ※写真はイメージです – 写真=iStock.com/scyther5

90年代の現役当時、国内専用モデルだったスカイラインGT-Rはもちろんのこと、輸出されていたマツダRX-7やトヨタスープラといったスポーツカーも、海外では決してそれほどメジャーな存在ではなかった。

それが映画やゲームでクローズアップされ、そもそも希少であったことから奪い合いが始まった。

■「25年ルール」で右ハンドル車の輸入が解禁される

さらに、アメリカの中古車輸入に関する25年ルールの適用によって、一気に価格が高騰した。

世界最大のスポーツカー市場であるアメリカでは、生産から25年を経た中古車はクラシックカー扱いとなり、右ハンドル車でも輸入が解禁される。加えて、関税や排ガス規制の対象からも外されるのだ。

89年に発表されたスカイラインGT-Rは、2014年から順次、この25年ルールの適用を受け、アメリカへの輸出が始まった。GT-Rは89年発表の32型から、95年の33型、99年の34型まで、ほぼ日本国内専用モデルだった。よって右ハンドルしか存在しない。

だが、この右ハンドルこそが「本物」。つまり価値が高い。

フェラーリやランボルギーニは、右ハンドルの国・日本でも、いまだ左ハンドル車ばかり売れているが、国を問わず、マニアは本物にこだわる。

日本仕様の日本製スポーツカーは、海外のファンにとっては“神”。そういった要因が重なって、現在の高騰が起きていると説明することができる。

■約20年前に発売された車が2000万に高騰している

国産スポーツカーで最も高騰しているモデルは、スカイラインGT-Rの最終モデル、34型だ。現在の中古価格は1300万円から3500万円。新車価格は499万8000円~630万円だったから、フェラーリF40も真っ青の暴騰ぶりである。

こちらも知人にオーナーがいるので、彼の話を聞いてみた。

「買ったのは10年ぐらい前です。走行2.5万キロで420万円でした。いま思えば信じられないくらい安いですけど、新車価格からあまり下がっていなかったので、メチャメチャ高いなぁと思いながら、頑張って買ったんですよ」

いま、走行3万キロ以下の34GT-Rを買おうと思ったら、どんなに安くても2000万円はする。まさかこんなことになるとは、買った本人はもちろん、世界中の誰も想像できなかった。

■「欲しい人は世界中にたくさんいる」

しかし34GT-Rは、99年発表のモデル。まだアメリカの25年ルールをクリアしていない。それがなぜ、ここまで値上がりしているのか。国産スポーツカーをメインに取り扱う中古車業者は語る。日産スカイラインGT-R R34 日産スカイラインGT-R R34(写真=Shadman Samee/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

「25年ルールが適用されれば、確実に値上がりするとわかっているからでしょう。株と同じですよ。それに、輸出先はアメリカに限りません。カナダは15年でOKです。同じ右ハンドルのイギリスやオーストラリアでも人気ですし、中東なんかにも出ています。ジャマイカではウサイン・ボルトはじめ、陸上選手にGT-Rの熱狂的ファンが多いことで有名です。欲しい人は世界中に結構いるんですよ」

この34型スカイラインGT-Rの中でも、250台限定モデルだった「Mスペック ニュルブルクリンク」の高騰はすさまじい。現在、価格を表示している売り物はないので相場は不明だが、最低でも3000万円することは間違いないという。新車時、630万円だった国産スポーツカーを、3000万円で買う人がいること自体、信じがたい。

前出の中古車業者は、1年ほど前、まさにその「ニュル」を販売したという。いったいどんな人が買ったのか。

「普通のクルマ好きのおじさんでした。日本人です。特に富裕層でもなかったと思います。その時はまだ2400万円でしたが、フルローンで買われました。120回均等払いだったと思います」

なんと、2400万円の中古車をフルローンで。

「危ない橋を渡っているように感じられるかもしれませんが、こういうクルマはもう作れませんから、値下がりすることはありません。リスクはないんです。みなさん、それをわかっているから買うんですよ」

■価格は高騰しても国産スポーツカーにはそれだけの価値がある

思えば自分も、フェラーリやランボルギーニを、高いお金を払って買い続けているが、これっぽっちも危険だとは思っていない。国産スポーツカーが高すぎて危険に思えるのは、それがはるかに身近な存在だったから。身内が背伸びしているように見えるからだろう。

こういう高価な中古スポーツカーを買うのは、ほぼ確実にクルマ好きである。もちろん富裕層も多いが、クルマにまったく興味がない人が、純粋に投機目的で買ったという話は聞かない。

クルマ好きの富裕層が、半分投機目的で買うことは多いにせよ、それでもやっぱり買う最大の理由は、「所有してみたいから」。

一部のマニアックな国産スポーツカーは、その欲望を満たすだけの価値がある。だから高騰しているのである。

———-清水 草一(しみず・そういち)
モータージャーナリスト
1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。代表作『そのフェラーリください!』(三推社)をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか⁉』(三推社)などの著作で道路交通ジャーナリストとして活動している。

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(モータージャーナリスト 清水 草一)

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