土佐市「移住者カフェ」ここまで大炎上した真因

土佐市と「移住者カフェ」で起きた対立が、SNSを通じて拡散され、ネットメディアや地元紙も記事化しました(画像:土佐市HPより引用)

「たかがSNS」か、それとも「されどSNS」なのか──。とあるカフェの「立ち退き」をめぐって起きたトラブルをきっかけに、高知県土佐市が大きな注目を集めている。

「SNSでの告発」をネットメディアや新聞が取り上げる

ことの発端は、2023年5月10日にツイッターへ投稿されたマンガだ。高知県土佐市にあるカフェの店長という投稿者が、みずからの体験をまとめたもので、詳細な経緯が書かれているが、ここではかいつまんで紹介する。

大阪出身・東京在住だったオーナーは8年前、転職サイトで土佐市から「地域おこし協力隊」としてのオファーを受け、市所有の建物でカフェを開業。市外からも客が訪れる人気カフェになったという。

しかし運営5年目、建物の指定管理者であるNPO法人の理事長から、突如として退去通告を突きつけられた。そして今年に入って、市職員からも退去通告を伝えられ、のちの公募では別事業者が入居決定。一連の経緯をツイッターで発信すると伝えたところ、「たかがSNSや」と鼻で笑われた……とのことだ。

ツイッターでの一連の「告発」を受けて、炎上事案を多く紹介するツイッターアカウントが拡散すると、NPOや市に対する批判の声が相次いだ。複数のネットメディアが記事化したほか、地元紙の高知新聞も13日、「土佐市『移住者カフェ』で対立 地元管理団体が退去要求 店長SNS告発で拡散 設置者の市は静観の構え」(電子版で配信)と伝えた。

その後、土佐市は18日に板原啓文市長のコメントを公式サイトに掲載。苦情の電話やメールが殺到していることや、公共施設への爆破予告メール、子どもの誘拐予告、市長自身への殺害予告も寄せられていることなどを明かしつつ、「今回のような脅迫行為や、平穏な日常生活を脅かすような発信行動に強く憤りを抱いています」と綴っている。

さらに、「今回の本施設のNPO法人と飲食店との問題については、SNS上で事実と異なる部分も多数あります」として、双方が昨年7月から弁護士を立てて協議を行っていること、市としても顧問弁護士と協議中であることなどを綴っている。


(画像:土佐市HPより引用)

一方、ネット上では現在、「賃貸借契約の有無」に焦点が当たっており、早くも真相が見えにくくなっている状況だ。

多くの自治体担当者はSNSの影響力に気づいている

それぞれ受ける印象が異なる事案といえるが、筆者が個人的に思ったのは「『たかがSNS』といった感覚を、地方の高齢者が持っていたとしても、そうおかしなことではないな」ということだった。

持論の背景には、ネットメディア編集者としての筆者が、もっとも長く在籍したのが、地域情報サイトだったことにある。編集部は東京にあったが、当時は全国の市町村をクライアントにして、各地への出張もたびたび。最終的には編集長も務めたほか、業務内容としても、移住の促進(定住人口の増加)や、関係人口(観光でも定住でもなく、自治体と積極的に関わる人々)まわりのお手伝いをしていた。

そこで日々感じていたのは、ネットやSNSに対する温度差だ。誤解してほしくないのは、むしろ多くの自治体担当者はSNSの影響力に気づいているということ。だからこそ、ネット活用をもくろんでおり、筆者が在籍したサイトにもお声がかかっていた。

しかし、一方で、必ずしも住民が同じ理解度かというと、そうとは限らなかった。ほかの多くのネットメディアと同じように、そもそも「○○テレビ」や「××新聞」のように、ネームバリューがあるわけではないからだ。

たとえスマートフォンで情報を入手していたとしても、たいていは「ヤフーで見た」とか「LINEで見た」といった程度で、どのサイトから出されたニュース記事か、読者がしっかり把握していることは少なかった。

年配の取材対象者に対しては、なおのこと「どのようなメディアか」「取り上げることで、どんなメリットがあるか」を説明する必要があった。持参したパソコンで、自社のサイトを表示しつつ、過去に取り上げた周辺自治体の話題を見せる。よく知らないものに対して、人間が警戒心を持つことを身をもって感じた。だからこそ、しっかりとコミュニケーションを取ることで、なるべく取材前にわだかまりを解消できるよう、腐心してきた。

こうした経験があるからこそ、SNSの「拡散性」を理解していない人も多いだろうと想像できる。いまや老若男女を問わず、スマホ片手にゲームやネットショッピングを楽しめる時代だが、その価値や便利さ、怖さに気づいていない人々も、まだたくさんいるのだ。

10年で大きな変化を遂げた、ニュースが扱うネタ

他方で、ニュースの「作り方」や「送り方」は、ここ10年程度で大きな変化を遂げている。ネットで話題になった出来事を、新聞をはじめとする伝統的なメディアも熱心に取り上げるようになったのだ。

筆者はネットニュース編集者として約10年にわたって活動してきたが、関わり始めた2010年代の前半はまだネットメディアも少なく、新聞やテレビ局と、自分たちネットメディアの扱うネタには、どこか硬軟の差があった。

しかし、気づけばネットで話題の出来事や、SNSでバズったツイートをもとに、ニュースを作るようになった。直近でも、SNSで拡散した「迷惑客」の動画がテレビで流れていたのは記憶に新しいだろう。加えて「ネタ元」としてネットを使うだけでなく、自社でウェブメディアを持ち、そこからの発信も当たり前となった。

このような要因が重なった結果、SNSが持つ力は、ネットを使い慣れない人々には想像できないほど強くなっているわけだが、連動して強まっているのが「前時代的な価値観への反発」である。

香川県で2020年に施行された「ネット・ゲーム依存症対策条例」をめぐる一連の騒動も、同じ要因だろう。この条例は、県内に住む18歳未満の子供をネット・ゲーム依存症から「守る」目的で、全国で初めて定められた。ゲームの使用時間や時間帯の制限が織り込まれたが、科学的な根拠や成立過程なども含めて疑問視された。

たまたま四国の話題ばかりになって恐縮だが、香川県まんのう町の交流施設「ことなみ未来館」をめぐる騒動も思い浮かぶ。同施設は今年3月まで、指定管理者によって運営されていたが、子ども向けのおもちゃが多数あることなどを理由に「高齢者が使いづらい」といった意見を受けて、4月から町営となった。さらに、一連の出来事をKSB瀬戸内海放送(テレビ朝日系)などの地元メディアが報じると、土佐市の事案同様に、全国的に注目を集めた。

こうした流れを考えると、もはや地域情報であっても「たかがSNS」「たかが地方局」とはいえず、全国的なムーブメントを起こすのも、特殊なパターンではないだろう。

対立する「既存の価値観」と「新たな価値観」

これらの事例に対し、「地方の価値観がアップデートされていないのでは」と、ネットユーザーから疑問視されている。ただ実際のところ、どれだけネット上で共感の声が集まろうとも、なかなか納得のいく対応を得にくいのも事実だ。

過去の事例を見ても、いずれかが態度を硬化すればするほど、ハッピーエンドから遠ざかってしまうのは想像にかたくない。SNSを通じて「バズる」ことで、より「前時代的な価値観」との対立軸が描きやすくなり、ネットユーザーの闘争心も増していくだろう。

波紋を呼んだ、「池田暮らしの七か条」はある意味、そういった態度硬化の一例だったのかもしれない。これは今年1月、福井県池田町の広報誌に「町の風土や人々に好感をもって移り住んでくれる方々のための心得」として掲載されたものだが、「これまでの都会暮らしと違うからといって都会風を吹かさないよう心掛けて」といった表現が、移住者を下に見ているのではないかと指摘された。

ふとしたボタンの掛け違いで、一方は「アップデートしない」と憤り、もう一方は「都会風を吹かせないで」と言い返す。おそらく、どちらも「よりよい生活」を目指しているのだが──。

とかく対立しがちの「既存の価値観」と「新たな価値観」だが、ぶつかり合うのではなく、また片方が折れるわけでもなく、相乗効果をねらうには、どうしたらいいのだろうか。まずはSNSをはじめとするネットの特性を理解してもらうか。なにか1つ、成功事例を生み出すところからスタートするか。

答えが出るまでは、まだ少し時間がかかりそうだが、「たかがSNS」と切り捨てずに、現状に向き合う姿勢が必要なのは間違いないだろう。

(城戸 譲 : ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー)

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