【ZOOM】7月24日にテレビが岩手、宮城、福島の3県を除いて完全デジタル化してから3カ月あまり。移行前にはテレビの買い替えなどを強いられた視聴者に対して、総務省やテレビ局は「デジタル放送にはさまざまなメリットがある」とし、「データ放送」や「マルチ編成」などの特色をアピールしていた。今、そうした特色をテレビ局は生かせているのだろうか。(草下健夫)
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◆30秒で16万件参加
「地デジの一番の魅力は高画質と高音質。この点の視聴者の反響はよい。ただ、やりきれていないこともある」。日本テレビ編成部の岡部智洋・編成担当部長はこう話す。
同局は今年2~3月、番組内容と連動したデータ放送や、画質をハイビジョンから標準画質に下げることで同時に3チャンネルが放送可能なマルチ編成を駆使したドラマを放送。地デジ完全移行後の8~9月にもデータ放送の双方向機能を使い、視聴者投票で放送する映像を選ぶ企画や、地デジの容量いっぱいの高画質で風景の映像を放送するなど、地デジをアピールするキャンペーンを展開した。
岡部担当部長は「映像を選ぶ企画では、30秒の選択時間に16万件もの参加があった」と手応えを語り、「地デジの機能を使った工夫を重ねることは、地デジで何ができるかを考える意味で局内の啓蒙(けいもう)のためでもある」と説明する。
◆テレビ局にも利点
NHKは4月のBS再編で大相撲の幕下以下の生中継を取りやめたが、九州場所からBS1のマルチ編成で再開した。テレビ東京も今月5、8日に放送の可能性があったプロ野球クライマックスシリーズの中継で、試合が長引いた場合だけマルチ編成で中継を延長する態勢を敷いた。放送には至らなかったが、臨時のマルチ編成は、実現すれば民放キー局初だったという。
ただ、こうした活用はまだ一部にとどまっているのが現状。日本民間放送連盟の広瀬道貞会長(テレビ朝日顧問)は、1日の民放連全国大会で「デジタル特有の機能を生かしていくのは、これからの課題だ」と述べ、加盟局に地デジ機能の活用強化を訴えた。
新機能の活用は、テレビ局にとっても利点がある。
日テレの小杉善信取締役執行役員編成局長は「リアルタイム視聴を促し、視聴率に寄与することを目指している」と明かす。録画では視聴率に反映しないが、データ放送は放送中しか利用できないことから、視聴率競争の武器になるという見方だ。マルチ編成時には視聴率がメーンとサブの各チャンネルの合算になるという“効果”もある。
◆進まぬネット接続
地デジ対応テレビの大半は、インターネットに接続することで番組などのより詳しい情報が見られるようになり、双方向機能も拡充される。しかし、ネットに接続されたテレビは「具体的な調査はないが、15%程度」(民放関係者)に過ぎない。
こうした状況を変えようと、NHKは今月、双方向番組を集中編成し、テレビのネット接続を促すキャンペーンを始めた。ただ、民放関係者からは「データ放送を充実させても、それ自体にスポンサーがつくわけではない」との声も聞かれ、テレビ局側のコスト負担も新機能活用の壁となっているようだ。
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■発想の転換が必要
砂川浩慶(すなかわひろよし)・立教大准教授(メディア論)の話 マルチ編成は視聴方法が分かりにくく、民放はメーンとサブとで視聴者を食い合うなどの懸念から思考停止し、活用が進んでいない。ドラマの新旧シリーズを同時に放送したり、ゴールデンタイムに若者向けだけでなく、大人が見る番組を編成したりできるはず。データ放送の画面は見にくく、ウェブデザイナーなど外部の才能を起用して工夫すべきだ。視聴者に負担を強いてデジタル化したのだから、放送局に発想の転換が必要。各局は来夏のロンドン五輪を当面の目標に、マルチ編成やデータ放送を磨いてほしい。