地方の観光地を衰退させたのは誰か

日本の人口減に歯止めがかからない。国立社会保障・人口問題研究所によると、2026年に日本の人口は1億2000万人を下回り、その後も減少を続けるという。

未婚の男女が増えて出生率が下がっている中で、少子化対策だけで激減を止めることは難しい。海外から移民を受け入れるべきだという意見もあるが、まだまだ抵抗感を覚える人も多い。

まさに八方ふさがりといった感じだが、人口を増やす方法はあるのだろうか。「人口減少を補うほど多くの外国人観光客を受け入れる、つまり日本が『観光立 国』の道を歩むしかない」と語るのは、国宝などの文化財を修繕する「小西美術工藝社」のデービッド・アトキンソン社長だ。彼が語る「観光立国」とは、どう いったものなのか。ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則が聞いた。

土肥: 日本の人口減に歯止めがかかりません。出生率を上げるのは難しいし、外国から移民を受ける入れるのも簡単ではありません。ではどうすればいいのか。アトキンソンさんは「外国人観光客を積極的に受け入れるべき」と強調されていますが、日本はどーもズレている。

わざわざお金と時間をかけて、日本のマンホールや自販機を見に来る人は少ない。政府は「おもてなし」戦略を打ち出していますが、礼儀やマナーを体験するためにどのくらいの人がやって来るのか。やって来ても、ビジネスとしてなかなか成立しにくいといった話をされました。

ピントがズレているといえば、観光地の近くに「なんでこんなモノがあるの?」と感じることがあるんですよ。例えば、有名な神社・寺の近くに、地元の人しか 利用しない電気屋さんがあったり。その場所においしいカフェがあって、観光客が「また食べに行きたいなあ」となればリピーターがどんどん増えるはずなの に。このような“機会損失”をしているところが日本全国にあるように感じるのですが。

ア トキンソン: 地元住民の声を重視するのは大切ですが、住んでいる人の理屈だけで街が設計されていますよね。なぜ街がそのような形になるかというと、これ まで外国人観光客の声を聞いてこなかったからではないでしょうか。いや、ひょっとしたら日本人観光客の声すらあまり聞いてこなかったのかもしれません。で あれば、そのような一等地に地元の人しか利用しない電気屋さんはできませんから。要するに、観光地として何が必要なのか。何をしなければいけないのか。そ うしたことをやろうとしない、という問題がありますね。

あとは「利権」の問題がからんでいるんですよ。

土肥: なんだか物騒な話になってきましたね(苦笑)。

●競合他社の進出を認めないでくれ

アトキンソン: 日本のホテル・旅館の多くは老朽化していますよね。温泉地で有名な○○もそうですし、海の幸がおいしい○○もそう。でもあまりにも建物が古くなっているので、ブルトーザーで全部つぶしてガラガラポンしたほうがうまくいくのでは、と感じてしまう。

山がキレい、海もキレい、温泉もいい、食事もおいしい、でも街が汚い。きちんと整備すれば最高のリゾート地になるはずなのに、街がごちゃごちゃしている。 ホテルや旅館を見れば「いつ建てられたの? メンテはしているの? 汚いなあ」と言いたくなるような建物がたくさん並んでいます。街全体が何十年前からな にも変わっていない感じ。

土肥: あちこちにそんなところがありますね。

ア トキンソン: 部屋の畳は凹んでいるし、風呂は狭いし、トイレは汚い。自宅よりも質の低いところに、わざわざお金と時間をかけて泊る人なんてほとんどいま せん。そんなところでも観光客の人たちに楽しんでいただこうと、一生懸命働いている人たちを見ていると、かわいそうになってきます。でも、設備投資にお金 をかけていませんので、泊まりたいと思えないところが多いです。

土 肥: 前回、日本のゴールデンウイークは廃止すべきという話をうかがいました。長期休暇があるので、観光産業はその期間は儲(もう)かる。できればその資 金で設備投資をしたいのですが、閑散期があるのでどうしても過剰投資になってしまうので、なかなか実行することができないと。

アトキンソン: またそうしたホテルや旅館は、役所に「観光客を呼んでくれ」と訴えるんですよ。それだけではありません。「競合他社の進出を認めないでくれ」と強く訴えています。

土肥: どういう意味でしょうか?

●みなさん“独占”が大好き

アトキンソン: 新しいホテルがオープンすると、競争相手が増えますよね。そうなると、古くて汚いホテルに、泊る客が減ってしまう。だから、役所に訴えるんですよ。「絶対に新しいホテルを造らせるなよ」と。

みなさん“独占”が大好きなんですよ。でも、ここで誤解しないでください。独占が大好きなのは、ホテルや旅館だけの話ではなく、さまざまな業界で同じようなことが行われているのではないでしょうか。

土肥: 建物は老朽化しているのに、無理矢理観光客を呼ぼうとする。また立派なホテルができると倒産してしまうので、許可しないでくださいと訴える――。なぜこうした発想になってしまうんですかね。

アトキンソン: これまで人口が右肩上がりで増えてきたからですよ。自然に人口が増えていたので、売り上げも伸びていった。

しかし何の工夫もせず、いわゆる“待ちの姿勢”だったホテルや旅館は、90年代に入って人口増が止まり、どんどん売り上げが落ちていった。「○○温泉 観光客が減少。売り上げはピーク時から半減」といったニュースを目にすることがありますが、なるべくしてなったわけですよ。日本には働く世代が減少してい るので、待ちの姿勢で続けていれば、当然売り上げは減少します。

土肥: 「景気が悪いから」「行政が悪いから」「総理大臣が悪いから」といった感じで、外部環境や他人のせいにして、自分たちは何も悪くないという人がいますよね。観光地のホテルや旅館だけでなく、“○○が悪いから、売り上げが落ち込んだ”といった声をよく聞きます。

アトキンソン: 「真のスコットランド人(No true Scotsman)」という詭弁をご存じでしょうか?

土肥: 真のスコットランド人? いえ、知りません。

●真の日本人ではありません

ア トキンソン: スコットランド人のところを「日本人」と置き換えて話をしますね。日本人は道路にゴミを捨てない、手先が器用だ、年上の人に敬語を使う―― といった項目をあげます。で、外に行って、道路にゴミが落ちていました。このゴミは誰が捨てたんだ? と聞かれたときに、これを捨てたのは「真の日本人で はありません」と答える。

要するに、自分の定説の枠にあてはまらなければ、「真の日本人」という概念をもってきて、その人たちをデータから外すんですよ。

土肥: 手先を器用に動かして、精密なモノをつくっていれば、その人は「真の日本人」となるわけですね。それにしても都合の悪い定義はいくらでも変えることができますよ。

アトキンソン: 日本人は勤勉で、犯罪は犯さない。と定義したのに、凶悪な犯罪が起きれば、「あの人間は真の日本人じゃない」となる。

言っていることが「正しい」「正しくない」といった話ではなく、自分にとって都合の悪いデータは削除するという考え方ですね。観光地でさびれたホテルを運営している人たちも、自分たちにとって都合の悪いデータを削除しているんですよ。

土肥: 待ちの姿勢を続けていて、設備投資をしようとしない。

アトキンソン: ですね。

土肥: 不都合なデータを削除する背景には、何か人間の心理が働いているような。

アトキンソン: データを削除しなければ「結論」を変えなければいけません。結論を変えるのは「面倒」だから変えないんですよ。だから結論に執着するんですよね。

何かの問題があって「そーした考えはいけないよ」と指摘したら「お前は、真の日本人じゃない」と反論される。そして、あらゆることが「面倒」という2文字で、うやむやにされてしまう。

土肥: ふむふむ。

●多くの日本人がリスクをとらない背景

ア トキンソン: 「面倒くさい」と言っていれば、さまざまなリスクを回避することができます。例えば、コンビニでは同じようなサンドイッチが売っていますよ ね。ちょっと疑問に感じたので、アナリスト時代に某コンビニの幹部に話を聞いたところ、こんな答えが返ってきました。「他社で扱っている商品がなければ、 上司から指摘される。そんな『面倒』なことになるのは嫌だから、他社と同じモノを扱っているんですよ」と。

「面倒くさい」と言ってリスクを避けるのは、日本の強みである「人口」にも関係してきます。戦後、日本経済は成長しましたが、その要因として「日本人の技 術力や勤勉さ」を挙げる人が多い。ソニーやホンダなどに代表される技術力、仕事に邁進する勤勉さなども挙げられますが、前編でもお伝えしたとおり、GDP の成長でいえば、「人口」という数字が大きな影響を与えました。

「戦後の経済成長は奇跡」という人がいますが、先進国としてある程度の基礎ができていた日本において、「人口」が増えていけば、成功がかなり約束されたものだったんですよ。右肩上がりで成長するので、リスクをとる必要なんてなかった。

土肥: 待ちの姿勢でも儲かっていたので、リスクをとる必要がなかった。何か問題が起きれば「面倒くさい」と言って、なんとかその場をにごしてきた。

ア トキンソン: 上司から言われていないことをやるような人間は、組織の「和」を乱すことになる。和を乱せば、同僚とトラブルを招くことになる。そんなこと をしなくても、成長が続いていたので、「まあ、まあ、まあ」でやっていればうまく回っていたんですよ。不要な衝突を避けるために「面倒くさい」という言葉 は便利だったのでしょう。

日本人がリスクをとらないのは、 農耕民族だから。西洋人がリスクをとるのは、狩猟民族だから。といったことを言う人がいますが、本当にそうでしょうか。世界中の農耕民族がリスクテイクし ないわけではありません。世界中の狩猟民族がリスクテイクしているわけではありません。なので、この理屈はかなり無理があります。

しかし、多くの日本人がリスクをとらない背景に、人口急増という強みが生み出した「文化」があると考えれば、納得できるのではないでしょうか。

土肥: なるほど。

●外国人観光客が増えなかった理由

ア トキンソン: マイナス面ばかりを語ってきましたが、「面倒」を避けることでプラスの面も生まれているんですよね。例えば、終身雇用。転職をするのは「面 倒」なこと。履歴書を書いて面接を受けなければいけません。もちろんそれだけでなく、会社に就職すれば、そこで新たに人間関係を構築しなければいけませ ん。学校を卒業して、給料が右肩上がりに増えていって、定年まで働くことができれば「面倒」は避けられますよね。

「終身雇用という制度があるのは、日本人が勤勉だからだ」という人がいますが、本当にそうでしょうか。終身雇用があるのは、「面倒」を避ける気質だと思っ ているんですよ。従業員だけでなく、会社側からしても、新しい人材を探さなければいけないので、それは「面倒」なこと。

土肥: 経営者と従業員の「面倒くさい」が合致したということですか?

ア トキンソン: はい。なぜ日本でこれまで外国人観光客が増えなかったのか。その答えのひとつは「面倒だった」からでしょう。たくさんの外国人が日本にやっ て来れば、いろいろと変えなければいけません。外国人向けの施設をつくるのが「面倒」という意味だけでなく、価値観を変えることが「面倒」なんですよ。

繰り返しになりますが、戦後、日本経済が右肩上がりで成長したのは「面倒くさい」文化という強みがあったから。しかし、少子高齢化で「人口」という強みが失われつつある中で、この「面倒くさい」文化の転換が求められているのではないでしょうか。

(終わり)

タイトルとURLをコピーしました