坂本龍一さん 被災ピアノの音 新譜に刻む

東日本大震災の津波で被災した宮城農高(名取市)のピアノの音が、音楽家坂本龍一さん(65)の8年ぶりの新譜「async(アシンク)」の収録曲に採り入れられ、学校関係者を驚かせている。音は震災から10カ月後の2012年1月、同校を視察した坂本さん自身が採録した。災害の記憶を音に刻み、世界に発信する貴重な楽曲となる。
新譜は14曲入りで、3月に発売された。震災当時、名取市下増田にあった同校体育館で海水に漬かり、修復不能となったピアノの音が、4曲目の「ZURE(ズレ)」に挿入された。調和するシンセサイザーの音色とテンポが徐々にずれ、不穏な雰囲気が漂う中に雑音めいた調子外れのピアノがかすかに響く。
「async」は、「非同期」を意味する「asynchronization」の略だという。
視察時に対応した音楽担当の持田敦子教諭(53)は「まさか曲に使われるとは思わず、見本盤が送られてきてびっくり。曲が持つ強烈な違和感に、日常が分断された震災の光景を思い出した」と説明する。
見本盤に同封された坂本さんからのカードには、被災ピアノの音を使用した旨のメッセージがお礼と共に記されていた。ピアノの音を曲に採用した経緯を、坂本さんは音楽雑誌の記事でこう語っている。
「ピアノではあるんですけど、津波によって物に返されてしまった…自然が物に返したものなんです。近代的な思想の産物、最も完成された産物であるピアノは、本来は木だったり鉄だったり象の牙だったと。いわば自然が調律したということで、とても象徴的でしたのでこの音は使いたかったんです」(サウンド&レコーディング・マガジン6月号)
坂本さんは楽器の修理に当たる「こどもの音楽再生基金」の発起人や、若者で編成する東北ユースオーケストラの音楽監督を務めるなど被災地支援に心を砕いてきた。14年に中咽頭がんを公表、療養した後、再開した精力的な音楽制作で多くの人を勇気づけている。
宮城農高は内陸部の名取市高舘川上に移転し、来年度完成を目指して新校舎の建設が進む。佐々木英一校長(60)は「環境は大きく変わるが震災を後世に伝えることは被災校の役目。音楽の形で発信してもらえるのはありがたい」と話す。

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