国土交通省は20日、7月1日現在の都道府県地価(基準地価)の調査結果を発表した。東北6県の平均地価は住宅地が4.7%、商業地は6.4%それぞれ下がり、住宅地は13年連続、商業地は20年連続の下落となった。東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城両県は県全体では前年並みだったものの、沿岸部で大きく下落。原発事故が収束していない福島県は下落幅が急拡大した。青森、秋田、山形3県は前年並みの水準だった。
大震災後の時点を基準に地価の動向を調査したのは初めて。
県別の平均地価と変動率は表の通り。6県とも、前年より改善した全国平均の下落率(住宅地3.2%、商業地4.0%)を下回った。東北の住宅、商業地で前年より地価が上昇したのは宮城の1地点だけで、横ばいも宮城6、秋田2、山形1、福島1地点にとどまった。
岩手、宮城のうち、津波で浸水するなどした沿岸部は、東松島市の準工業地で全国最悪の18.2%(前年3.3%)、陸前高田市の住宅地で16.0%(同5.2%)下落するなど、県平均を大きく下回った。
福島は下落率が住宅地で前年より2.3ポイント、商業地で2.9ポイント拡大し、原発に近い地点だけでなく、全県で悪化が際立った。岩手、宮城、福島の3県は津波や原発事故で価格判定が不可能だった基準地が86地点(3県全体の6.6%)あり、実質的な平均はさらに下がるとみられる。
仙台市は住宅地が2.2%、商業地が5.3%の下落。住宅地は前年と同じだったが、商業地は0.8ポイント改善した。東北の県庁所在地では、青森、盛岡両市で商業地の下落幅が縮小。秋田、山形両市は住宅地、商業地ともほぼ前年並みだったのに対し、福島市はいずれも下落幅が拡大した。
◎浸水域、落ち込み顕著/被災で判定不能、相次ぐ
国土交通省が20日発表した基準地価は、宮城、岩手、福島の被災3県で、津波浸水域の下落幅の大きさが際立った。津波や原発事故により価格判定ができなかった地点も多かった。
宮城県では、石巻市あけぼの3丁目の住宅地が東北で唯一の上昇地点。0.2%上がり1平方メートル当たり4万3900円となった。津波で浸水せず、三陸自動車道や蛇田地区の商業施設に近接していることで値を上げた。
横ばいとなった石巻市日和が丘1丁目(3万3300円)、同市山下町1丁目(3万1300円)は、ともに比較的高い場所にあり、浸水を免れた。調査を担当した高橋幾夫不動産鑑定士は「小高い場所に需要が集中し、既に高値取引が出始めている」と説明する。
一方、住宅地の下落率上位10地点には、東松島、石巻、気仙沼などの浸水域にある調査地点が並んだ。下落率トップは東松島市小野中央の13.6%。
岩手県では、住宅地は沿岸の平均変動率がマイナス5.1%で前年と比べ1.7ポイント拡大した。陸前高田市米崎町松峰は1万3700円で16.0%の下落率を記録した。
大槌町は昨年までの調査地点3カ所全てが被災し、休止2地点、選定替え1地点となったため変動率が算出できない。
商業地は、宮古市がマイナス9.3%と県内市町村で最大の下落幅を記録。釜石市は下落率5.7%で昨年より5.5ポイント縮小した。県不動産鑑定士協会によると、釜石市は被災していない地域を中心に需要が高まっているとみられる。
福島県は、福島第1原発事故による警戒区域と計画的避難区域、緊急時避難準備区域は、土地の利用価値を正しく評価できる環境にはないとして、12市町村50地点を対象から外した。うち双葉郡8町村と飯舘村は実施地点がゼロとなった。
津波浸水域にある調査地点では、工業地の相馬市光陽2丁目は8700円で、前年度比6.0%下落。住宅地のいわき市永崎大平は2万100円で12.6%下落した。
◎宮城・岩手、沿岸と内陸格差/福島、風評が追い打ち
国土交通省が20日発表した基準地価では、東日本大震災の被災地・岩手、宮城両県で、津波被害に遭った沿岸部と、内陸部の二極化が際立った。一方、福島県は住宅、商業、工業など全ての用途地で下げ幅が2ポイント以上拡大する異常事態で、原発事故の影響は大きい。
岩手、宮城とも、ライフラインや鉄道など都市機能が損なわれた津波被災地点は下落率が10%を超えた。半面、高台や内陸部などは移転需要が増え、結果的に全県トータルで前年並みになった。
東北で唯一の上昇地点が、津波被害の大きかった石巻市にあって浸水を免れた区画整理済みの住宅地だったのは象徴的だ。
被災地に限らず、首都圏でも湾岸のマンション需要が減って内陸部の需要が増えたほか、南海地震が危惧される高知県で下落幅の拡大が目立つなど、震災のインパクトの大きさがうかがえる。
岩手、宮城以上に深刻なのが福島だ。政府の避難指示区域50地点で調査ができなかったにもかかわらず、全県で下落幅が拡大。特に商業、工業地で観光客減や企業の進出マインドの冷え込みで需要が減退した。
原発から70キロ離れた郡山市の磐梯熱海温泉で、下落率が商業地で全国最悪の15.0%(前年5.9%)となるなど、風評被害以外の何ものでもない。事故の代償はあまりにも大きいが、収束のめどが立たない中では、改善の糸口さえ見えないのが現状だ。
岩手、宮城でも震災前の水準に戻るのは容易ではない。日本不動産鑑定協会は被災地の調査に当たって定めた指針の中で、都市インフラなどが復旧してもなお5年間は、新たな不動産取引を行おうとする需要の減退と「ここに住みたくない」などの好みの変化が減価要因として残ると指摘している。
いずれ、被災自治体の復興計画が定まらなければ需要は動きださないし、取引意欲を喚起するためにも被災者の雇用・失業対策が重要なのは論をまたない。地道で着実な施策を積み上げるしかない。(解説=東京支社・石川威一郎)
◎郡山・商業地9.1%下落/福島8.4%ダウンに
福島県の基準地価は、福島第1原発事故の避難区域などが調査対象から外されたものの、事故が各地に暗い影を落とした。郡山市の住宅地1カ所が前年から横ばいとなった以外は、全ての地点で下落した。
郡山市は商業地の平均価格が前年比9.1%下落した。福島市は8.4%、いわき市と会津若松市は7.6%で、主要4市では郡山市の下落率が最も大きい。県は「郡山市と福島市は放射線量が比較的高く、もともとの地価水準が高めだった中心商業地が大きく下落した」(高橋満土地・水調整課長)と分析する。
郡山商工会議所の丹治一郎会頭は「原発事故の影響が色濃く出た。復興対策の迅速な実行が地価下落に歯止めをかける」とコメントした。
いわき市と相馬市では調査地点5カ所が津波浸水域にあり、いわき市の2カ所は被害が大きかったため浸水域の外へ調査地点を変えた。残る3カ所は継続して調べたが、いわき市永崎大平では12.6%下落し、同市最大の下げ幅となった。
会津若松市の放射線量は事故前とほとんど変わらないが、商業地と工業地で10%以上の大幅下落地点がある。風評被害で観光客が落ち込み、企業の立地意欲も冷え込んだ。
調査を担当した鈴木禎夫不動産鑑定士は「地方都市共通の課題である人口減が原発事故による避難で加速し、経済活動が鈍化した。浜通りから中通りへの避難者の住宅需要はあるが、経済事情や先行き不安から高い買い物はできず、下支え効果は弱い」と話している。
<全国の住宅地、20年連続下落>
国土交通省が20日発表した7月1日現在の基準地価(約2万2千地点)は、住宅地の全国平均がマイナス3.2%と20年連続で下落した。商業地は同4.0%で4年連続の下落となったが、下落率は三大都市圏(東京、大阪、名古屋)を中心に縮小した。
国交省は住宅地について「ローン減税など政策効果で堅調だった需要が、東日本大震災後に東京圏などで弱まった」と分析。商業地はオフィスの空室率の高止まりや震災後の店舗の売り上げ減少が要因としており、震災の影響は被災地以外に広がっている。
三大都市圏の下落率は、住宅地1.7%(前回調査2.9%)、商業地2.2%(同4.2%)といずれも2年連続で縮小した。
都道府県別では、住宅地、商業地とも3年続けて全都道府県で下落した。地点別の下落率1位は、住宅地が岐阜県高山市奥飛騨温泉郷の17.2%、商業地が郡山市の磐梯熱海温泉の15.0%で、震災後に温泉地の客が減ったことが響いた。
1平方メートル当たりの最高価格は、商業地が東京都中央区の「明治屋銀座ビル」の1970万円、住宅地が同千代田区五番町の281万円。
◎内陸へ、住宅・商店動く
東日本大震災で津波の被害を受けた被災地は、津波浸水域で基準地価が大きく下落した一方で、浸水を免れた地区の土地需要が高く、取引現場での地価上昇も見られる。津波で市街地が甚大な被害を受けた石巻、気仙沼両市でも、市内での格差が目立っている。
<石巻/残る適地に新築殺到>
東北の住宅地で唯一、地価が上昇(0.2%)した石巻市あけぼの3丁目。隣接する蛇田北部地区の分譲地では現在、あちこちで住宅を新築する音が響いている。
同地区は津波被害を免れたため、住まいを失った被災者が宅地を求め殺到。震災後2週間で、残っていた60区画が一気に完売した。蛇田北部土地区画整組合は「購入希望者が今も1日に3、4人は来る。期待に沿えず心苦しい」と話す。
内陸寄りの高台にある「しらさぎ台」でも、震災後に分譲された80区画で住宅新築が予定されている。仲介する宮崎建設(石巻市)の渡辺真理子取締役は「近年は景気低迷で1年に数戸しか売れなかった。今は建設業者が足りず、工事待ちの人もいるほどだ」と激変に驚く。
石巻市内では、津波被害の有無によって、不動産の売買価格が大きく変化した。
市内の不動産業者は「震災前は3200万円だった一戸建てが、1階浸水で2000万円で売りに出された。津波を逃れた中古マンションは900万円から1200万円に値上がりした」と説明する。
別の不動産業者によると、内陸や高台の分譲地は残りが少ないため、浸水被害が比較的軽く、商業施設も多い大街道地区などの宅地を求める動きも目立ってきたという。
農地を宅地に転用する動きも相次いでいる。石巻市農業委員会によると、河北、河南地区など内陸部を中心に、震災を理由とした転用申請が約30件あった。
市内では大手住宅メーカーも現地相談所を次々と開設している。担当者の一人は「保険金などが入り、資金を用意できる人も増えてきたようだ」と言う。
<気仙沼/中心部から次々移転>
津波で市中心部が壊滅的な被害を受けた気仙沼市では、内陸部にある商店街や新興住宅地に事業所や住宅を移す動きが続く。
市立病院の南側に商店街が広がる田中前地区。以前はシャッターを閉じた空き店舗が目立った。津波で一部が浸水したが、中心部と比べると被害は軽かったため、震災直後から中心部にあった飲食店や金融機関の支店、診療所などの移転が相次いでいる。
田中前2丁目地区の基準地価は、下落率が比較的小さい3.8%にとどまった。田中前地区のビルテナントに入居する男性(69)は「空きができてもすぐに次の入居者が来る」と話す。
住宅地は、基準地価の調査地点となっていない新興住宅地の東新城地区や上田中地区の需要が高い。内陸を走る国道45号気仙沼バイパス西側の山あいに宅地を求める人も多いという。
市内の不動産業者は「地価は底冷え状態だった震災前に比べれば上がったが、2、3年前の水準に戻った程度ではないか」とみる。別の業者は「取引の最終段階で『その価格では売れない』と強気になる地主もいるようだ。割高感はある」と語る。
冠水が深刻でかさ上げが必要な魚市場前地区や南町地区は「売却したい」との申し出もあるが、不動産業者は「復興計画や建築制限など行政の対応が今後どうなるか分からない状況では、価格も示せず、様子を見るようにと伝えることしかできない」とこぼす。
<専門家指摘/復興の迅速化急務>
被災地周辺の土地取引の動向について、東北不動産鑑定士協会連合会の小野寺和夫会長は「沿岸から内陸への土地需要の移動は、調査した7月1日時点よりさらに顕在化している」とみる。
小野寺会長は(1)浸水したままで、がれき処理も進まない地域がまだある(2)商店が内陸部に移るなど商圏にも変化が起きている―ことなどを挙げ、「浸水した被災地と内陸側の(地価の)格差は拡大している」と分析。
格差を抑えるためにも「被災地の復旧・復興のスピードを上げることが必要。復興計画の策定などで被災地近くに居住可能地域が増えれば、取引も活発化する」と指摘する。
内陸部も含む住宅着工の動きは、全体としてはまだ鈍いのが現状だ。住宅金融支援機構東北支店によると、宮城県内の持ち家と分譲一戸建ての4~7月の着工戸数は2439戸。職人や資材の不足などの要因も加わり、前年同期より500戸減った。
当初5年間を無利子にするなど被災者向けの災害復興住宅融資の申請も、8月中旬までに東北6県で約1000件にとどまる。東北支店の麻生隆支店長は「増えるかどうかは各自治体の復興計画次第。高台移転などが決まれば融資制度の申請はぐんと加速する」と話す。
地価の公表は今後、来年1月1日時点調査の地価公示(来年3月公表)が予定されている。被災地の復旧が進まなければ、調査地点が内陸部に移される可能性もある。
鑑定士協会連合会の小野寺会長は「仮に内陸側の調査地点が増えれば、(調査対象から外れた)沿岸部の取引がさらに停滞する恐れもある」と懸念する。
[基準地価]国土利用計画法に基づき、都道府県知事が毎年7月1日時点で調べる基準地の価格。一般の土地取引や固定資産税評価の目安になり、毎年1月1日時点で調査する「公示地価」とは補完関係にある。東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島、千葉4県の93地点を除く2万2460地点を不動産鑑定士らが調査。大震災の津波被災地などは、本来の価値から不動産取引需要の減退や都市インフラの破壊で損なわれた価値などを差し引いて算定した。